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第86箱


 本格的に調べ物を開始して二週間。だいぶ情報が揃ってきました。役に立つかは別にして――ですけど。


 サイフォン王子は、最近は準備や根回しに奔走されているようです。


 フレン様も越冬祭の警備に、個人的な切り札を一つ仕込むと言っていたそうです。ターキッシュ伯爵らの暴走を、越冬祭で確実に潰すつもりなのでしょう。


 一方で、越冬祭に関して、私が準備することは余り多くはありません。


 なので、私は何かネタになるモノはないかと、いつものように見聞箱を確認するワケですが――


 あら? 何だか設置した覚えのない部屋が映ってるものがありますね?

 どこの映像でしょうか……?


『出歩けないというのはコレほど暇だったとはな』

『本当ですよ。どうして殿下が謹慎しなければいけないんでしょうか!』


 フラスコ王子とブラーガ……? ということは、フラスコ王子の私室?

 そんなところに、見聞箱は設置してなかったはずですが――もしかして、ティノさんの仕業でしょうか?

 どこかにあった見聞箱をここに移した、と。


 せっかくなのでちょっと様子を見ましょうか。

 なんて考えたタイミングで、ちょうど良く誰かが部屋をノックする音がしました。


『誰だ?』

『コンティーナです』

『ティノか! 是非入ってくれ!』


 嬉しそう招き入れるフラスコ王子。

 ティノさんは、ピオーウェンと一緒に入ってきます。


『ブラーガ、お茶を頼む』

『かしこまりました』


 一礼して準備する姿は様になっているんですけどね、ブラーガ。

 普段の言動がなければ、それなりに優秀な人なのですけど。


『こうやってティノが来てくれるコトだけが唯一の憩いだ』


 そう言ってフラスコ王子が椅子を勧めます。

 それを見、近くにいたピオーウェンが、フラスコ王子の椅子を引いたあと、すぐにティノさんの椅子を引きました。


 護衛の割には非常に手慣れた動きです。

 フラスコ王子の従者というのはあまり好まれる職ではないという話ですし、人手が足りない故に、ピオーウェンもブラーガの手伝いをすることがあるのでしょう。


 実際、ブラーガ以外に侍従がいる様子がありません。

 謹慎中だから――というのも少し違うようですので、実際に人手が少ないのでしょう。


 陛下やお父様がこれを良しとするとは思えませんから、誰かの思惑がこういう状況を作り出しているのかもしれませんが……。


『実は殿下と、ピオーウェンさんとブラーガ君に話があります。

 そしてこれは、他言無用でお願いしたい内容です。

 どこかに漏れた時、事と次第によっては、私の命に関わります』


 ティノさんの最後の一言で、フラスコ王子はもちろん、ピオーウェンも、お茶を持ってきたブラーガまでも驚いたような顔をしました。


『穏やかではないな。父や宰相、ダンディオッサ侯爵などへの相談は必要か?』

『ダンディオッサ侯爵への相談だけは絶対に止めてください』


 フラスコ王子の言葉をやや食い気味にそう告げて、ティノさんは軽く深呼吸をします。


『この話をする上で、一番重要なのはフラスコ殿下の意志です。

 貴方の意志次第では私は、死なない為に貴族籍を捨てる準備が必要となります』

『なんだと……!』


 声を上げ、勢いよく席を立つフラスコ王子。

 確かに驚くべき内容かもしれませんが、彼女がこれだけの決意をするようなこと言っているのです。もう少し声を抑えたりして欲しいところですが……。


『落ち着けって、殿下。あとあんま声を上げないでください。

 そしてティノちゃんの顔を見てくださいって。覚悟を完全に決めてここに来てますよ。

 よほどダンディオッサ侯爵の耳には入れたくないと見える』


 なるほど。今日のティノさんは、越冬祭において、フラスコ王子が敵か味方の確認をしにきたんですね。

 確かに、フラスコ王子も参加する以上、その確認は必要でしょう。


『……分かった』


 大きく深呼吸をして、気を改めたフラスコ王子は、そう口にしてゆっくりと席に着きます。


『殿下、どんな内容であっても、まずは最後までちゃんと聞いてあげてください。判断も反応もその後でも出来ると思いますので』

『ブラーガ?』


 珍しく、ブラーガも真剣な表情を浮かべています。


『貴族のコトとか、覚悟を決めるとか、難しいコトは分かりません。

 でも、今のティノさんが本気で話をしたがっているんだってコトくらいは、自分にも分かります』

『二人から言われては仕方がない。最後まで聞こう』


 そうしてフラスコ王子が本格的な聞く体勢になったのを見て、ティノさんは非常に真面目な面持ちで顔を上げました。


『では本題に入る前に、フラスコ殿下の意志を確認させて頂きます』

『ああ』

『フラスコ殿下は、サイフォン殿下のコトをどう思われますか?』

『真面目な話か?』

『真面目で大事です。心して答えて頂きたく』

『そうか』


 小さくうなずき、フラスコ王子は僅かな間、天井を仰ぎます。

 それから、ゆっくりと顔を下ろしてきてティノさんを見ました。


『嘘偽りなく言えば――苦手だ。

 弟のクセに生意気だし、常にオレを見下しているような態度が気に食わん。本人にその気がなくとも、オレにはそう見えている。

 ソリが合う相手かと問われれば、間違いなく合わないと答えよう』


