第81箱
最初こそちょっとフレン様のお叱りがあったものの、二人が席について以降は和やかな感じです。
フラスコ王子も、建国祭の時のような食いかかってくるような話しかけ方はしてきません。
今もまじまじと『箱』を見つめるフラスコ王子の姿は、好奇心に満ちたものです。
「純粋に疑問なのだが、お前の魔力量はどうなっているんだ?
その『箱』が魔法で出来たモノであるならば、常時維持し続けるには限度があるはずだろう?」
「あらぁ、言われてみるとそうねぇ……」
「確かに。当たり前のように常に箱だったから気にもしなかったが……」
王家親子三人から不思議そうな眼差しを向けられた私は、心の中で両手を挙げながら答えます。
「魔法の研究と……共に、魔力量の向上も、行いましたので」
「身体的成長と共に増えていく以外に、増やす方法があるのかい?」
サイフォン王子の問いに、私は「はい」とうなずきました。
あまり有名ではありませんけど、調べれば意外と出てくる話です。
「魔力は、使えば使うだけ……保有容量を、増やせ、ます……。
特に魔力切れを、起こすと……その後に一気に増えます……よ」
「……モカ様、どれだけ魔力切れを起こしたんですか?」
「コメントは……差し控え、させて……頂き、ます」
ティノさんからの疑惑の視線に、私はそれだけ返します。
夢中になって色々試していたので、常時展開が当たり前にできるようになるまでは、ひたすら魔力切れで倒れてましたから。
それを口にすると、流石に色々と言われてしまいそうですので……。
「複数の魔法を常時維持をしながら日常生活を送っているようだしね。
恐らくは、もはや常人では想定できないくらいの魔力量になっているコトだろう」
ニッコリと笑うサイフォン王子ですが、どことなく威圧を感じます。
婚約したからには、阿呆な理由で魔力切れを起こさせないぞ――という強い意志を感じなくもないです。
魔力が切れると意識も切れることが多いですしね。
それでなくても、魔力切れというのは危険であるという認識が世の中にはあります。
でも実際のところ魔力が切れて神の御座に招かれるようなことはありません。
戦場で魔力が切れると危険という話が、次第に魔力切れは危険という認識に変化していっただけでしょう。
そう考えると、サイフォン王子は心配しすぎだと言えるかもしれません。
「魔法の研究も良いのだけれど、魔力切れで倒れるような危ないコト――あまりして欲しくないかな?」
そこから続く茶目っ気のある笑顔は、本心半分からかい半分……でしょうか?
言いたいことは分からなくもないですが、でもちょっと納得がいかないところもあります。
そういう話をするのでしたら、こちらも反撃させてもらいますよ!
「それなら、サイフォン殿下も……あまり、危険なコトはしないで、欲しいです。
先日はお忍びで……出かけた先で、大怪我しそうに……なってました、よね?」
「それについては直後に、手紙で謝罪をしただろう?
そもそもケガなどは一切しなかったのだから、謝罪をする必要があったのかも分からないのだが」
「あらぁ……」
口を尖らせるように反論してくるサイフォン王子でしたが、フレン様が何とも言えない声をあげてました。
「は、母上?」
「まったく殿方というのはこれだから……。
コンティーナちゃんもそう思わない?」
「ええっと、はい……そうですね」
フレン様から急に同意を求められて、ティノさんもおっかなびっくりうなずきます。
「思わず蒸し返したくなっちゃうくらい心配していたんでしょう、モカちゃんは。
それをサイフォンときたら、謝罪が必要だったかどうかも分からないだなんて口にしてぇ……」
「ですが母上、王族とはいえ、何かあれば戦場に出るものでしょう?
