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第8箱

本日は2話公開。

こちらは本日の2話目です。


 ルツーラは私から取り上げた本を地面に叩きつけ、思い切り踏みつけました。


「……あ」


 その瞬間、私は怒り以上に、とてもとても悲しくなったのを覚えています。


 お父様から貰った本であり、大好きなシリーズの最新巻であり……

 そもそもからして私の所有物であるものを取り上げた挙げ句に踏みつぶすという理解できない所行に。


「……伯爵だから、他人のモノを取り上げて、壊したりしても良いのですか?」


 それでも、人前で涙を流さないだけの理性はありました。


 だからこそ、冷静に問いかけたのです。


 彼女が私のことを知らないのは分かっています。

 向こうが、こちらを下に見ていることも。


 その上で伯爵家の者であるということを理由に他者を貶め、その所有物を奪い取ることを是とするのか――と。


 背筋を伸ばし、臆すことなく、ただ真っ直ぐにルツーラを見据えて、私は問います。


 今の私からしてみれば、信じられないくらいがんばっている行為です。本当に私なのかどうか不思議なくらいではありますが、記憶に確かに刻まれている出来事なのは間違いありません。


 そして、彼女が答えを口にするより前に――


『次なる女神の使徒モカ・フィルタよ、ここへ』


 私の名前が呼ばれました。

 なので、私はそこで一礼し、告げます。


「どうやら呼ばれたようですので、失礼しますね」


 それから、本を拾って前へと向かいました。


 さすがに儀式を受けることを邪魔するようなマネはしないだけの理性はあったようです。

 そのことに安堵しながら、私はゆっくりと祭壇へと向かって歩いていきます。


 歩きながら――その胸中に占めていたのは一種の悲しみと諦観でした。


 本音と建前の使い分けだけでも面倒くさいのに、ルツーラのようなタイプの人間と今後付き合っていかないといけないだろうことが、嫌で嫌で仕方がなかったのです。

 本人がどういう考えを持っていようとも、相手が格下だと見るや他者からモノを奪い、壊すことに躊躇いがないような……そんな人間がいるのだと、それを知ってしまったことが、とても悲しくて辛いことでした。


 本だけ読んでいたい。

 身内以外の人間と付き合うことの意義が思いつかない。

 本音と建前と欺瞞で繋がる関係に意味を感じられない。


 『木箱の中の冒険』の主人公のように、箱の中で生活したい。

 冒険を楽しめるような性分ではないので、箱から繋がる異世界を大冒険するのではなく、箱から繋がる異世界の片隅で、箱の中でただ静かに本を読んで過ごしたい。


 そうすれば、大好きな読書を邪魔されることもなく――

 そうすれば、大好きな本を他人に奪われることもなく――

 そうすれば、面倒くさい人付き合いなんてしなくてもよく――


 子供じみた単純な願望。

 子供じみた逃避と妄想。

 けれど、間違いなく純粋で強い願い。


「では、女神の使徒モカ・フィルタよ。こちらの水晶に手を翳しなさい」

「はい」


 祭壇の前にたどり着くと、儀式を行ってくれる神父さんが、優しげな声で、やるべきことを教えてくれます。


 私はそれにうなずくと、見る角度や光の加減で幾重にも色を変える不思議な水晶球へと手を翳しました。


「これまでの出来事を思い返し、これからの出来事に思いを馳せて――最後に今の己が望む姿と、未来の己に託す夢を、強く願いなさい」


 その姿と願いが必ずしも反映されるわけではないものの、この儀式によって目覚める魔法の在り方に偏りをもたせることはできるらしいのです。


 そして私の姿と願いは、まさに現在の私のようなもの。


 木箱の中で過ごし、誰とも付き合うことなく、だけど両親などと近しい人たちとの関係は壊れることなく――そんな在り方を願ったのです。

 子供ながらに打算的な部分が強かったのか、両親との関係を壊さない為にも相応の能力を持つ必要があるから、便利な魔法が良いな……などという俗っぽいことを考えながら……。


 やがて水晶球の光が幾重にも明滅したあと、何かが私の中へと流れ込んでくるような感覚がありました。


 脳裏に浮かんだ言葉は『箱』。


 ……箱?

 箱……? 箱……とは……?


 多くの人が授かるという、『地』『水』『火』『風』でもなく。

 それらの次に使い手が多いという、『光』や『闇』、『癒し』や『強化』ですらなく。

 珍しくも、複数人の使い手が確認されていると言われる『雷』や『氷』、『樹』や『岩』などでもなく。

 実在が疑われている伝説の属性『勇気』や『愛』。『秩序』や『混沌』といった類ですらなく――


 ……『箱』。


 女神より授かる属性の多くが、自然や生命に準ずるもの。

 伝説と化している属性の多くは、人の在り方や精神性を示すもの。


 ならば、私が授かった属性の『箱』とは何か。

 ……いや、本当になんなのでしょう、『箱』って。

 自然や生命の属性でもなければ、人の在り方を示すものでもないですよね??


 今でこそ、それを受け入れ使いこなす研究をするのが楽しくて仕方がないものの、当時の儀式の最中は、本当に意味不明でした。


 そうやって得た『箱』について戸惑いながらも顔を上げると、神父さんは優しく笑ってうなずきました。


「何か、言葉が見えたのではないかね?」

「はい」

「その言葉こそが女神の使徒モカ・フィルタが授かりしチカラを端的に表したもの。出来るだけ人に知られぬよう心に止めておきなさい」

「わかりました」

「では、女神に感謝の祈りを」

「はい。女神に感謝の祈りを」


 神父さんの言葉にあわせて、祈ります。


 まずは胸のあたりで、指を真っ直ぐ伸ばした両手を合わせます。

 次に手を合わせたまま腕ごと真上へと伸ばし、顔もそれに併せてゆっくりと上を向けます。

 そこから今度は手を合わせたまま、ゆっくりと顔と共に下ろし、胸の前で合わせた手をそのままに、軽く目を伏せます。

 そんな一連の流れが天愛教の祈りのポーズであり、軽く目を伏せた状態で少しの黙祷をすれば、儀式は完了です。


「お疲れさま。どうぞ、お戻しください」


 神父さんの言葉と共に目を開けて、合わせた手を離しました。


「ありがとうございました」


 最後にお礼を告げてから、私は祭壇から離れるのでした。



次話の更新は明日の13時頃の予定です。

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[一言] 箱って属性だったんだなぁ
[良い点] 箱入り(物理?)になる前はこんなにも普通の少女だったのですね… [一言] 連載化による今後の展開が楽しみです(*´ω`*)
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