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第82箱


 こうして今回のお茶会も終始――いえ、始めはあれでしたが――和やかに、行われればよかったのですが……。


 そろそろ本日のお茶会はおしまい。そんな感じのところで、和やかではなくなってきました。


「母上ッ、なぜ!?」

「あらぁ……大きな声は良くないわよフラスコ」


 ことの原因は、フレン様がティノさんと談笑していたことにあります。

 それを見ていたフラスコ王子が、自分とティノさんの関係を認めてもらったのだと勘違いしたのでしょう。


 ティノさんとの婚約を認めてくれたのかと、嬉しそうにフラスコ王子が口にしたところ、フレン様はキッパリとそれはないと返答したのです。


「さっきも言ったわ。私個人としてコンティーナちゃん個人の人柄や能力は認めるコトはできる。

 でもね、フラスコ。王妃フレンとしては婚約はやむを得ず認めたものであり、コンティーナちゃんの存在を簡単に認めるわけにはいかないの」


 フレン様のそのスタンスは、フラスコ王子とティノさんが結婚しても簡単に覆るものではありません。

 だからこそ、私的な場や身内以外の目のない今回のお茶会のような場ならいざしらず、人目のあるところでフレン様がティノさんに対して、仲良く見られるような触れ方はあまりしないことでしょう。


「フラスコ、あなたは少し――王族の婚約を軽く見過ぎよ?」

「だがサイフォンは常に箱に入ったモカを見初めた。そして婚約が結ばれたではありませんかッ!」

「ええ。私も陛下も認めたわ。それだけのモノを二人は示し続けているもの。それでも、周囲がそれを認めていないわ。

 だからこそ二人は今もなお周囲に認めて貰うべく、常に動いているわ。モカちゃんも、箱入であるという最大の問題を上回る成果を出すことで、周囲に認めて貰う為に……ね?」


 フラスコ王子とフレン様のやりとりに、私とサイフォン王子は口を挟みません。

 挟まないというか、挟むと余計ややこしくなりそうなところもありますし。


 そこで、フレン様は小さく息を吐いてから、フラスコ王子だけでなくサイフォン王子にも視線を向けてから告げます。


「あらぁ。良いコト? 二人は王族としての自分の在り方を周囲に示しつつ、自分の伴侶たる相手がどれほどの人物であり、王族の妻に相応しいかを示し続けなければならないの。

 同時にモカちゃんとコンティーナちゃんも、いかに自分が王族の妻に相応しい器であるかを示し続ける必要がある。

 示すのではないの。示し続けるのよ? 婚約に終わらず、結婚してからもずっと。

 私だって今もなお、陛下の伴侶として相応しい存在であるのだと、常に示し続けているつもりよ」


 そこで言葉を切ったフレン様はカップを手に取り、口を湿してから続けました。


「翻って――フラスコ、サイフォン。貴方たちは彼女たちにその重責を背負わせる行いをしているのだと理解しなさい」


 それは間違いなく、私たち四人に覚悟を問う言葉。

 それなりに理解していたつもりであっても、改めてこうやって言葉にされると、重いものを感じます。


 でも――不思議と、そこまで嫌ではありません。

 婚約してからの期間はまだまだ短いですが、その婚約を結ぶに当たってのあれこれはそれなりに濃かったですからね。

 今もなお、その濃い出来事の渦中にいるわけで――

 でも、サイフォン王子となら、今直面している壁もわりと越えていける気がしてます。


 ティノさんの場合、生き延びる為なら王族の妻だろうが何だろうがやってやるって感じの人なのは、先のやりとりで理解しました。


 サイフォン王子は、読みづらい人ではありますけど、私のことをいつも気遣ってくれているのだというのはわかります。

 その上で――最終的に王位を継ぐにしろ継がないにしろ、王族であることの覚悟などはとっくにできていて、気負うことなく背負っているのでしょう。


 わからないのはフラスコ王子です。

 気が短い方というのはわかりました。ただお忍びの時の様子を見るに、気が短いだけの人ではなく、ちゃんと人を気遣ったりできますし、勉強をしたり新しいことを覚えたりするのが苦手という訳でもなさそうです。


「婚約も結婚も相手がいてこそよ。

 相手の思いや気持ち、覚悟を蔑ろにするようなのではいけないの」


 ……これは、遠回しなティノさんへの気遣い、でしょうか?

 あるいは、自分の考えばかりで、ティノさんについて気にかけてないフラスコ王子への苦言でしょうか?