それでいちいち心配したり怒られたりするのも、困るのですが?」
それに反論――というより思ったことをそのまま口にしているのでしょう――したのは、フラスコ王子です。
まぁ言いたいことはわかりますし、現実的にはそうなのでしょうけど……。
ただ、このタイミングでその発言は、ちょっとよろしくないかと。
「あらぁ、フラスコまでそんなコトを……。
本当にもう、待たされる方の身にもなって欲しいのだけれど……」
笑いながら睨むという器用なことをしながら、フレン様は二人を見ます。
その状況に耐えられないのでしょう。
あるいは、フレン様からお叱りが本格的に始まる前に話題が変えたかったのかもしれません。
サイフォン王子は――やや強引ながら――私を見ながら訊ねてきました。
「魔法といえば、モカの箱魔法は多種多様な姿形や効果があるようなんだが、どうやってそんなに増やしたんだい?」
「あ、それは私も気になります」
ティノさんも興味津々なのか、少し身を乗り出してきます。あるいはこれ以上、フラスコ王子がうっかり余計なことを言わないように……という意図もあるかもしれませんが。
ちらりと、フレン様を見ると――誤魔化されてあげましょうという顔をしていました。
これなら、ふつうに返答しても良いでしょう。
「基本的には、『願い』と『イメージ』ですよ。
こういう変化が欲しい。こういうのが理想。そう思いながら、魔法を色々と……動かすんです。繰り返して、いるうちに……何となく、閃いたりコツを掴めたり、します。
ただ、同じ火属性でも、火の玉を作って投げるのが得意な人と、竜の吐息のように炎を放射するのが得意な人……といった具合に、偏りはありますから。
自分がどういう風に、変化をさせるのが……得意なのかを見つけると、新しい使用方法を……見つけやすい、かもしれないです。
基本的には、今できるコトからの……派生、ですので」
普段の喋りよりも滑らかに口が動いた気がします。
得意分野の話になると早口になる人がいると聞きますが、私もまさにそのタイプなのでしょう。
「まぁ中には特殊な環境に身を置いたり、あまりにも強い願いや、イメージを抱いたりすると、後天的に属性が、変化したりもしますが」
カチーナは完全にそのタイプです。
元々風属性だったのですが、幼少期に森でサバイバルをせざるを得なかった為、風で音を捉え危険に備えているうちに、魔法が音に関することへと特化。やがて今の音属性へと変わっていったそうです。
サイフォン王子は一瞬チラりとサバナスを見やったのを思うに、サバナスもカチーナ同様に後天的変化をしたタイプなのでしょう。
ところで、侍従って属性変化が必須なんでしょうか……?
いえ、二人が変化しているのはたまたまなのでしょうけど、身近に多いとついついそう考えちゃいますね。
「属性変化が生じなくとも、使い続け……鍛え続けていれば、やがて……他の誰もマネできない、唯一無二の魔法に……なりますよ。理論上は……ですが。
火属性でありながら、金属にしか……作用しない炎を扱う鍛冶師さんの伝説とか、ご存じありませんか?
調べてみたところ、事実だったようでして……」
――と、ここまで口にしたところで、フレン様、ティノさん、サイフォン王子、フラスコ王子が四者四様にこちらを見ているのに気がつきました。
「あらぁ、モカちゃん……魔法のコトとなるといっぱい喋るのねぇ」
「ぁ……ぅ……」
急激に恥ずかしくなってきて、私は椅子の上で膝を抱えて小さくなります。
い、勢いとはいえちょっと調子に乗って変なことを語りすぎたかもしれません。
「何だ? 箱がカタカタ揺れ出したぞ」
「恐らく、唐突に冷静になったコトで恥ずかしくなってきたのかと。
以前にも似たようなコトがありましたしね。あの時は緊張のせいだったようですが」
サイフォン王子ッ! 冷静に分析しながら、フラスコ王子の疑問に答えるのやめてください! ますます恥ずかしくなりますので!
「大丈夫だよ、モカ。
君が楽しそうに魔法について語ってる時の声。本当に楽しそうで、私は好きだから」
……っっっっ!
「サイフォン。逆効果だったのではないか? 揺れが激しくなったぞ?」
「違いますよ、フラスコ殿下。
さっきまでの恥ずかしさ故の揺れと、今の恥ずかしさ故の揺れは別モノですから」
「……違いが分からん」
あああああ――……解説しないでください、ティノさんッ!
もう……今は、自分が何に対して恥ずかしくなってきたのか分からなくなってきてるんですから……ッ!!
「あらぁ、フラスコはもう少しその辺りの機微に聡くなった方がいいかもしれないわねぇ……」
あ、穴があったら入りたい……。
いえ、すでに箱の中には入っているんですけど……。
「そうじゃないと、コンティーナちゃんにも愛想尽かされちゃうかもしれないわよ?」
「なッ!? そ、そうなのかッ、ティノ!?」
「いや、それはその……えーっと……」
ティノさんにも水が向けられ、フラスコ王子が焦った様子を見せます。
それに対して、ティノさんもどう答えるか悩んでいるようで……。
フレン様、なんか楽しそうに見てますね……。
この状況――もしかして、狙って作り出しました?
だとしたらどこから計算して……。
いえ、そんなことよりも――
「ふむ。ちゃんと意識はしてくれているんだな。嬉しいよ」
そんな状況でサイフォン王子は、本当に嬉しそうに、それでいて余裕そうに笑っていました。
わ、私だけこんなに恥ずかしくなってしまうのは、なんだかズルい気がします……!