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第69箱


 声をかけてきたお爺さんは随分年嵩の方でした。

 髪はほとんど白髪になっていまして、元の色がよく分かりません。何となく金髪だったのかなぁ――という感じですが。

 

 老いようとも身体は鈍らせないという意志があるのでしょうか。細くも筋肉の感じられる身体つきをされています。

 維持する為の鍛錬などは、欠かしていないのかもしれません。


 ニコラス様と同じくらいのお年でしょうか?

 ただ、彼と違ってお髭は綺麗に剃られているようなので、少し若く見える気もします。


『ああ――まぁ、怪しく見られたのなら失敗だったかな。ちょっと遠目から様子を見たい相手がいたんだ』


 突然お爺さんから声を掛けられたサイフォン王子は、それでも慌てた様子なく答えます。


『彼女は、それに協力して貰ってただけなのさ』

『ふむ……様子見というのは、あそこのお金持ちさんたちのコトかね?』

『そんなとこ』


 苦笑して答えるサイフォン王子の様子は、訳ありだから深入りしないで欲しいという言外の言葉が聞こえてきそうな感じです。


 演技というには自然といいますか――フォンという人物になりきっているといいますか……。

 今回だけというワケではなく、結構な頻度でお忍びをしているのかもしれませんね。


『お前さん、道楽屋のフォンだな?』

『確かに俺の名前はフォンだけど……何、その二つ名?』

『なんじゃ、本人は知らん呼び名か?

 お前さんの同業者たちが酔っぱらうと良くそう呼んでおるぞ?

 一緒に仕事すると最後に必ず酒を奢ってくれる幸運の道楽何でも屋ってな』


 お爺さんの説明にサイフォン王子は軽く天を仰いでから、手をひらひらとさせます。


『酒を奢る妖精扱いかよ。これでも仕事はキッチリやってるんだけどな』

『かっかっか。好意は持たれておるようじゃから、腐るな腐るな』


 二人のやりとりを横目で見ていたカチーナは何か含む様な視線をサイフォン王子に向けました。


『道楽屋……』

『何だよ、カーシー』

『道楽屋、フォン以外にも聞いた覚えがあるものだから』

『いたのか』


 興味とも呆れともとれる微妙な顔をするサイフォン王子に、カチーナはうなずきます。


『確か名前は……ニック、だったかしら?』

『呼んだかの?』


 そして、カチーナがその名前を口にすると、イタズラに成功したような顔で、お爺さんがそう応えました。


 ええっと……それって、つまり……。


『本人?』

『応とも。

 もっとも、今はこの辺りの露天商たちの警備元締めみたいな扱いじゃな。やりたくもないし、毎日ここにいるわけでもないのに、押しつけられたというか何というか』


 やれやれ――と首をゆっくり横にふるお爺さん……ニックさんですが、どこか楽しそうにも見えます。


『声を掛けてきたのも、警備の一環ってワケか』

『そんなところじゃ。邪魔をする気はなかったんだがな』

『そういう理由なら文句は言えないな。

 最初に言ったが、怪しまれたのならこっちの落ち度だ』


 両手を軽く挙げてそう告げるサイフォン王子に、カチーナも横で小さくうなずきました。


『それでじゃな、ちょいと仕事をさせてもらっていいかの?』

『今は依頼を受けたりする気は……』

『違う違う。そっちじゃない。わしの仕事じゃよ』

『ニックさんの仕事……警備?』


 カチーナの言葉にニックさんがうなずくと、少し真面目な顔をして二人に訊ねます。


『あっちのお金持ち一団の正体を聞く気はない。

 だが確認せねばならんコトはある。やる気がなくとも、一応警備の肩書きは持ってるのでな』


 なるほど。そういうことですか。


 ニックさんの立場からすれば、お金持ちや貴族のお忍びに関わりたくないものの、だからといって問題が発生した時は、仕事をしなければなりませんもんね。


 正体が分からずとも、そういう方面の警戒はせざる得ないのでしょう。


 ニックさんの言わんとしていることが分からない二人ではありません。

 サイフォン王子とカチーナは軽く顔を見合わせて、うなずき合いました。


『その心配は杞憂というか……そうなった時、フォローできるように覗いてたんだよ、俺は』

『どういうコトじゃ?』


 ニックさんに聞き返されると、サイフォン王子は困ったように頭を掻いてから、言葉を選ぶかのような雰囲気で答えます。


『兄なんだ、あれ。

 普段は家業の手伝いばかりで、道楽で歩き回っている俺と違ってあまり世間を知らないものだから』


 その言葉に、ニックさんは軽くキョトンとしてから、納得したように笑いだしました。

 

