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第87箱


 夜になり、サイフォン王子からいつものように手紙が届きました。

 集めた情報としてはどこまで役に立つか分からないのでレポートで良いかと訊ねたのですが、サイフォン王子は直接聞きたいということで、それを主軸にお話を始めます。

 なお、直接といいつつ手紙だろというツッコミはナシです。


《まずはティノ様のお母様の話ですね。

 ウラナ・イルク・ターキッシュ様。かつては冷鉄(れいてつ)の淑女と称されていたようですが、ご存じですか?》


 先日のお茶会でフレン様が言っていた通り、その出身はカフヴェス子爵家。


《ああ。母上や宰相夫人が一目置いていた女性であったと、聞いたコトはある。今は見る影もないそうだが……。

 そのターキッシュ伯爵夫人の弟君が、現在は子爵家の当主をしているんだったな》

《はい。その通りです》


 基本的に、当主を受け継ぐのは、長男であることが多いですので、そう不思議なことではありません。


《ところで、そのカフヴェス子爵なのですけど、ウラナ様とは腹違いの姉弟だというのはご存じでしたか?》

《いや、初耳だ。もしかしたら、母上は知っているかもしれないが……。

 しかし、先代子爵の奥方は一人だけだったはずだが?》


 サイフォン王子の疑問はもっともです。


《現カフヴェス子爵は正妻の子であり、ウラナ様は当時カフヴェス家に仕えていた使用人の子のようです》

《お手つき、か》


 あれ、若干サイフォン王子の文字が震えているような……。

 もしかして先日のやりとりを思い出してます?

 そんなに気にしなくて良い話のつもりだったのですが……。


《前子爵夫人と、ウラナ殿の仲はどうだったのだ?》

《迫害するようなコトはなかったそうです。

 それどころか、子爵家の子として待遇も教育も正しく与えられていたようですよ》


 だからこそ、お母様やフレン様に一目置かれるような女性になったのでしょう。


 あるいは冷鉄の淑女へと成長していったのは、ウラナ様なりの強がり、あるいは恩返しだったのかもしれません。その真実を確認するすべはなさそうですが。


《ターキッシュ伯爵とは政略結婚。そこに愛情などは特になく、義務として嫁いだようなのですが――

 伯爵の方はわりと本気だったようです。それは今も継続中のようで》

《彼は意外と情熱的な方だったのか。

 今も継続中というコトは、それだけ本気で愛されているというコトか?》

《それは間違いないかと思います。

 ただ、彼も彼で我が儘を聞いて甘やかす以外の愛情の注ぎ方を知らなかったのかもしれません》


 こちらからの言葉で、サイフォン王子も察するものがあったのでしょう。


《そうしてウラナ殿はターキッシュ伯爵に甘やかされ続けているうちに、冷鉄をどろどろに溶かされてしまい今に至る……と》

《はい》


 この辺りは、先のお茶会で得た情報からでも分かることですが、サイフォン王子との情報共有の意味もあるので、まずはここから。


 その上で、私はサイフォン王子へと手紙を送りました。


《私が情報を集めている中で気になったのは、ウラナ様の産みのお母様のことです》

《カフヴェス前子爵のお手つきだったか》

《はい。その使用人は、出産後しばらくして、子爵家を辞めたようです。

 前子爵も手を出してしまった手前、援助などは惜しまなかった様子。

 そして夫人もそこまで悪感情がなかったのでしょう。ウラナ様と会わせることを問題とはしなかった》

《ふむ。良いコトだとは思うがな。変に拗れず、円満な解決というのは》


 それに関しては同意しますけど、でもそれで話が終わるようなら、こんな話題は出さないのですよね。


《本来であれば、この話はここまで――なのですけど、実は少しだけ気になるコトがあるのです》


 偶然と言えば偶然であると前置きした上で、私はその話を送りました。


《道楽屋のニックさんが、浮き名を流し活躍していた時代と、ウラナ様が生まれた時代って近いんですよね。

 そしてお忍びの時、ニックさんはティノさんを見て孫を思い出すと言っていましたよね》

《それがどうかしたのか……?》


 あの時のティノさんとニックさんのやりとりを思い出した時、かなり強引な仮説が私の中で成り立ちました。


《実はそこから、ニコラス様のティノさんに対する態度に関して、非常に強引な仮説が立ち上がったのですけど》

《待て。さすがにそれは……》


 強引ではあるものの荒唐無稽と言い切るには難しい仮説。

 内容を書かずともサイフォン王子も察してくれたようです。


《ただ、仮説が正しかったとしても、証拠がありません。用意するのも困難です。あったとしても素直に認めるとは思えません》

《それはそうだろう。

 だが、仮に事実であった場合……派閥が増えて混乱しかねない》


 そうです。

 この仮説が正しいと、ティノさんとその母であるウラナ様も王族の血を引いていることとなります。

 今の第一王子と第二王子だけの争いから、火種が広がりかねません。


《ですが、確実な一手にはなりえます》

《キミは何を言っている?》


 私とサイフォン王子の結婚を認めさせる上での大事な一手。


《王侯貴族の醜聞というのはそれだけで一つの手にはなりますよね?》


 あまり褒められたことではありませんが、この手の隠し事を暴くことは同時に脅しの材料になります。

 まぁニコラス様の場合、醜聞程度で揺らいだりはしないとは思いますが、今回の場合は別に醜聞を広めたいわけではありません。


 とはいえ、そういう手もまた王侯貴族には必要なもの。


 秘められた事実にたどり着いたという手腕を見せることで、私自身の能力を直接ニコラス様にアピールする手段とも言えます。

 言ってしまえば、箱に入っていることや、引きこもりであることを上回るだろう能力やメリットを証明です。


《それはそうだが、醜聞だけでは効果がないのではないか?