 そう告げるフラスコ王子の表情も非常に真面目なものでした。

 茶化すわけでもなく、恐らくは本当に本心を口にしたのでしょう。


『では、重ねて問います。

 フラスコ殿下は、サイフォン殿下を殺したいと思うほど嫌いですか?』


 ピオーウェンの手が、腰元の武器に伸びました。

 ですが、フラスコ王子はそれを手で制します。


『それもまた重要な問いだというのであれば、真面目に返答しよう。その上で断言する――』


 フラスコ王子はそこで一度言葉を止め、キッパリと告げました。


『ありえない』


 真摯な眼差しと、確固たる意志のようなものを感じる態度。

 その言葉通り、嘘偽りなくそう思っているのでしょう。


『確かにソリはあわない。顔を見ればケンカにしかならん。それでもアイツはオレの弟だ。死んで欲しいなどと思ったコトはない。

 アイツは弟だ。だから兄のオレに素直に守られていればいい。守られていればいいのに、自分の身は簡単に守ってしまうのが腹が立つ。

 それどころか、オレの身まで一緒に守りきってしまうのが、非常に気にくわない』


 フラスコ王子のその言葉に、ティノさんは深く大きく安堵の息を吐きました。

 それはそれはとても長く、ため込んでいた淀みを吐き出すかのようです。


 でも、気持ちは分かります。

 私も小さくですが、安堵の息を吐きましたもの。


 フラスコ王子がサイフォン王子の排除を望んでいた場合、ティノさんにとっても、私たちにとって明確な敵になりうるところでしたからね。

 それは私たちが望むものではありません。


『ティノ?』

『安心しました。それが本心であるのなら、助力を願えそうです』


 ティノさんのその言葉に、ピオーウェンは表情を厳しくしています。

 一連の質問と助力という言葉の意味に、彼は真っ先に気づいたのでしょう。


『越冬祭。そこで、私の父――ターキッシュ伯爵を筆頭とした者たちが、サイフォン殿下殺害を企んでいます』


 ショックを受けたような顔をするフラスコ王子。

 懸念が現実となったと、険しい顔をするピオーウェン。

 ブラーガは……なんでしょう。良くわかってなさそうな気がします。


『それに併せてダンディオッサ侯爵も動くコトでしょう』


 ここで、ダンディオッサ侯爵がどう動くか口にしないのがポイントです。

 この流れだと、ダンディオッサ侯爵も共犯のように思えてしまいますが、実際のところあの人は止める為に奔走するはずです。

 とはいえ、『動く』のは間違いありませんからね。嘘は言っていません。


 こんな真面目な場面でサラっとこういう言い回しを混ぜ込んでいけるのは、流石ですよねティノさん。見習うべきところだと思います。


『サイフォン殿下やモカ様はすでに情報を掴み、根回しなど含め対策をしているようですが――父たちの方がやや先んじている状況です』


 その情報の出所は、何を隠そうティノさんなのですが。


『フラスコ殿下にその気があるのでしたら、我々も我々で、独自に秘密裏に、サイフォン殿下を守りませんか?』


 独自に秘密裏――なのは、ターキッシュ伯爵やダンディオッサ侯爵を出し抜く為でしょう。

 もっと言えば、もしかしたら盗み見している私や、盗み聞きしているだろうニコラス様に、フラスコ王子の考えを聞かせたかったというのもあるかもしれません。


 それにしても、以前からそうだとはいえ、ティノさんの私やニコラス様の大きな耳に届くこと前提の動きというのは、なかなか(したた)かな立ち回りですよね。その度胸はうらやましい限りです。


 ティノさんの言葉に、フラスコ王子はしばらく黙考していましたが、やがて結論が出たのか、小さくうなずき顔を上げました。


『ピオーウェン、ブラーガ。この話、絶対に漏らすなよ』

『なるほど。殿下――それで良いんですね?』

『無論だ。周囲からすればオレは乱暴者で愚かな王子かもしれんがな。乱暴者だろうと愚か者だろうと、矜持はある。

 その矜持を踏みにじり、オレが許せる一線を踏み越えてくるのであれば、相応に振る舞うだけだ。

 例えそれが、オレに様々なコトを教えてくれた、師とも呼べる侯爵であったとしても』

『ティノさんの言葉を信じるのですか?』

『覚悟を決めて語ってくれたティノだからこそ信じるんだ、ブラーガ。

 ここでティノを信じなければ、王侯貴族としてだけでなく人間として、男として、間違いなく格が下がる。

 それに、あれだけ弟を守りたいと口にしておいて、それと正反対の選択を選びとるなど出来るワケがないだろう?』


 そう語るフラスコ王子の顔は間違いなく真剣で――


『オレはな、ブラーガ。

 オレはな、ピオーウェン。

 オレはな、ティノ。

 周囲からどう言われたとしても、本物の愚者に成り下がる気はないんだ。ここまで聞いてサイフォンを守る行動を取らないなら、それは本物の愚者以下の行いだろう』


 ――フラスコ王子なりの覚悟が感じられる姿でした。



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[一言] これならフラスコ王子を王にたてて、サイフォン王子が補佐する体制でも大丈夫そうだな、
[一言] これならフラスコ王子を王にたてて、サイフォン王子が補佐する体制でも大丈夫そうだな、
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