『かっかっか。そうじゃったか、そうじゃったか』


 ただその笑っている最中の眼光は少々鋭いものでした。

 どこまでがサイフォン王子の真意なのか、探るような……。


 駆け引き馴れとでも言うのでしょうか。

 思うことはあれど、これ以上踏み込めそうにないから、言動や行動から推察しようと、目を眇めているようにも見えます。


 この感じ……まるでニックさんも貴族のようです。

 いえ、もしかしたら――ニックさんも、お忍び貴族なのかもしれませんね。確証は何もありませんが。


 そう考えると、市井に混じるのも大変そうですね。

 サイフォン王子やカチーナほど綺麗に馴染める人は少数でしょうけど、どこに正体を看破してくるような人がいるかわかりません。


 私がお忍びで市井にでるなら、街の中に置かれている適当な箱にでも擬態するのが一番な気がしてきます。


『何かあったら対応してくれるというのであればありがたいがな』


 うんうんとうなずきながらニックさんはそう告げ、そしてイタズラ好きな子供のような顔をしました。


『ところで、覗き見をご一緒してもいいかの?』


 そこで再び、カチーナとサイフォン王子が顔を見合わせます。


 ニックさんの顔は警備がどうこうというよりも、好奇心に満ちたもの。つまり完全に興味本位。

 胡散臭さとタチの悪さを感じる一方で、一緒に見ることそのものは決して悪くはないのですよ。


 確かに悩みどころではあるのですけど……。

 露天通りの人たちに顔が利くのであれば、何かあった際に頼ることはできますから。


 うん。よし。

 私は二人が答える前に、カチーナに呼びかけました。


「カチーナが、問題ない……なら、一緒に……どうかな。

 最悪、何かあった時……頼るコトが、出来そうな……人だから」


 私の言葉を僅かに吟味する様子を見せたカチーナは、私にだけ分かるようにうなずいて、ニックさんに応じます。


『こちらの邪魔はしないコト。それと、露天絡みのトラブルの際には頼らせて貰うわ』

『おお。話の分かるお嬢さんじゃな。任せるがいい』

『いいのか、カーシー』

『この場にいない相棒なら、こう言うんじゃないかと思っただけよ』

『なるほど』


 遠回しに私の判断だと、カチーナは口にしました。

 サイフォン王子の笑い方からして、それは通じたのでしょう。


 こうして、女冒険者、お金持ちの道楽何でも屋、警備の元締めのお爺さんという三人組が結成されました。


 ちなみに、完全な余談ですけど、冒険者と何でも屋って実は大差がありません。

 元々冒険者と呼ばれる人たちは、開拓地や未開地を調べる為に世界中を旅して回っていたそうです。その旅の途中に立ち寄った街で、住民の困り事を解決してお金を貰っているうちに、その仕事スタイルが広まっていきました。


 現在は未開拓地は減り、冒険者を名乗る人たちの収入源は主に何でも屋家業となっています。

 その為――基本根無し草で、旅する何でも屋を冒険者。

 一つの街に留まり、街の悩みを解決し続けるのが何でも屋といった感じに、現在では呼び分けされるようになったのです。


 世間には冒険者イコール何でも屋という図式が出来てしまっているので、かつて冒険者ギルドと名乗っていた組織は、現在では何でも屋ギルドに名前を変えて運営されています。

 やっていることは今も昔も、街の悩み事を仕事という形で、冒険者たちへ斡旋することなのですけどね。


 そして、カチーナはこの辺りの事情を考慮して、何でも屋ではなく冒険者を名乗っているのでしょう。冒険者であれば翌日に街から姿を消してしまっても、不思議には思われませんから。


