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第70箱


『心配すんな、爺さん。この人はアンタが心配するようなコトはしないって』


 ささっと近づき、ためらいなく声を掛けて挨拶まで終えたニックさんに、ピオーウェンがそう告げます。


 それに対してニックさんも分かっているとうなずいて、答えました。


『遠巻きに見ていてそれは分かっております。そうでなければ、こうやって声は掛けませんので』

『ん? どういうコトですか?』


 首を傾げるブラーガに、ニックさんは朗らかに笑いながら言います。


『声を掛けたら面倒事に巻き込まれそうな相手なんて、声を掛けたくはありませんからな』

『違いない』


 その返しにピオーウェンは笑い声をあげました。

 コンティーナ嬢とフラスコ王子も笑っていますが、ブラーガだけはちょっとよく分かってなさそうです。


 まぁ分かってなくとも、ほか三人が笑っているので、何も言わないことにしたようですが……。


『ニック。急に話しかけに行くなんて、心臓に悪いわ』

『なに、問題なさそうな相手ですし、フォンのお兄さんなのじゃろ?』


 追いついたカチーナに、ニックさんは悪びれもなくそう答え、視線をサイフォン王子に向けます。

 そして、僅かに遅れて到着したサイフォン王子へと皆が視線を向けました。


 それを見、恐らくは正体に気づけなかったフラスコ王子が目を眇めました。

 ですが、フラスコ王子が何か言い出す前にコンティーナ嬢が一歩前に出てお辞儀をします。


『初めまして、フォンさん。ラスクさんの弟さんですよね?

 ラスクさんとお付き合いさせて頂いているティノと言います』

『そうなんですね、初めまして。

 兄さんと違い、外に出て遊び歩いている弟のフォンです』

『オレは護衛のピオ……って、オレは弟君とは初対面じゃないわな』

『家で何度も顔を合わせてるからな。

 そうそう。こっちは、さっきまで一緒に仕事をしていた冒険者のカーシーだ』

『どうも』


 即座にお互いの偽名と、それに合わせた関係性を作り上げていくのはすごいですね。

 基本的には、事実がベースになっているようではありますが……。


 フラスコ王子とブラーガは置いてけぼりになっているようですけど、大丈夫でしょうか?


 カチーナもサイフォン王子もそれに気づいているとは思います。

 だから、というワケでもないでしょうけど、サイフォン王子はフラスコ王子に話しかけました。


『ラスク兄さんが露天通りに出てくるなんて珍しいね』

『……お前と違って遊び歩けるほど暇ではないからな』


 フラスコ王子はちゃんと対応できるのでしょうか……と、不安にはなりましたけど、ちゃんと反応してくれましたね。


 一瞬ためらった感じはありますけど、フォンと名乗った目の前の人物が、サイフォン王子だと気づいたようです。


『だが、出て来て良かったと思っている。

 本を読み、人伝(ひとづて)に話を聞いておけばそれでいいと思っていたが――この空気、肌で感じなければ知るコトのなかった活気だ』


 ただうなずくだけでなく、フラスコ王子はそんなことを口にしました。


『本も人伝も、自分ではない誰かが間にいるからね。どうしたって、その誰かの感情や思考が混ざるものさ。

 本当の経験っていうのは、こうやって肌で感じなきゃ分からないものだと俺は思ってるよ』

『お前が道楽で出歩いているというのも分かる話だ』


 ……思っていた以上に、穏やかなやりとりです。

 パーティの時のようにバチバチしてしまうのかと危惧してしまいましたが、そんなことありませんね。


 この場の空気がそうさせているのでしょうか。それとも、外へと出てきたことでフラスコ王子も思うことがあったのでしょうか?


『ふむ? フォンから聞いていた人物像と印象が違うの』

『それ、どういう印象ですか?』


 噛みつくようなブラーガですが、それをコンティーナ嬢が制しました。


『たぶん乱暴者という話でしょう?

