第73箱
ノリノリで悪い顔している新らたに現れた盗賊団――暫定的に新盗賊団とでも呼びましょうか――ですが……うーん、チンピラの悪い顔というより、貴族や商人の悪い顔なんですよね。彼ら……。
合流した新盗賊団を、元々いた盗賊――こっちはこれまで通り盗賊と呼びましょうか――のリーダーが受け入れます。
『おう。おまえら、よいえものがかかったぜ』
リーダー、さっきよりも台詞が棒読みですッ!
それに対して、新盗賊団の面々は……何でそこであからさまに渋面を浮かべるんですかッ!
貴方たち、今は盗賊なんですよ盗賊!
ちゃんとお芝居してください! 下賤な賊ごときが自分たちに偉そうな態度を取るな! みたいな顔はやめましょうよ!
これを見ていると、対策立てずとも勝手に潰れて行きそうな気がします。
でもまぁ、この人たちを捕らえられれば、この件を引き合いにダンディオッサ侯爵に迫れますからね。
そうして増援と合流した盗賊団によって追いつめられていく――フリをする――ダミー輸送隊。
元々いた盗賊の面々はそれが分かっているのか、調子に乗らない感じですが、それが分かっていないのか、新盗賊団はむしろ調子に乗りだしています。
『ドリップス公爵に飼い慣らされた騎士だけあって、大したコトないなッ!』
新盗賊団の一人が、輸送隊へ向けて嬉しそうにそう叫びます。
私は思わず自分のこめかみを押さえてしまいました。
……新盗賊団の人たち、それでいいんですか?
相手の輸送隊がドリップス公爵家の関係者と知って手を出す盗賊は恐らくいませんよ?
盗賊が何でもかんでも襲いかかって強奪する人たちだと思いこんでいるのかもしれませんが、彼らとて獲物は選びます。
当然ながら報復を避けやすく、反撃されづらい相手を狙って襲うものです。
そもそも、今皆さんが囲んでいるダミー輸送隊って、紋章を掲げてないんですが……。
どうやって知ったんでしょうねぇ……。
あ。盗賊団のリーダーが遠い目をし始めました。
ダミー輸送隊の隊長も、何か可哀想なモノをみる目になってません?
そんな何とも言えない微妙な空気の中、暴走一派の騎士団が登場。
ダミー輸送隊への助っ人登場! とばかりに颯爽と現れました。
『そこの部隊ッ! 大丈夫ですかッ!』
ほらそこ! 新盗賊団の人ッ! 何で騎士団の増援見て嬉しそうな顔してるんですかッ!
新しく出現した勢力に、輸送隊の隊長はがんばって呆れた様子を隠しながら、訊ねます。
『……貴公らは?』
ダミー輸送隊に誰何された暴走一派の騎士団――暴走騎士団と呼びましょうか――の隊長らしき人は、胸を張って堂々と答えました。
『名乗る者ではありません!』
なるほど。
通りすがりの一個人がそれをするなら栄えましょう。あるいはお芝居などの物語の中であればカッコ良いことこの上ないです。
でも、ですね。今回の場においては、ちゃんと名乗りましょう?
このタイミングで名乗らないってことは――
『ほう。騎士団を騙るか。それがどういう意味か分かっているのか?』
『こ、こちらは貴公らを助ける為に……』
『すまないが、貴公らが所属を名乗らぬのであれば、王国騎士を騙る者たちとして、盗賊ともども退治する必要がある』
――まぁ、こうなりますよね。
せっかく颯爽と助けに入ったのに、助けようとしたダミー輸送隊から疑惑の目を向けられるとは思わなかった……と、いった様子です。
そこに思い至らない辺り、詰めが甘いというかなんといいますか……。
輸送隊を狙う盗賊団。
輸送隊のピンチという絶好のタイミングで颯爽と現れる、所属を名乗らぬ騎士たち。
……うん。怪しさ満点ですね。
こういう状況では、正確な所属を名乗った方が信用されます。
変にボカせば、マッチポンプを疑われかねません。
今回は実際にマッチポンプなワケですが。
盗賊たちもこのタイミングで「ごちゃごちゃうるせー!」とでも言って双方に襲いかかればうやむやにできますが、盗賊リーダーのやる気は完全に旅行に出ているようで。堂々と欠伸をかみ殺してます。
新盗賊たちは、そんなことに気が付くほど気の利く人はおらず……。
これで何で、輸送隊襲撃が成功すると思ったんですかね?
