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第80箱


「あらぁ、それはずいぶんと大胆なコト……」


 怒っている――というよりも、呆れの方が強そうなフレン様。

 でも実際のところ、私も似たような感想です。


 行動力は認めますけど、流石にちょっと思慮が足りないと言いますか、想像力が足りてないと言いますか……。


「ええ――フレン様やモカ様の言いたいコトは分かります……」


 私達の様子に、口にしたティノさんもちょっと頭を抱えてみせました。


「だからこそ後がなかったのです。

 フラスコ殿下のお忍びに付き合った時にお忍び中のサイフォン殿下と出会えたのは渡りに船どころではありませんでした」


 ドリップス家から王家への魔心結晶輸送の邪魔。

 それが失敗したら、サイフォン王子の暗殺。


 ……派閥がどうあれ、これは完全に王家への叛意に他なりません。

 本人たちがどう思っていようと、そういう意図として扱われます。


「……襲撃に成功、しても……暗殺するつもり、あったのでは……?」

「恐らくは。ダメ押しとかトドメとか言ってやりそうです」


 でもそれは、成功しようが失敗しようが、完全に処罰の対象です。

 ダンディオッサ侯爵のように根回しや下準備をした上で、証拠を可能な限り残さず立ち回った結果であるならいざ知らず、先日の襲撃のような雑な方法でやれば、簡単に尻尾を捕まれることでしょう。

 そうなってしまえば、捜査の手はティノさんにも容易に届くワケで……。


 ああ――本当に、ティノさんには後がなかったのですね。


 そして何とかして抜け出そうと足掻いている中で、私がサイフォン王子と婚約し、自分が想定外にフラスコ王子の婚約者となった。

 その状況だから生まれたこの千載一遇のチャンスをどうにかして生かそうとした結果が、このお茶会なのでしょう。


「ねぇ、ティノちゃん。

 ダンディオッサ侯爵はこの計画をご存じ?」

「分かりません。ただ最近の父は、ダンディオッサ侯爵に迷惑を掛けないように、お手を煩わせないように立ち回らなければ。何せ自分は右腕だからな――と良く口にしています」


 手を煩わせない。迷惑をかけない。

 ターキッシュ伯爵はその言葉の意味と定義を百遍ほど調べ直すべきでは?


「どう転んでも愚かな父で申し訳ありません……」

「あらぁ、謝る必要はないわよ。ねぇ、モカちゃん?」

「……ええ、そう……ですね。

 ティノ様には、申し訳ない……気もしますが、こちらとしては……助かります、ので」

「素敵なお土産を頂いたものね。私もモカちゃんも、約束を絶対守ってあげるわ」


 フレン様がやる気になってますね。

 でも確かに、ターキッシュ伯爵のやらかしをキッカケにして、ダンディオッサ侯爵にまで手が届きそうですものね。

 フラスコ王子の推す過激派たちを一掃する機会がきたと言えば、その通りなのでしょう。


 何より、カチーナの結界のおかげでこの話題がニコラス様の耳に入らないのが大きいですね。

 ニコラス様の手元にない情報を元に、ニコラス様を出し抜く――それは、私の能力を認めさせる一助になると思います。


 改めて気合いを入れていると、カチーナが箱の縁を叩いてから声を掛けてきました。


「お嬢様、そろそろ殿下たちがお見えになるようです」


 私にだけでなく、二人にも聞こえるように告げるカチーナ。

 それにフレン様は話し足りないとでもいうような顔を見せます。


 とはいえ、サイフォン王子はともかく、フラスコ王子にはあまり聞かせられないお話ですからね。

 この辺りで、いったん切り上げなければなりません。


「ティノ様。約束は……守ります。絶対に」

「はい。お願いします」


 私がかける言葉に、切実な思いの籠もった様子で頭を下げてくるティノさん。

 その姿に、私は切り札の一つを切ろうという思いが湧きました。


「ティノさん。これを」


 箱の上面から現れるのは、送り箱です。

 それが何であるか理解したカチーナはそれを手に取って、ティノさんへと手渡します。


「これは?」

「説明する、時間は……ありません。

 いずれ箱の中に……説明が、出現しますので……後ほどそちらを。

 これは……利用しあう、私たちの……信用の証、というコトで。

 人に見られない、ように……持ち運んで、ください」

「……裏切ったら?」

「爆発します」

「え?」

「冗談です。でも、何かは……起きます」


 爆発は冗談ですけど、私の魔法の一部である以上、裏切りには相応の何かは発生します――というかさせます。

 その何かは今はまだ思いついてないので口にはしませんが。


「モカちゃん、私にはないのかしら?」

「申し訳……ないですけど、ありません……」

「あらぁ、どうして?」


 えーっと、どうしてと言われると、何と言いますか……。

 うーん、素直に言っちゃいますか。


「フレン様にしろ、お母様にしろ、お父様にしろ……。

 これを、必要な時には――私が不利になる使い方を……するのに、ためらいが……無いですよね?

