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第71箱


 お忍びの日の翌日。

 世間が目を覚まして活動し出すにはまだ早い時間ですが、目が覚めてしまったので活動開始です。もちろん箱の中で、ですが。


 今日も、情報収集をしていきましょう。


 平民たちの箱ブームは確かに武器になりえますが、現状を打破するようなものではありません。


 勢いづきつつも、暴走しだした人たちに手を焼いているダンディオッサ侯爵。

 人柄もその動きも全く予想の付かないコンティーナ嬢。

 認めて貰わねば、結婚が難しいニコラス様。


 立ち位置の読めないコンティーナ嬢はともかくとしても、他の二人の問題は解決するべきでしょう。

 特にもっとも大きな壁はニコラス様です。


 まぁニコラス様に認めて貰えるかどうかは別にしても、ダンディオッサ侯爵の動きを制すには、暴走する人たちを利用するのは悪くない手でしょう。


 そんなわけで――私はまず、サイフォン王子やカチーナの手元にある送り箱とは異なる、もう一つの送り箱に触れます。


 中に入っていた紙を手に取り、広げれば、探っていた情報が書かれていました。


 これの送り主は、路地裏にひっそりと構える酒場『錆色の渡り鳥亭』のマスターです。

 マスターはすらりとした長身痩躯で、綺麗な顔をした男性です。

 それでいて言葉使いや仕草は女性的なのですが、酒場のマスターとしても情報屋としても非常に腕利きなのです。


 私はルアクという偽名を使い、カチーナを介して彼と知り合い、こうやって定期的に情報交換などをしています。


 もっとも彼には送り箱の詳細は知らせておらず、箱の中に情報を書いた紙を入れておいてくれれば勝手に持って行くし、逆に必要な情報はその箱に放り込んでおくとだけ説明してあるんですよね。


 最初は当然不審がられましたけど、今ではそれなりに信用しあっています。

 情報を取り扱う以上、お互いに信用第一なところがありますから。


 さて、その内容ですが……。


 貴族の使いと思われる人が、裏社会の人を通して盗賊の手配をしたのですね。

 その規模、人数、時間、行動予測……。


 内容的には、暴走している方々の準備ですね。

 うちの領からお城へと魔心結晶の輸送隊を襲う計画のアレです。


 輸送開始は五日後。

 向こうも、そのスケジュールを掴んでいるようです。


 ただ――詳細こそ聞いてませんが、お父様や陛下が簡単にスケジュールを漏らすとは思えませんので、わざと漏らしている可能性もありそうですね。


 それに加えて、彼らは盗賊に扮した私兵だけでなく、本物の盗賊も少し使う予定のようです。

 ですが……彼らにそれを制御できる自信があるんでしょうか?


 相手は悪漢たちかもしれませんが、人間です。

 悪漢であるという理由で見下したり、蔑んでたりするのであれば、すぐに裏切りかねません。

 あの手の人たちは、その性質を理解し、筋を通してあげなければ、協力は出来ないと思うのですが……。


 そもそも、計画の五日前に人材の追加を考えるというのは、行き当たりばったりと言えなくもないですけど……。


 まぁ勝手に失敗してくれる分には構わないといえば構わないのですけどね……。


 それにしても、ダンディオッサ侯爵が相手だとここまですんなり情報は手に入らない為、裏取りなどは苦労するのですけど、彼らはあまり隠す気がなさそうです。


 いえ、隠す気はそれなりにあるのでしょうけど、あちこちで情報を集めている諜報を得意とする、他の貴族の私兵や協力者たちのことを気にかけていない――というのが正しいかもしれませんね。


 うんうん。

 マスターが集めてくれる情報は、相変わらずの充実具合。


 そしたらこちらも、向こうが欲しがっていた情報をお渡ししましょう。

 とある領地持ち貴族の脱税関連の情報ですね。情報はあれど証拠にはならないので、それをどう使うかはマスターやマスターへの依頼をした人次第でしょうけど。


 ただ、マスターから協力を求められる依頼の中に、この手の依頼ははそれなりにあります。そこから思うに、恐らく依頼人は貴族ですね。それも一人ではなく、何人かいそうです。


 ただマスターに頼まれる依頼の内容を思うに、その誰もがサイフォン王子派の貴族の方だとは思います。

 不正や過激派貴族の動きなど、私が探っている情報がかぶっていることも結構多いので。


 まぁ、そんな酒場の話はさておいて。

 ダンディオッサ侯爵がどこまでこの準備の情報を掴んでいるのか気になるところですが……。


 とりあえずマスターからの情報をまとめましょう。

 貰った情報を元に、私の元々持ってた情報やそこからくる推察を含め、書き出します。


 そうして新しく作ったメモは、サイフォン王子とお父様の二人に送りたいので、もう一枚欲しいところ。


 でも、また書くにはちょっと面倒なのですが――そこで、知識箱と繋がった便利な箱の一つが活躍します。


 その名も『複写箱』ッ!