 その点に関しては、ちょっと否定し切れませんけどね』


 苦笑して見せるコンティーナ嬢。それに対して今度はコンティーナ嬢に噛みつかんと、ブラーガは睨みつけます。


 ……この少年、何でもかんでも噛みつこうとしすぎではないでしょうか……。


『だけど、こいつなりに基準はあるんですよ。

 女には直接的な暴力で当たらない。子供相手にはそもそも我慢するっつーね』

『……男に対してもそこまで見境なく当たったりは……』


 ピオーウェンの言葉にフラスコ王子は反論しようとして、声が小さく窄んでいきました。


 心当たりがあったのでしょうね。

 実際、機嫌を悪くしたフラスコ王子が、風の魔法で突風を起こし、会話していた相手を吹き飛ばすシーンを、私は何度も目撃していますし。


 ただ、実際に言葉にはしていないので、完全にその事実を認めたことにはならない――


『大丈夫ですよ。ラスク殿が魔法を使った相手なんて、みんなあなたを軽んじてバカにしたどうしようもない連中ばっかりなんですからッ!』


 ――はずだったんですが、これはダメです。

 ブラーガ……完全に肯定してしまいました。


 だからでしょう。

 コンティーナ嬢が、笑顔なのに全く笑っているように見えない顔で、ブラーガの顔を見ました。


『相手が貴族でなくて良かったですね、ブラーガ。

 貴族を相手にしていた場合、あなたの発言はラスクへ多大な迷惑を掛ける発言ですよ』


 彼女の言う通り、貴族同士のやりとりの中で発生してたら、問題発言です。

 こういう発言から揚げ足を取り、相手を貶めるのが貴族同士の戦いですからね。


 本当に、面倒で、嫌になる話ではありますが。


 ……考えてみたら、平民同士のやりとりであってもふつうに問題発言な気がしないでもないですが。


『ティノの言う通りだ、ブラーガ。

 こいつが街のコトを覚えるのと同じように、お前はもう少し貴族について学ぶべきだぞ』

『ラスク殿……』


 コンティーナ嬢とピオーウェンからの言葉に、捨てられた子犬のような眼差しでフラスコ王子を見上げるブラーガ。

 ですが、フラスコ王子は首をゆっくりと横に振りました。


『二人がそういうのであればそうなんだろう。共に双方について学んでいくしかない』

『……はい』


 納得いかなそうな顔のブラーガ。

 ふと思い、私はカチーナに視線を向けると……。


 あ、怒ってますね。

 コンティーナ嬢やピオーウェンが叱った理由を理解せず、フラスコ王子に窘められてしまったことに気落ちしているだけで、反省してなさそうなところに。


『兄さん……出来れば、怒って当たるのは、実家の中以外では控えて欲しい』

『そう、だな……。どうやらその方がよさそうだ』


 サイフォン王子が苦笑混じりに告げる言葉に、困ったような、苦しそうな顔でフラスコ王子がうなずきます。


 これは……フラスコ王子、これまでの行いを反省されているのでしょうか?


 しかし、会話はここで途切れます。そして何とも言えない空気となり僅かな沈黙が降りて、周囲の雑踏だけが聞こえてくるようになってしまいました。


 その空気を断ち切る為でしょう。コンティーナ嬢が明るい調子で、ニックさんに声を掛けました。


『ニックさん……でしたっけ?