 自分の魔法を、自分が不利になる……使い方されるの、嫌ですので」


 カチーナは常に私の味方です。

 サイフォン王子もそうです。

 酒場のマスターに関しては、情報屋として互いの信用があります。

 そしてティノさんも、互いに利用価値がある限り裏切らないという意志を感じ取りました。


 まぁサイフォン王子とティノさんに関しては、私のそうであって欲しいという願望が多分に混ざりますが。


 その願望を込みであっても、やはりお父様にお母様、フレン様や陛下たちは、必要であれば、私が不利になる使い方をするだろうという信頼があります。

 それは悪いものではなく、王侯貴族としての責務を果たすために利用するだろうという話です。

 そして私はそれを悪し様に言えないでしょう。

 そうなってしまえば、ズルズルと好き放題利用される状態になります。フレン様たちの意志も、私の意志も関係なく、それが当たり前になっていきかねません。

 申し訳ないですが、そんな状況はゴメンですので。


「フレン様を……信用し、信頼するからこそ……渡すわけには、いきません。

 これは……私の魔法、ですから……。使い道は、私が……決めます」


 そして、こういう話をしてもフレン様は、お母様同様に嫌な顔はしないだろうという信頼があるからこそするのです。


「あらぁ」


 実際、フレン様は私の言葉に嬉しそうに笑いました。


「やっぱりモカちゃんは手強いわねぇ」


 きっと、私の考えは読まれているのでしょう。

 だからこそ、フレン様は笑います。

 その様子からは言外に、良くできました――という声が聞こえてくるのは気のせいではないのでしょう。


「さて、ティノちゃん。二人が来る前にこれだけは言っておかないと」

「はい」


 フレン様は笑顔のまま、ティノさんへと視線を向けます。


「表向き、私は貴女を認めないわ。状況によっては辛く当たるコトもあるでしょう。

 フラスコの勝手な婚約破棄の件もそうだけど、それ以上に優しく接しすぎると前婚約者(コナちゃん)のご実家から必要以上の悪感情を向けられかねないからね。

 婚約に関してはやむを得ず受け入れているけど、認めてはいない――それが表向きのスタンスよ」

「もちろんです。それで構いません」


 それが、秘密のお茶会の最後のやりとり。


「殿下方がお見えになります。結界を解除させて頂きます」


 カチーナが一礼すると、耳の奥でガラスが砕けるような音が聞こえます。

 それからややして、王子兄弟が一緒になってサロンへとやってきました。


 そして、入ってすぐにサイフォン王子はフレン様へと声を掛けます。


「母上、遅くなって申し訳ありません」

「あらぁ、用事はそれぞれにあるのは承知しているわ。あまり気にしないで頂戴」


 続けて、フラスコ王子も声を掛けるのですが――


「ティノ、遅くなってすまない。大丈夫だったか?」


 その問いに、ティノさんは困ったような笑顔を返すだけに留めます。


「あらぁ、フラスコ。

 それは何かしら? 私やモカちゃんがコンティーナちゃんをいじめたりしていると思ったってコトかしら?」

「い、いえ――そういうつもりは……」


 そうなんですよねー……。

 大丈夫か――ではなく「待たせたな」とか「楽しんでいるか」みたいな聞き方をすれば良かったとは思うのですが。


「貴方にその意志が無くてもそう取られるような言い回しは気を付けなさいと言っているでしょう?

 いいですか。貴方の態度はそのままコンティーナちゃんの評価にも繋がるのよ。

 本当の意味で婚約を認めて欲しいのでしたら、まずは自身の言動や立ち回りを見直しなさい。

 それが出来ないなら、彼女はどこまで行っても王子を誑かした悪女と呼ばれ続けるわよ」


 実際は、ティノさんが誘惑する前にフラスコ王子側が一目惚れしてしまったらしいですが……。

 そうは言っても、端から見れば婚約破棄からの新しい婚約者ともなれば、ティノさんの容姿や言動も相俟って悪女と見られても不思議ではないのですよね。


「悪女? 誰がそのような呼び方を……」

「貴方の耳に入らないところでは、そう称されてるコトもあるというだけよ」


 それにしても、フレン様は結構厳しく口にされますね。

 さっきまでの柔らかい雰囲気とは違います。


 そんな調子を改めるように、フレン様は小さく息をついてから、先ほどまでの笑顔に戻します。


「モカちゃん、コンティーナちゃん。ごめんなさいね。急に怖い態度とっちゃったわ」

「い、いえ……」

「いえ……」


 一息つくだけで、表情だけでなく雰囲気まで切り替えてしまえるのは流石です。


「母上、そろそろ席に着いても?」

「あらぁ、そうだったわね」


 サイフォン王子に言われて、フレン様は二人を手招きしました。


「叱っちゃってごめんね、フラスコ。

 ほら、二人とも座って座って」


 あまりの切り替えっぷりに、フラスコ王子が戸惑っているように見えるのはたぶん気のせいではないでしょう。


 見聞箱で見ている時は我が儘で乱暴なイメージだったフラスコ王子ですけど、近くで見る機会が増えたからでしょうか?

 何と言うか、気が短いだけで意外と純粋な方なのでは? と感じるようになってきましたよ。




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