第74箱
『見ての通りだバカとして捕まえてくれ』
盗賊たちが手を挙げたのを確認し、サイフォン王子が輸送隊の面々へと告げます。
『悪いな、輸送隊の方々。そういうワケなんだ』
『了解した。両手を上げている者たちは手荒にはすまい。
ところで、君――増援に来た盗賊と騎士について何か知っているか?』
サイフォン王子とのやりとりを見て理解をした輸送隊の隊長はうなずいてから、リーダーに訊ねました。
それに対してリーダーは、周囲を見回し、それはもうとびきりの悪党スマイルで告げます。
新盗賊たちの悪党スマイルとは異なる、本当に悪党の顔って感じです。
『どっちもオレの依頼人の関係者。
あ、そうだ。オレ、部下たちにはマジで何も知らせずに手伝わせちまったから、尋問とかはオレだけで頼むわ。吐けそうなモンは胃液がなくなるまで吐くからよ』
『了解した。協力に感謝する』
リーダーが賢明な人で良かったです。
それなりの報酬があってそれに釣られたのかもしれません。ですが、さすがに輸送隊の面々や、大根役者な盗賊や騎士を見てしまいましたからね。
最終的にどちらに付く方がマシな状況で終わるかという判断をしたのでしょう。
まぁ、そうでなくとも、リーダーにとっては彼らを見限るのに充分なものがあったというだけかもしれませんが。
ともあれ、残るのは新盗賊と暴走騎士たちだけとなりました。
さらにそこへ、南側から北上してきた騎士団たちが現れます。
『王都周辺の巡回部隊だ。
少々、混沌としているようだが、これはどういう状況だ?』
『こちらドリップス公爵領より荷物を輸送中の輸送隊だ』
巡回部隊の呼びかけに、輸送隊が即座に答えました。
暴走騎士たちが口を挟む前に、話を付けてしまいたいのでしょう。
『盗賊に襲われたところを、何でも屋たちに助けて貰った。
手を挙げている盗賊は、訳ありの者たちのようでな。何でも屋の説得に応じ武器を納めた。抵抗の意志は一切ないので手荒にせず、保護してくれ。
逆に手を挙げていない盗賊ならびに、何でも屋たちと睨みあっている騎士たちは、裏で手を組み悪さをしていたようだ。
紋章を掲げていない我々がドリップス領の人間であると、何故か分かっていて襲ってきたコトも気になる』
あれよあれよと形成されてしまった包囲網。
雇われ盗賊団たちはこちらへ寝返り、盗賊らしからぬ様子の新盗賊に、怪しさ満点の暴走騎士たち。
彼らは、両手を挙げている盗賊たちと違って、もう言い訳ができません。
それらを確認した巡回部隊の隊長が部下たちに告げます。
『各員聞いての通りだ。
ドリップス家の輸送隊と、何でも屋たちと協力し、装備が妙に小綺麗な盗賊たちと、騎士を騙る者たちを捕らえる! 行くぞッ!』
巡回部隊の隊長さん、さりげに新盗賊にツッコミ入れてます。
そこは騎士として気になってしまうところなのかもしれませんね。
しかし、そういうところを怪しまれるのを実際に見ると、サイフォン王子やカチーナが変装する時にこだわるのもうなずけます。
小物や汚れ、傷などを徹底してこだわることで、それっぽさがグッと増すのですね。
……そう考えると、やはり先日のニックさんは貴族のお忍びな気がしてきます。
古くから道楽屋として知られた人のようですし、年期の入ったお忍びっぷりは、たぶん見ただけでは分からないのでしょうけど。
いえ、ニックさんについては今は置いておきましょう。
何であれ、こうやって包囲網ができてしまえば一方的です。
暴走騎士にしろ新盗賊にしろ、武芸の技量も、魔法の技量もイマイチですね。訓練が足りていないのでしょう。
そんな中で、ふと目についたものがあります。
サイフォン王子の属性――今まで聞いてませんでしたが、『水』だったんですね。
相手の頭を水の球で包み、呼吸を阻害しつつ剣で斬るという結構えげつない攻撃を繰り出しています。
実力的にも戦力差的にも、こちらが苦戦する相手ではありません。
戦闘と言うより、蹂躙の方が近い気もします。
ただ――だからこそ、油断があったのでしょう。
それに気づいた瞬間――
「サイフォン殿下ッ!」
聞こえないと分かっていても、私は思わず叫んでしまいました。
膝を突き、うなだれていた暴走騎士の一人が、やぶれかぶれのように剣を投げたのです。
狙いは雑。目に留まった相手めがけただけ。
ただ、狙った相手からは逸れたその剣は、別の相手を斬り伏せていたサイフォン王子へ直撃するコース。
ですが、剣と王子の間に小柄な影が割って入ります。
『アホフォン!』
その影は逆手に持った短剣で飛んできた剣を弾きました。
『雑魚相手とはいえ油断しすぎ。数だけはいるんだよ』
『悪い、レン。助かった』
王子からレンと呼ばれたその緑の髪をした少年は、お礼の言葉に鼻を鳴らすことで答えます。
……よかった……。
何事もなくて、本当に良かった……。
『お前の女は盗み見が得意なんだろ。
間違いなく見られてたから、後で謝っておけよな。少しばかり刺激が強い絵だっただろうからな』
そうです。本当に怖かったんですからッ!
一瞬で膨れ上がり一瞬で萎んだ不安感が、安堵へと代わり、やがて憤りに変化していく感じがします。
その感情をどう処理して良いか分からないでいると、レンは一瞬だけ、こちらをチラりと見上げました。
見聞箱は小さいサイズですし、それなりの高さにいたはずなのに、彼は気づいているようですね……。
その視線に気づいたのか、サイフォン王子もこちらをチラリと見ると、見聞箱に気づいたのでしょう。どこか嬉しそうな笑顔を浮かべて軽く手を振ってきました。反省の色ナシです。
自分の失態を誤魔化すような笑顔と仕草に見えます。
そんなものに負けるワケにはいきません。
いきませんけど……。
「でも、何か誤魔化されてしまいそうな自分もいるんですよね……」
自分の頬を両手で覆いながら、私は思わずそう口にします。
そして、自分でも安堵なのか嘆息なのか分からない息を吐くのでした。
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