 どこか私を気にされている様子でしたけど、顔に何かついてます?』


 すると、ニックさんはどこか驚いた様子で目を瞬いてから、首を横に振りました。


『そんなつもりはなかったのじゃが……ふむ。

 孫が大きくなっていれば、お嬢さんと同じくらいだと思ってな。髪の色が似ているから余計じゃな。

 それを思って、無意識に見てしまっていたのかもしれん。不快にさせてしまっていたら申し訳ないのじゃが……』

『いえいえ。そういう事情でしたら……お孫さんとは会えてないんですか?』

『うむ。実は一度もな。

 何度か遠巻きには見てきたのだが、ちょいと事情があって、両親の元に顔を出せなくてなぁ……』


 それこそ、孫を思う祖父の顔で、ニックさんがそう言うと、コンティーナ嬢は少しだけイタズラっぽくて、でもとても優しい顔で笑いました。


『じゃあ……ちょっとだけサービスです。

 いつも遠くから見守っていてくれてありがとう、お爺ちゃん』


 コンティーナ嬢の言葉に、ニックさんは大きく目を見開いてから、しまりのない顔でへにゃりと笑います。


『……ううむ。可愛い娘さんにこんなコトを言われてしまうと……祖父としてより、若いときの血が騒ぎそうじゃ……!』

『年齢を考えてください』


 興奮気味のニックさんに、カチーナがぴしゃりと言い放ちます。


 その様子に、ピオーウェンがいやらしい笑みを浮かべて訊ねました。


『ニック爺さん。アンタ、若いときどんだけ女ひっかけてたんだよ?』

『少なくともお主のナンパよりも成功率は高かったと思うぞ?』

『ご存じで?』

『よくここらでナンパしておるじゃろ、お主』


 予想外の反撃に頭を抱えるピオーウェン。


『ニック。もしや孫に会いにいけないのは……』


 二人のやりとりから何かに気づいたらしいサイフォン王子は、半眼になってニックさんを見ます。

 するとニックさんは視線を逸らして口笛を吹き始めました。


 ……これはもしかして、すでに相手のいた女性に手を出したということでしょうか?

 その女性もその女性で、ニックさんの子とは知らずにふつうに育てて、お孫さんを……。


 フラスコ王子とブラーガ以外は、そこまで気づいたようで、全員が呆れたように嘆息します。


『道楽屋ニックとは言ったものです……。

 フォン、貴方も気をつけてくださいね』


 カーシーがどこか蔑むような眼差しでニックを見てから、続けてサイフォン王子に矛を向けます。


 た、確かに……ッ!

 サイフォン王子も同じ様な二つ名を貰ってますものね……。


『カ、カーシー……! す、凄むのやめてくれッ! 母さんや母さんの友人に睨まれた時を思い出す……ッ!』


 もっと凄んでいいですよ、カチーナ!

 さすがにちょっと、そういうのは勘弁して欲しいですので!


 二人のやりとりを見ながら、フラスコ王子たちが何やらわちゃわちゃとやっています。


『あの女、やるな。母上たちに凄まれると怖いからな……』

『大丈夫です、僕がついてますよラスク殿!』

『今はそこに感心したりフォローしたりする場面じゃねーと思うんだ』

『あの凄み方を身につける必要があるのかしら……?』

『ティノ頼む。お前だけはそっちに回るな。すでに天然モノが二人いるんだぞ』


 それにしても、元道楽屋の会えない孫……ですか。


 何かが引っかかります。

 ニックさんそのものが関係なくとも、このシチュエーションのようなものは頭の片隅に留めておいた方が良いと、私のカンが告げています。


 すでに私が知っている何かと、結びつけられそうな……。


 そうして私が思考の海に沈み始めているうちに、カチーナ、サイフォン王子、ニックさんの三人もフラスコ王子の一団に加わって、一緒に露天通りを散策することになったようです。


 カチーナの付けているイヤリングなどからその光景を見られるとはいえ……。

 あの一団の中に自分がいないこと。それがちょっと寂しいですね……。


 箱のままお忍びに混じれる方法があれば、一緒に見て回れるのでしょうか……。


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― 新着の感想 ―
[一言] > あの一団の中に自分がいないこと。それがちょっと寂しいですね……。  箱のままお忍びに混じれる方法があれば、一緒に見て回れるのでしょうか……。 箱から出れるようにがんばるモチベに向かわ…
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