 さて、余談はここまでにして――


『そろそろ魔法を使うわ』

『頼む』

『魔法?』


 首を傾げるニックさんを無視する形で、カチーナは魔法を発動――と言っても視覚的に何か分かるようなものはないのですが。


 そうして、フラスコ王子たち一行の会話が聞こえてきます。


『ダメですよ、ラスク殿。商品に触るなら、店主に一声かけませんと』

『そうだったな。呼びつけて買い物するのに馴れてしまっていて、ついな。店主もすまない』


 ラスク。それがフラスコ王子の偽名なのでしょう。

 注意をしているのはブラーガですね。


『分かってくれればいいさ。

 お金持ちの人たちも、もうちょっとアンタみたいに物わかりが良いと助かるんだが……っと、すまない。今のは忘れてくれ』

『どういうコトだ?』


 店主さんの愚痴にフラスコ王子が反応します。

 それに困った顔をする店主さんを見て、コンティーナ嬢が商品のリンゴを一つ手にとりました。そして、値札の倍の価格を店主さんに渡します。

 

 手の中のお金と、コンティーナ嬢の顔に視線をさまよわせていた店主さんはやがて、「ただの愚痴だぞ」と断ってから、喋り始めます。


 内容としては、横柄なお金持ちたちの話です。

 平民の富豪だけでなく、恐らくは貴族のお金持ちも含まれているのでしょう。

 お忍びのくせに忍ぶ気なく偉そうにして、商品を台無しにされた話などを聞き、フラスコ王子は顔をしかめていました。


『ニック。そういう相手はどうしてるんだ?』

『どうもしないのぅ。どうにもできないとも言うか。言わんでもわかるじゃろ?』


 店主さんの愚痴を聞いたサイフォン王子が横にいたニックさんに訊ねますが、彼は肩を竦めるだけです。


 そのあとも、フラスコ王子が何かに興味を持てば足を止め、ブラーガが率先して平民の常識を説明し、ピオーウェンとコンティーナがそれをフォローするという形で一団は歩いています。


 ただ、何と言いますか……。


『……兄さんが素直だ……』

『お前さん、兄貴のコトをどういう目で見とるんじゃ』

『我が侭で分からずやの乱暴者。まぁ一線を越えるようなコトはしないし、意外と困ってる人を見ると手を差し伸べたりしてる人だとは思うけど』

『家業の手伝いを優先して滅多に外へと出てこない、じゃったか?』

『うん、まぁ』

『人の話はしっかり聞いておるようだし、多少常識外れな行動をしても、それを咎められれば素直に謝罪を口にする。

 お主の言う、我が侭な乱暴者という感じはしないがの』


 そうなんですよね。

 お城でのイメージと随分違って見えます。

 未知の場所に出てきているので、大人しくされているだけかもしれませんけど。


『案外、家業を継ぐより冒険者にでもなった方が、大成するのかもしれんぞ?』

『兄さんが?』

『家業を継ぐ者の性格や能力が、家業に必要なモノと一致するとは限らんじゃろ?』

『あれが本来の姿の可能性がある、と?』

『さぁの。そればっかりは分からんが……』


 サイフォン王子に問われ、ニックさんは少し小首を傾げてから、それはもう面白そうなことを思いついたといわんばかりの笑みを浮かべました。

 それはもうサイフォン王子が良く見せる顔そっくりです。

 道楽屋の肩書きは、この顔ができることが条件なのかも――と、錯覚しそうになるほどに。


『よし。せっかくじゃから、挨拶に行くかの』

『は?』

『え?』


 突然のことにサイフォン王子とカチーナが戸惑っているうちに、ニックさんは年を感じさせない俊敏な足取りで、フラスコ王子たちの元へと向かっていきます。


『どうするの?』

『行くしかないだろ。お互い、ヘマしないようにしよう』


 こめかみを押さえながら、サイフォン王子は大きく息を吐くと、カチーナと共にニックさんを追いかけるのでした。



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