第72箱
マスターから情報を貰ってから五日。
今日が、過激派の輸送隊襲撃予定の日ではありますね。
先の予定になっているフレン様のお茶会も気になりますが、その前に魔心結晶輸送隊への襲撃がどうなっているのか気になります。
んー……。
ちょっと、手持ちの見聞箱を飛ばして見ましょう。
カチーナに声を掛け、部屋の窓を開けて貰って、見聞箱を飛ばします。
襲撃計画の情報から見るに、場所はそこまで遠くないはず。
王都から東へ真っ直ぐ。
しばらくすると蛇行しながら流れる大きな川――ミダシーズ川が見えてきました。
ここからもうちょっと北に行くと、こちら側にある二つの森と川の向こうにもう一つ森があるんです。その三つの森が川を挟んで連なる一帯をミダシーズ川森帯と呼ばれています。
王都では毎年冬が深まってくる頃、ミダシーズ川森帯で狩猟を主とした越冬祭が行われているんですよね。
大きなお祭りの一つですので、恐らくは出席をせざるを得ないでしょう。
そう考えると、このお祭りもまたどう乗り越えるか考える必要がありますね……。
お祭りの話はさておき。
ここから少し南に行けば、ミダシーズ橋。街道を繋ぐ大きな橋です。
橋から見て、北東へと延びる街道を眼下に、私は見聞箱を道なりに進ませていきます。
途中で街道が林の中へと隠れてしまいますが、問題はありません。
上からだと、林道の出入り口が双方見えてますからね。
上空から林道を確認しつつ、注意深く様子を探っていきます。
この林道周辺が、襲撃の予定地だったはずです。
適度に木も多く、王都から見た時、林道の出口となる牙岩草原は、牙のような形の大きい岩がいくつも生えている土地ですからね。
この草原に生える岩は、自然物としてみると奇妙な形のモノが多く、撤去するのは簡単ながら、歴史的な意味があるのではないかと、そのままにされていると聞いています。
もっとも、それら牙のような岩に興味がない人たちからすれば、身を隠すのにちょうどいいものがたくさんある――程度かもしれませんが。
実際、過去には、林道から牙岩草原にかけては盗賊のような悪漢たちの狩り場のようになってたと聞きます。
今でこそ、騎士団が定期的な見回りや、何でも屋の人たちが自主的に見回りなどをしてくれているので、逆に賊が寄りつきづらい場所になっているようですが……。
まぁ、だからこそ、暴走してる人たちは、ここでなら油断すると思って計画したのかもしれません。
見聞箱に眼下を見てもらっていると、それっぽい人たちがいるのが確認できました。
林道と牙岩草原の境界辺りをやはり主戦場にするつもりのようです。
そして、林道の北側には、騎士っぽい人たちが待機中。
恐らく過激派一派と、彼らに雇われた悪漢たちでしょう。
一方で、牙岩草原の北東から南下してくる一団が見えてきました。
ドリップス領からやってきた輸送隊でしょう。
それにしては、ちょっと人数が多いというか、馬車の数が多い気がします。
誰かから聞いたわけではありませんが、集めてた情報からすると、こんな人数と馬車は必要ない気がするのですが……。
規模はどうあれ、このままだと間違いなく襲われてしまうのですが、お父様たちはどんな手を打っているのでしょうか。
空から周囲を見渡すと、林道から外れた、林の南側に集団がいますね。どこで待機していたのか、林道へ向けて北上してくる一団です。
恐らくは騎士団ですね。
一団の半数が北上し、半数が待機しているようです。
待機組の最後尾の方を見ると、岩か土で作られたかのような橋が掛かっていますので、あれを渡ってきたのでしょう。
その橋に向けて手を掲げているのは――サイフォン王子付きの護衛騎士であるリッツのようです。
魔法であの橋を作る為に、声を掛けられたのでしょう。
小さく細い橋ならともかく、騎士の一団をまとめて渡らせることができる大きさや強度を備えた橋を造れるような魔法使いはそう多くはありません。
王子の護衛を任されているだけあって、単に武の腕が優れているだけではなく、魔法の腕も優れているのでしょうね。
リッツの魔法に感心しながら、さらに周囲の様子を伺っていると、もう一団、別の集団が見えてきました。
ミダシーズ川森帯を形作る森の一つ、フェーノの森から出てきて南下してきているようです。
目的地はどうやら林道。
彼らは何でも屋や冒険者の集団のようです。
お父様たちが手配したのでしょうか?