ガバガバすぎるのでは???
ともあれ、暴走騎士団も現れたところで頃合いなのでしょう。
北から何でも屋の集団が現れました。
『こちら、王国の何でも屋ギルドの依頼により、周辺の見回りをしていた者だ。俺は今回の見回り部隊のリーダーを任されているフォン。
騎士と盗賊が混在し、状況は分からないが、どこか助力は必要か?』
何でも屋フォンの堂々とした名乗りです。
こちらはしっかりと所属を含め名乗ることで、胡散臭い空気はありません。
それに何より、普段の王族然としたものとは違う、ワイルドな感じに堂々とした姿のサイフォン王子もカッコいいです。
見聞箱にしっかりと記憶させておきましょう。このシーンはあとで何度も見返したいところ。
『何でも屋風情が邪魔をするな!』
暴走騎士団がそう邪険にする様子を見て、輸送隊の隊長はむしろ嬉しそうに声をあげました。
『こちらはドリップス公爵領からの荷物を輸送中の輸送隊だ。盗賊に囲まれているさなか、所属を名乗らぬ怪しげな騎士団が出現し、対応に困っていた。盗賊もろとも、彼らを捕らえたいと思うが協力して頂けるか?』
こっちもこっちで、ある種のマッチポンプなんでしょうけどね。
このやりとりに焦ったのは、暴走騎士たちです。
ついでに何故か、新盗賊たちも慌ててます。慌てるタイミング間違えてますよー……。所属不明騎士たちが現れたところで、慌てましょうよー……。
『了解した。だが、その前に……盗賊のリーダーは誰だ?
最近、顔見知りがやりたくもない盗賊のマネゴトを無理矢理させられているという話を聞いていてな。
顔見知りをうやむやのまま捕らえるのは寝覚めが悪い』
フォンの告げる言葉に、盗賊たちは顔を見合わせ――そして、リーダーが正直に名乗りあげました。
『オレだよ……』
『まったく、お前も変な依頼を受けちまいやがって』
恐らくは初対面のはずですが、フォンはフランクに話しかけます。顔見知りを装いたいのでしょう。
それに対して戸惑いを見せるリーダーへ向けて、フォンはすかさず告げます。
『ボスが心配してたぞ。
ルアクを経由して、俺に連絡してきた』
あ、私が手紙で送った文言ですね。
この話をして、ピンと来るなら、こっちへ寝返って貰えます
逆に、この話に乗ってこない相手なら、一緒に捕らえてしまって良いと、先ほどサイフォン王子へメモを送ったのです。
どうやら、送り箱はちゃんと持ち歩いていたようで。
ちなみに、ボスからの連絡というのは当然嘘です。
ただまぁ私――というか、ルアクとしての知り合いに、ボスと呼ぶことで誰であるか分かる人には分かる人物がいるのは本当です。先にあげた、裏関係の組織の上層部にいらっしゃる方ですね。
どうやって知り合ったのかはナイショということで。
ともあれ、ボカした言い方でもこう言えばリーダーの態度が変わる程度には影響力の強い人です。ただ、その本名などはあまり表に出すべき相手ではありません。
ましてや騎士団が居ますからね。そういうある種の危険人物の名前を口にしてしまうのははばかられます。
だから、ボスとだけ呼ぶようにと、サイフォン王子にはメモを送りました。
名前を借りたことと、それに関する事情だけは、後ほどマスターを通して連絡しておきましょう。
ついでに、彼が好みそうな情報を一つ付けておけば、そこまで怒られないと思います。
『ボスはなんて?』
『盗賊として捕まるか、バカに利用されたバカとして捕まるか選べ、だとさ』
この言葉も、先ほど送ったメモに書いておいたものですね。
サイフォン王子は演技が上手いので、リーダーの方も信じてくれたようです。
こちらの言葉にうなずいたリーダーは、周囲を見回してから両手を上げました。それを見た盗賊たちも、リーダーに倣って一斉に両手を上げます。
『見ての通りだバカとして捕まえてくれ』
そうして、この場の空気と流れが変わり出すのでした。
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