 確かに隠していた事実へとたどり着いた手腕は認めて貰えそうだが》

《今この状況でティノさんが王家の血を引いているという事実が公表されたらどうなると思いますか?》

《兄上の派閥は喜ぶだろう。何せ彼女が婚約者だ》

《同時にティノさんを推す派閥が出てきます》

《だろうな。あるいはティノの母ウラナを推す派閥も出てくるかもしれない》

《はい。国や王家の為ではなく、自分の為だけに派閥を選んでいる人たちからしてみれば、鞍替えするコトにためらいなんてないと思います》

《それはドタバタと面白くなりそうだが、その面白さはあまり望みたくないな。面倒の方が多そうだ》

《同意します。そしてそれはきっとニコラス様も同じでしょう》


 ニコラス様は誰の味方であり、何を求めているのか。

 そこを考えると、少し見えてくるものもあります。


《ならば、この一件が事実であった場合はとても良い一手になると思います》

《どうやらモカは私に見えてないモノが見えているようだ。

 だが孫の話に関して、今のところは仮説でしかないぞ?》


 だからこそ、証拠が必要なのですが――……と、そこまで考えて、私は少し考えを改めました。


《確かにその通りです。

 ですが、仮説を補強してくれる程度の情報があれば充分かもしれませんね。証拠がなくとも確信が持てればそれでいいのです》

《それはどういう意味だ?》

《私も貴族です。そして王子の妻となる者です

 なら、相応の立ち回りをして認めさせれば良いのでは――と思っただけですよ》


 そう、証拠というのは必ずしも必要ではないのです。

 市井で流行る謎解き物語ではありませんからね。必要なのは、確実な証拠よりも、相手を納得させ、認めさるだけの胆力と説得力です。


 そもそも相手はあのニコラス様。

 根回しとハッタリとでっち上げで、ニコラス様を追いつめるくらいやってのけなければ、きっと認めて貰えないことでしょう。


 だから――ここが気合いの入れどころ。

 越冬祭が来ることを怖がってなどいられません。


 サイフォン王子と一緒に、乗り越えなければならない壁です。


 もしかしたら昼間見た、ティノさんとフラスコ王子のやりとりにあてられたのかもしれません。

 だとしても、だけどそれでも――踏みだそうと思う私の思いは私のモノです。


《きっと、ニコラス様に認めて貰うにはこの難題を『箱のまま』乗り越えるだけではダメなのです。『箱だから』、『私だから』乗り越えられたという向きでなければ、ニコラス様は認めてくれない気がします》


 サイフォン王子から、あるいは色んな人から――『箱のままで良い』と言って貰えるのは嬉しいことです。

 ですが、いつまでも誰かの許可ばかり貰っているワケにもいきません。

 王族の妻ともなれば、尚更でしょう。


 だから――

 私が、私自身の意志のもと、『箱のまま』進もうとしなければならない時……それが今なのではないでしょうか。


 私の『箱魔法』は逃避によって生まれたもの。それは間違いありません。ですが、逃げることに、退くことに利用できたのです。

 ならばそれは、攻めることにも、進むことにも利用できるはず。

 だって、退けるということは動けるということでもあるのですから。


《私は『箱のまま』――いいえ、『箱ごと』私という婚約者を認めてもらいたいと思います》


 そして、これがきっと……。

 サイフォン王子の妻になる覚悟というものなのでしょう。

 


 それに対してサイフォン王子からは――


《君が気合いを入れてくれるなら心強い。私もそろそろ様々な問題と決着を付けたかった頃合いだ。

 誰に喧嘩を売っていたのかというコトを、いい加減皆に自覚してもらいたいとは思わないか、モカ》


 ――そんな力強い文面が返ってきました。



 だから大丈夫。

 ターキッシュ伯爵らの考えるサイフォン王子暗殺も、

 ダンディオッサ侯爵の暗躍も、

 ニコラス様の思惑も、

 この人となら、乗り越えていけるはずです。


 その覚悟と思いと、ほんの少しの勇気を持って、私は初めの頃に許可を貰いながらも、うまく口にも文字にも出来なかったそれを、紙面へと認めました。


 いつものメモや裏紙ではありません。

 使わずに、とっておきたかったとっておき。

 とても綺麗な便せんに。


《改めてよろしくお願いします。サイフォン様》

《こちらこそ改めてよろしく頼むよ、モカ》


 勇気を出して記したけれど、返ってきた内容はなんてことのない言葉です。

 それでも伝わってくれたことでしょう。王子でも殿下でもなく、貴方の名前をそのまま呼んだことを。


 それに返ってきたサイフォン様からの言葉も当たり障りがないと言えばその通りのふつうの文言。


 だけど、だけど――

 こんなにも、胸に大輪の花が花開いたかのような気持ちになるのですね。


 だから、だから――

 心に咲いた花々が導く軌跡のままに。

 いつもの紙片の真ん中に、軽やかに、華やかに、ペンを走らせ、綴ります。


 普段の自分からは考えられない一言を。

 私たちらしい、一言を。


《二人で、面白おかしく、一泡吹かせてやりましょう》


 顔を見ずとも、声を聞かずとも、文字を見ずともわかります。

 この一言を見たサイフォン様が、とても良い笑顔で笑ってくれているんだろうなって――



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