その集団の戦闘に先頭にいるのは……え? サイフォン王子ッ!?
何でも屋フォンとして振る舞っているようですが、何かリーダーのようなことをしているようです。
それにしても、なんで王子が自ら出撃してるんでしょうか……。
深い理由とかなく、面白そうだから――で、参加している可能性がなくもないのですよね。
サバナスやリッツが頭を抱えそうな話です。
……まさか、リッツを騎士団の作戦に貸し出したのって、もしかしなくても、自分が参加したいから――だったりしません?
サバナスの目を盗んで、お城から抜け出すくらいのこと、サイフォン王子なら簡単にやってのけそうな気がしますし。
ともあれ、南北双方の一団は、かなり慎重に林道を目指しています。
動きがあったのは、南北の一団たちだけではありません。
林道の出口付近からだとまだ見えないくらいの位置で、輸送隊が二手に分かれました。
片方は街道から逸れて、南下していきます。
あの動き――リッツの作った橋を目指しているのでしょうね。
となれば、通常通りに林道を目指す輸送隊は完全にダミー。
ダミーを襲ったところを、南北から押さえるのでしょう。
ややして、ダミー隊が林道近くに差し掛かり、そこに現れた雇われ盗賊たちが取り囲み…………。
うーん、なんて言うか数が足りてないといいますか、輸送隊を襲うには、ちょっと弱くないです?
見た目が――というよりも、輸送隊を襲う胆力などがある盗賊団に見えないといいますか……。
たぶん、雇われ盗賊の皆さん自身、若干自覚してそうなところがありそうです。
それに先ほど確認した盗賊っぽい人たちの数を考えると、半数くらいしかいないのも気になります。
ともあれ、ちょっとだけ高度を下げましょう。
やりとりが聞こえると良いのですけど……。
『積み荷を置いていけば命までは取らねぇぜ』
聞こえた台詞に迫力がありません。
もうちょっとこう、やる気というか……覇気を見せてください、盗賊の皆さん。ダミー隊の人たちも、ちょっと苦笑しちゃってますよ!
『悪いが断る』
『ならば痛い目にあってもらうぜ』
言い返した騎士の人も、もうちょっとこう、覇気を……ですね?
お互いに完全にやる気がないの、どうかと思いますけど。
これ、盗賊側もダミーだって気づいたんでしょうね。
そしてやる気のない盗賊を見て、輸送隊側もちょっとやる気がなくなったというか……。
そうして始まった戦いは――これはそれなりにお互い動きます。
明らかに輸送隊側が手加減をしてはいるんですけど。
……うーん。
盗賊たちのこのやる気のなさ――考えようによっては、盗賊を味方に付けられそうですよね。
先日の情報屋のマスターからの手紙を思い返すと、悪党集団――犯罪者ギルドとか裏ギルドとかマフィアなどとも呼ばれます――に所属している人の可能性が高いです。
彼がそれらに属していることが前提になりますが、ちょっと誘い文句が浮かびました。
サイフォン王子が、送り箱を持っててくれれば良いのですけれど。
とりあえず、思い付いた内容をメモに認め送ります。
やがて、戦いの天秤は傾き、輸送隊がじわじわ押され始めます。
もちろんお芝居です。最初のやりとりはともかく、戦いでの駆け引きそのものは、ちゃんと出来ているようにも見えますが……さて。
そこへ、新たな盗賊団が登場です。
『またせたな!』
彼らは、先の盗賊団と比べると服装が綺麗で、武器にしろ胸当て等の防具にしろ、汚れや傷がなく小綺麗です。
肌艶や髪の色なども非常に健康的な人たちが多い不思議な盗賊団。
そういう演出を施された演劇用の装備だと言われればしっくりくる感じなのです。
暴走一派の関係者各位。もうちょっとがんばりましょうよ。
嘘でも、髪や肌を汚したくなかったんですかね?
この違和感を見てしまうと、カチーナやサイフォン王子が市井にとけ込む為に服装だけでなく、髪も顔も、装備などを汚したり傷ついたように見える加工をしていた理由がわかります。
『我々の獲物はどれかな?』
うん。台詞がぜんぜん盗賊らしくありませんね……。
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『箱入令嬢シリーズ2 引きこもり箱入令嬢の結婚』
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