第84箱
書籍・コミカライズがシリーズ累計20万部突破したそうです٩( 'ω' )و皆さま本当にありがとうございます!!
魔法が飛んでいった先に、たまたまいたのでしょう。
侍女服の女性が小さく悲鳴を上げて倒れました。
いえ、あれ? 待ってください。あの女性――いつの間に現れたんですか?
『まずいッ、ブラーガ君!』
『はい!』
すぐに駆け出し、女性へと近づくティノさんとブラーガ。
それに対して、ピオーウェンはその場から動かず、妙に険しい顔で倒れた女性を見つめています。
『……クソッ!』
ピオーウェンの横で、女性に対して何とも言えない表情をしていたフラスコ王子でしたが、何か言葉を飲み込むような様子を見せたあと、それだけ口にして歩き出しました。
ただそれは女性の方ではなく、むしろ彼女から離れる方向です。
フラスコ王子は、子供や女性には魔法をぶつけないという話がありましたしね。予期せぬ事態に、混乱しているのかもしれません。
『嫁候補と護衛と従者を放って動くなってッ! ああ、もう!』
それに気づいたピオーウェンは即座に騎士としての顔に戻り、ティノさんたちの方へと視線を向けます。
『コンティーナ様、ブラーガ。そちらの女性は頼みます。自分は殿下を追いかけますので!』
二人が了解するのを確認するなり、ピオーウェンは足早に殿下を追いかけるのでした。
私はどうしましょうか。
フラスコ王子の様子を追いかけるか、ここで倒れた女性の様子を見るか……。
ん? ティノさんが、さり気なく見聞箱へ何かアピールをしているような……。
これは――見ているなら、この場面を見ておけということでしょうか。
送り箱を見ると、いつの間に送られてきたのか、ティノさんからのメッセージが入っています。
《この女、何か違和感》
倒れた人に違和感……?
……そういえば先ほど、ピオーウェンは周囲に人がいなさそうだから態度を崩すと言ってましたよね?
裏を返せば、人がいるなら騎士の顔をするということで……。
あれ? あの女性、騎士であるピオーウェンに気づかれずにあそこを歩いてたんですか……?
確かに違和感がありますね。
だとしたら――
「カチーナ」
私はカチーナを箱の中に呼びました。
それから、見聞箱が見ていた内容を記録したものを映像箱に映し、それを見てもらいます。
内容はピオーウェンが態度を崩してから、女性が倒れるまで。
ブラーガに対して一瞬だけすごい表情を見せましたが、そこはそれ。
カチーナは特に何も言うことなく、女性の様子を伺って――
「騎士ピオーウェンがあの距離で気づかないわけがありません。
気づいていれば、フラスコ殿下の振る舞いをもっと力強く止めたコトでしょう。四人が四人とも気づかないというのも、不思議です。
何らかの魔法か――あるいは気配を消したり、人の死角に入って動くような技術を持った人間かと」
出てきた感想は、やはり私と同じもの。
それなら――
「カチーナ、ちょっと頼みたいコトが……あるのだけれど」
元々越冬祭に向けて、いくつかお願いをしようと思っていたところです。
一つくらいお願いが増えても、カチーナならきっと大丈夫でしょう。
人が集まり、倒れた女性が運ばれていくのを見ながら、私はカチーナへと頼みごとを口にしました。
カチーナはそれを了承すると、部屋を後にします。
それを確認してから、私は医務室を移す映像箱に視線を向けました。
使用人用の医務室へと運ばれていった女性は気を失ったまま。
このまま様子を見てても代わり映えはなさそうです。なので、映像箱の一つはこのままにして、別の映像箱でほかの場所の様子も見ましょう。
今回の件、今のところはまだ話として広がってはいないようですね。
しかし、分かりません。
あの女性が誰かの仕込みだったとして、フラスコ王子の醜聞を増やすことに何か意味があるのでしょうか?
この一件、ある意味でサイフォン王子派にとっては追い風とも言えます。ですがこれまでの様子から、サイフォン王子派がするような手段とも思えません。
そして、フラスコ王子派がフラスコ王子を追いつめる理由がありません。今回の一件を思うにかえって、火が付く可能性があるくらいです。
この醜聞をひっくり返すなら、サイフォン王子に消えてもらうしかない――という方向で。
そう考えると、過激派たちを煽る行為とも言えます。
だとしたら、過激派たちの暴走に頭を抱えているダンディオッサ侯爵の仕込みという線も消えます。
こんなことをすれば、さらに後がなくなり、ますます暴走しかねないことくらい想像が付くはずですから。
同じような理由で、陛下やお父様、フレン様もありえないでしょう。
自分の中で思い当たる人物を脳内で並べていっては、それは違うと取り下げ続けていくと、一人だけ残る人物がいました。
「ニコラス様……」
舌に乗せて、その名前を口にします。
消去法と言うにも乱暴なチェック方法で、たまたま残っただけの人物です。
名前を口にしたことがきっかけになったのか、口から独り言が零れでてきました。
それを気にせず、私は思考を続けます。
「……あまり表立った動きのなかった、ティノさんはともかく、ニコラス様の情報って、何でこんなに集まらないのでしょうか……。
現状の、動きや暗躍の様子が……なかなか、見つかりません……」
かつても今も国の重鎮として扱われている為、表向きの情報や活躍はいくらでも手にはいるのですけど……。
その活躍の裏でやっていただろうこと――例えば、先日のダンディオッサ侯爵とのやりとりのようなもの――が、なかなか出てこないのです。
過去だけでなく、現役を退いた現在に至ってもまだまだ意識して巧妙に立ち回られているのでしょう。
同じく情報が集めづらかったティノさんでしたが、先日のお茶会でいくつかの情報を得ました。
それをとっかかりにして調べていくことはできます。
今となってのは、ティノさんの背景を無理して調べる必要もあまりないのですが――
「あの時の、パーティで……ニコラス様がティノさんに、何も言わなかったコト……その理由……」
それもまだ分かっていません。
考える為にも、ティノさんには悪いですが、もうちょっと探った方がよさそうですね。
そうと決まればカチーナに……って、彼女にはちょっと出かけて貰ってましたね。
あの女性のことを直接見てきて貰いたくて王城へ行って貰っているのでした。
うーん、どうしましょう?