 箱の上部にある口から、メモを入れると、箱の中に入っている白紙の紙にそのまま書き写されて、側面の口から出てくるという便利な箱です。


 そうして出来上がったもののうち、オリジナルをサイフォン王子の送り箱へ。

 複写されたモノをお父様へ渡すつもりです。


 情報を書いている間に結構な時間が経っていたのでしょう。

 一息ついたところで、箱をノックされる音がしました。


 いつの間にか皆が起き出して、朝食の時間になっていたようです。


 早い時間に起きていた為、いつもよりもお腹が空いています。なので、普段よりも一人前多くお願いしました。

 ついでに、情報を書き写したメモをお父様に届けてもらいます。


 美味しい朝食を食べて、腹八分目のちょうど良い感じ。

 元気もやる気も増えたので、さらにがんばっていきましょう。


 さて、世間一般的にも朝食が終わったあたりの時間帯となりました。

 何か動きがあるかもしれませんので、ダンディオッサ侯爵の手に渡った見聞箱の様子を確認してみましょうか。


『……最低限の助言はするが、手は貸さないという約束だったはずだが?』

『ですので、助言を頂きたく……』


 映像には何も映りませんが、二人の男性の声が聞こえますね。

 見聞箱は、カバンの中などに入れられているのでしょうか。


 助言を求めているのはダンディオッサ侯爵のようですね。


『……助言、か』


 そして、相手の方は少々難しそうな声で、小さく呟いてからやや沈黙しました。


 ややして、言葉を吟味するように口を開きます。


『まず――気を悪くしないで欲しい。これから言うコトは、何も君に意地悪しようというモノの類ではない。私個人として精一杯の助言のつもりだ。

 約束を違えるつもりはない。その上で、心して聞いて欲しい』


 ダンディオッサ侯爵ではないほうの男性が、もったいぶった調子でそう前置きました。


 そしてキッパリとハッキリと告げます。


『君の握りきれない手綱に関して、私から出来る助言など無い』


 これは――ダンディオッサ侯爵は、協力者というか後ろ盾のような方から梯子を外された……と、捉えて良いのでしょうか。


『そ、それは……』

『前置きした通り、嫌がらせの類ではないよ。

 何せ、君のやり方はキッカケ次第で、手綱から抜け出す輩が出てくる可能性がある――と、以前より伝えていたと思うが』


 それにしても、この方の声……。

 もしかして……。


『それに、君も愚かではないはずだ。

 手綱から外れた者たちを把握しているのだろう? ある程度、動こうとしている内容も調べてあるはずだ。

 ならば、その情報を持って陛下へと報告に行くしかあるまい? そのくらいの結論は君もたどり着けているはずだ。

 昨日、一日掛けて事実関係を調べたのではないのかね?』

『…………』


 恐らく言われた通りなのでしょう。

 それでも、それ以外の方法があれば――と、この方のところへとやってきたのかもしれませんが、良い答えは貰えないようです。

 

『答えは出ている。助言のしようがないほどの答えがな。

 出来るだけ急いで、出来るだけ早く、陛下に報告をし謝罪する。

 時間を掛ければ掛けただけ、君の立場は悪くなるだろう。

 君自身の思考もそこへたどり着いているのだろう?』

『はぁ……やはり、それしかありませんか』

『この件に関しては、私の元へ来るコトそのものが時間の無駄であろう?』


 この感じ、別に梯子を外したというワケではないのでしょうか?