「それが、母上が私とティノを認めてくれない理由ですか?」

「あらぁ――難しい質問ね。そうとも言えるし、そうとも言えないといったところだけど」


 今にも襲いかからんという迫力で問うフラスコ王子に、フレン様は微塵も怯むことなく、涼やかに返します。


 フラスコ王子はギリリと歯軋りをし、苛立ちを隠さず言い放つようにそう言って席を立ちました。

 

「ティノ、行くぞ」

「え、あの? 殿下……ッ?!」


 スタスタと歩き出すフラスコ王子に、ティノさんは眉間に中指を当て僅かな間、天を仰いでから、小さく息を吐き立ち上がります。 


「フレン様、本日はお誘いありがとうございました。

 モカ様も、このような立場の私に良くして頂き、感謝いたします。

 その上で、慌ただしい形でのお暇となるコト、大変心苦しくはありますが、この場でお詫び申し上げます」

「あらぁ、私も楽しかったわ。また一緒にお茶を飲めるといいわね」

「私も……楽しかった、です。表だっての応援は、出来ませんが……がんばって、くださいね」


 フレン様と私の言葉に、ティノさんは大きくうなずきました。


「それでは失礼いたします」


 そうして優雅な仕草のまま急いで、ティノさんはサロンを後にしました。

 ……って、フラスコ王子、サロンの入り口で待ってすらいなかったんですね……。

 ちゃんと外で待っているんでしょうか?


「あらあら、全く……フラスコにも困ったものね」


 ティノさんがサロンから出ていく姿を見送りながら、フレン様は嘆息します。


 そんなフレン様を見、それから『(わたし)』を見てから、サイフォン王子が首を傾げました。


「ところで二人とも、コンティーナ嬢とは何かあったのかい?

 ずいぶんと親しくなった気がするけど」


 それに対して、フレン様は人差し指を立て口元に当てます。


「色々とお話を聞いて仲良くなっただけよ。

 婚約云々の話は置いておくにしても、ティノちゃん本人は良い子だもの」


 私もそれに習って、箱から手だけ出して人差し指を立てました。


「そう、ですね……。

 箱魔法を覚えてから、初めて出来た……友達、かもしれません」


 その意味をサイフォン王子がわからないはずがありません。


「ふむ。何だか分からないけど、女性だけの秘密の話題で仲良くなったというのなら、それでもいいのかな?」

「いつもの、お手紙のやりとりで……ちょっとだけ、書きますね」

「そうか。ならば楽しみにしておこう」


 というワケで、この話題はお仕舞いです。

 そして、お茶会も閉会となりました。


 前回のフレン様とのお茶会の時と比べると、だいぶちゃんとお喋りできた気がします。


 私も成長した――と、思っていいですよね?





 サロンから、馬車の元へと戻る道行きには、サイフォン王子がお見送りとしてついてきてくれました。


「せっかくのお茶会だったのに、箱の中に入れて貰いそびれた」

「また、次の機会に……」

「ああ。絶対だよ? 約束だからね?」

「そんなに、中に入りたいの……ですか?」

「もちろん」


 断言するかのようにうなずきます。

 なんて、力強い仕草!


 ややして、サイフォン王子はふっと力を抜いた笑みを浮かべ、『(わたし)』を撫でます。


「だからまぁ、今は我慢するさ。

 一緒に暮らせるようになれば、いくらでも堪能できそうだしね」


 ……以前も思いましたが、サイフォン王子に撫でられる箱が少々羨ましく感じちゃいますね。

 でも顔を出すのはためらいがありますし……。


 などと私が思っていると、サイフォン王子は何かを考えるように、下顎を撫でています。

 どうしたんでしょうか?


「うーむ……」 


 ややして、何か思いついたかのように手を打つと、『(こちら)』へと柔らかな微笑みを向けてきます。


「モカ。手を出してもらえないかな?」

「手、ですか?」


 顔を出さなくていいなら、それくらいは――

 言われるがまま箱から右手を出すと、サイフォン王子はその手を取り……。


「え?」


 手の甲へとそっと口づけをおとしました。


「このくらいで目くじらを立てないでくれ、サバナス」


 恐らく何かを言おうとしただろうサバナスを遮って、サイフォン王子は楽しそうに笑います。


 私はなにも考えられないまま、手をスススっと引っ込め、左手でそっと右手の甲に触れた瞬間――なにをされたのかの自覚が沸いて、あっという間に全身が朱に染まっていきました。


「恐れ多くもよろしいでしょうか、サイフォン殿下」

「なんだ、カチーナ」

「我が主の箱が、未だかつてない程の振動を起こしておりまして……抱え上げるのが非常に困難な状態となってしまったのですが」

「つまりもうしばらくここにいてくれるというワケだな!」

「殿下、カチーナが言いたいのはそういう意味ではありませんよ!」


 箱の外からのやりとりは耳に入ってくるのに、まったく理解できない時間が過ぎていきます。


「その通りです。

 こういうコトは、お嬢様を馬車に乗せてからにして頂ければと。持ち上げたあとであれば問題ありません」

「するのは良いのか、カチーナ?」

「するのは構いません、殿下」

「良いのですかッ!?」

「諦めた方がいい、サバナス。恐らくカチーナ殿も殿下の同類だ」

「そんな……ッ、くッ! 女神よ!」

「女神に祈るより現実を受け入れた方がラクだと思うが」

「リッツ! それを泣き寝入りというのではッ!?」


 箱の外の賑やかなやりとりをバックに、私はしばらくの間、嬉しさと恥ずかしさで箱を揺らしたまま、自分の右手の甲を左手で撫でつつ、あの瞬間の感触を反芻し続けるのでした。


 

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