第75箱
私は今、『箱』のまま、ドリップス家の紋章の着いた馬車に乗っています。
そうです。
本日は、フレン様とのお茶会の日。
今回は前のような密談に近いお茶会ではなく、正式に招待されたモノですので、堂々とお城に入れます。
馬車がお城に着き、『箱』は、綺麗な装飾が施された登城用の台車に乗せられました。ちなみにこちらもドリップス家の家紋付です。
それをカチーナに押してもらいながら、お城の廊下を進みます。
何となく周囲から、「登城用の台車……?」という心からのツッコミが聞こえてくる気がしますが、気のせいです。気のせい。気にしすぎです。
そうして、以前のお茶会にも使われた王妃様用のサロンへと到着しました。
「あらぁ、モカちゃんいらっしゃい」
部屋で待っていた王妃フレン様は、私――というか『箱』を見るなり歓迎してくれました。
現実感の無いふわふわした甘い雰囲気の中に混ざる歴戦の淑女たる芯を感じる声は、何度聞いても不思議な印象を受けますね。
声と雰囲気で勘違いしてしまいそうになりますけど、フレン様は歴戦の淑女の一人。
のんびりとしていて、フレンドリィな空気を纏った人ではありますが、その内面は非常にクールで、油断ならない相手です。
その為、本心から良くして頂いているというのを感じ取れても、ちょっと身構えてしまうといいますか……。
何というか、普段よりも気合いを入れて、背筋を伸ばさないと、向き合えない相手といいますか……。
ともあれ、構えすぎず油断しすぎずがんばりましょう。
「本日は、お招き……ありがとう、ございます」
「ええ、ええ。ようこそ。お久しぶりね」
「はい。建国祭前の、お茶会……以来ですね」
席に着き、フレン様と挨拶を交わしていると、続けて女性がやってきました。
「フレン様。お招き頂き、ありがとうございます」
そう告げて完璧な仕草で挨拶をするのは――
「あらぁ、ティノちゃんもいらっしゃい。どうぞこちらへいらして」
「はい。失礼します」
――コンティーナ嬢。
今日は、先日のような貴族的に見ると露出度が高く見えるようなドレスではなく、華やかで愛らしいものを着ています。
フラスコ王子の横にいる時、情報収集をしている時、お忍びの時、そして今。
彼女は、場所と目的に合わせた服選びが非常に上手いのでしょう。
それも――ちゃんと自分で選べるんだと思います。
基本的にそういうのをカチーナ任せにしている私とは大違いですね。
そんなことを考えていると、コンティーナ嬢は席に着きながら訊ねます。
「あの……フレン様。
お招きに応じ参じた上でお訊ねするのも失礼かとは思うのですが……その、わたしを誘うコトは、問題にはならないのですか?」
「あらぁ? 心配してくれるの? 嬉しいわ。
大丈夫よ、気にしなくていいわぁ。まぁ問題にしたがる人もいるでしょうけどねぇ。
でも、息子の婚約者をお茶会に呼ぶというのは、別に変なコトではないでしょう?
何せ、息子が婚約破棄してまで選び取った相手だもの」
穏やかな表情のまま、最後のは痛烈な皮肉のような言葉を口にするフレン様。
直後に、ふっとフレン様は笑いました。
「――なんて、嫌な皮肉を口にする気はないから安心して?
わがまま放題のようで、流されるままだったフラスコが、自分で選ぼうとした女の子だもの。気になるのは当然でしょう?
純粋な私の興味から、貴女を招待させてもらったの。気にしないで」
それに、コンティーナ嬢も僅かな苦笑と共にうなずきます。
「恐れ入ります」
実際のところどうなんでしょうね?
正直、私もコンティーナ嬢が招待されている状況というのに、困惑しているワケですが……。
なんてことを考えていると、コンティーナ嬢が声を掛けてきました。
「初めまして、モカ様」
え? 初めまして?
フレン様の前でそれを装う意味が――と一瞬考えてしまいましたが、間違いなく初対面です。
「お会いしたいと思っておりました」
何か全然そんな気がしませんが、うっかり変な反応をしてしまうところでした。
淑女然とした雰囲気も完璧で、私ががんばってどうにかこなしているものを、自然にやっているかのようです。
「はい……初めまして、コンティーナ様。
私も、お会いしたかった……です」
ともあれ、私も挨拶を返さないわけにもいかないので、何とか返答します。
「このような姿で、失礼……します、ね」
「はい。存じ上げております。わたしは特に気にしませんので、共に楽しい時間を過ごしましょう」
笑ってうなずくコンティーナ嬢に、悪意や敵意のようなものは感じられません。
もちろん、貴族ともなればそういうものをいくらでも誤魔化すことができるわけですが、それにしても――
過激派に関わる人にしては、私に対しての悪感情が無さすぎるようにも感じるといいますか……。
うーん……。
コンティーナ嬢はコンティーナ嬢で読めない方ですね。
「フラスコとサイフォンもあとから来る予定だけれど、まだ時間はあるので、先に始めてしまいましょう?」
私が悩んでいると、フレン様がそう告げて、部屋の中で控えている人たちへ、用意をするように告げました。
こうなっては仕方がありません。
あまり得意では――いえ、微塵も得意ではないことですが、お喋りをしながら、色々と探っていくしかなさそうです。
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『箱入令嬢シリーズ2 引きこもり箱入令嬢の結婚』
書影などの情報は活動報告にありますので、是非ご覧下さい。
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