『そもそも、君と私の繋がりは……表向き無いのだ。

 あまり無意味なリスクを私に背負わせないで欲しいのだがな』

『分かっております。

 返答もだいたい想像通りのものでしたしね。すでに陛下には謁見を申し込んでおりますので、今日の午後にでも叶うことでしょう』

『では……本題として別件か?』

『はい』


 そうして、見聞箱の視界が開けます。

 納められていた場所から外へと出されたのでしょう。


『これは?』

『これが本題……というよりお見せしたかったモノです』

『手にとっても?』

『はい。構いません』


 見聞箱に手を伸ばし、それを見る人物。

 やはり――ニコラス様。


『先日の、ニコラス様も参加されていたパーティの会場に設置されていたものだそうです。人目に付きづらいところへひっそりと』

『ふむ』


 ニコラス様は様々な角度から観察し、どこか開かないかと爪をかけようとします。


 ですがどこにも爪は引っかからず、困った顔をして肩を竦めました。


『盗聴のための魔心具の類か?』

『そう睨んではおりますが、如何せん私には解明できそうにありませんでしたので』

『今もこれが生きているなら、我らの会話は筒抜けだな?』

『そうかもしれません。ですが、今のところ何の反応もありません。

 取り返しにくる気配もありませんからな』

『なるほど。盗聴内容をこの中に保存しているのであれば、誰かが取り返しにくるだろうな』


 まぁ取り返しに行く理由はありませんからね。

 こちらからの操作で、内容どころか箱そのものを消してしまうことも可能ですし。


 見聞箱は一般的な盗聴用の魔心具ではありません。

 一般的に広まっているモノ――といっても使用者は主に貴族や諜報を営む人ばかりですが――は、魔力が切れたらそれ以上の盗聴はできません。しかも、内容を確認するには設置したモノを回収しなければならない仕様です。

 その上、高価ですし、壊れやすいシロモノですからね。


 それと比べると、見聞箱は高性能です。

 そして、常識で考えると正体がまったく分からないモノでもあります。


『君はこれを私に譲る、と?』

『閣下はこういったモノがお好きでしょう?』

『否定はせんな。

 それはそうと、閣下呼びはやめてくれ。もう現役ではないのだ』

『失礼しました』


 またしばらく見聞箱を調べていたニコラス様ですが、やがてダンディオッサ侯爵に訊ねます。


『これはどこに仕掛けてあった?』

『申し訳ないのですが、見つけた者から聞いていません』

『見つけたのは?』

『ターキッシュ伯爵の娘、コンティーナです』

『そうか』


 そういえば、パーティ会場でニコラス様がコンティーナ嬢に触れなかった理由が全然分からないのですよね。


『貰ってしまって良いのだな?』

『問題ありません。その代わり何か分かりましたら……』

『うむ。何か分かったなら、教えよう』


 そうして、ダンディオッサ侯爵は帰っていきました。


 サイフォン王子には午後にダンディオッサ侯爵が登城するだろうと、手紙を送っておきます。


『ターキッシュ伯爵の娘、か。

 伯爵はともかく、元は冷鉄(れいてつ)の淑女と謳われた夫人も、結婚してすっかり腑抜けになってしまったようだが……なかなかどうして、娘は有能そうではないか』


 見聞箱を弄びながら、ニコラス様の独り言を口にしているのでしょう。

 その口調はどこか嬉しそうです。


『しかし、アレが有能であり、聡い娘だというのが前提となると、これの見方が変わるな。

 この魔心具、さて本当に会場に仕掛けてあったのかな?

 どちらにしろ用途が分からねば、その意図も分からぬか』


 面白い玩具を見つけたかのような、ニコラス様。

 その様子は、血筋なのかサイフォン王子と似ていますね。

 彼が歳を取ると、こんな感じになるのでしょうか。


 ……それはそれで、カッコ良くて良いと思います。


『すまないが、魔心技師を手配してくれ』

『かしこまりました』


 しばらく見聞箱を見ていたニコラス様は、近くにいた人にそう告げ、立ち上がりました。


 こちらも一旦、ニコラス様の覗き見を切り上げましょう。


 一息ついて、送り箱を見てみると、サイフォン王子から何かが届いていました。


 それを手に取り、中身を読むと――


《後ほど正式な招待状が行くと思うが、母上からお茶会のお誘いだ。十日後にやるようだよ。申し訳ないが断らず参加して欲しい。前回同様、箱のままで構わない》


 ええと、フレン様とお茶会するのは良いのですけど……。

 参加者の中に、コンティーナ嬢がいるようですが、どういうことなのでしょうか……?


 ともあれ、後日――サイフォン王子の言う通り、フレン様からの招待状が届くのでした。


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