第68箱
すみません、投稿予約ミスってました
『箱ブーム……』
私は思わず口に出してしまいます。
想像もしなかった言葉です。
でも、この映像箱に映る光景と、そこから聞こえてくる声に偽りはないのです。
サイフォン王子が見せたかったというのはこれなのでしょう。
『お嬢様であれば分かると思いますが、この光景はお嬢様にとってもサイフォン殿下にとっても武器になりうるモノです』
確かに国民から人気があるというのは、政治的な武器になりえますけど……。
「でも、どうして……こんな……。
私は……特に、何も……してないと、思うけど……」
嬉しさよりも困惑の方が強いです。
みんなの前に顔――というか箱を出したのは建国祭の時にした婚約発表の一度きり。
たったあれだけで、ここまで人気になるとは思えないのですけれど……。
『火がついたキッカケは分かりません。誰か一人が最初なのか、あるいは同時期に色んな人が始めたのか……。
でも、火のついた人気が燃え広がった要因はいくつかございますよ』
「それは?」
『冷温球の発表のコトです。
あの時――お嬢様は、庶民向けの涼を取れる休憩所と、共用の氷室を作るのはどうかと、提案されたでしょう?
あれが実現するかしないかはさておいて、国民の方を見てそれを提案したという事実は、彼らの中で非常に大きかったのだと思います。
王侯貴族は平民なんて気にせず勝手に決めて勝手に実行すると、そう考えている人は少なくありませんので。
だから、みんなお嬢様には無事結婚して欲しいのですよ。少なくともお嬢様が結婚さえしてくれれば、それが実現するとそう考えているのです。
それならいっそ盛り上げたいと、みなさん考えているのでしょう』
顔を出さない不審な人物。
私自身、皆さんからそう思われる覚悟はありました。
実際、貴族の中ではそう思っている人も少なくないでしょう。
でもこの露天通りの光景を見ると――
「貴族だけを……見ていても、分からないコトが、ある……。
頭で、分かっていても……現実で、見てみると……また、違うね」
その期待には応えるべきなんだと思います。
さすがにこれを見ると、気弱なことも言ってられない気にもなります。
出来れば、婚約発表の時に提案したことを、可能なら実現したいという思いは湧いてきます。
『お嬢様』
様々な思いが胸に湧いてきているところに、カチーナの鋭い声が聞こえてきました。
すぐに、意識を切り替えて映像箱へと視線を戻します。
「どうしたの?」
『フラスコ殿下です』
「サイフォン王子でなく?」
『はい。間違いなくフラスコ殿下です』
サイフォン王子が、今日はお忍びで出てきているらしいというのは、本人が昨晩言っていたので知ってましたけど……。
まさか、フラスコ王子までお忍びで来られてるなんて……。
カチーナがそちらへと視線を向けると、目立つ感じの人たちがいました。
一応、服装は平民の富豪層のモノにしてはいるんですが、それでも十分目立っているといいますか……。
元々平民だという従者ブラーガや、馴れていそうな騎士ピオーウェン。そして、意外にもちゃんと平民の富豪らしい格好ができているコンティーナ嬢と比べると、かなり浮いています。
だからこそ貴族のお忍びを、平民の富豪層が案内中という様子に見えているので、ある意味ではフラスコ王子のお忍びとして成功しているかもしれませんが。
……でも、王子の顔を知っている人が見ればバレバレなので、変装できているかというと微妙です……。
『お嬢様、ピオーウェン様とコンティーナ様にはバレたかもしれません』
「向こうが……こちらを、暴く……気がないなら、気にせずに。
こちらも、向こうを……暴く気はない、と。思わせて」
『はい』
それにしても、騎士であるピオーウェンはともかく、コンティーナ嬢もカチーナの変装に気づくというのは……。
そもそも、コンティーナ嬢ってカチーナの顔を知っていたんでしょうか……?
「カチーナは、コンティーナ嬢と会ったコト、ある?」
『心当たりはありません。
ただコンティーナ様はお嬢様と同じくあの成人会に参加されていましたので、その時に顔を覚えられた可能性はあります』
記憶力が良いといえばそれまでなのかもしれませんが、そうは言っても今のカチーナは変装しているわけで。
それを見抜けるコンティーナ嬢は何者なんでしょうか……?
『おばさん、この箱クッキーを一袋』
『はいよ。毎度あり』
フラスコ王子一行をずっと見ているのもマズいと思ったのでしょう。
カチーナは手近な露天でクッキーを購入します。
『おばちゃん、俺にも一つくれ』
そんなカチーナの横から、男性が一人。
金の髪に、翡翠の瞳。
仕立ての良い服に、少し値の張りそうな剣。
貴族っぽくはないので、稼ぎの良い商家の子息が道楽で冒険者や何でも屋のようなことをやっているような雰囲気です。
それでも、露天街の雰囲気から浮いていないのは、身につけているモノがそれなりに使い込まれているから――でしょうか。
この辺りの空気感に良く馴染んでいるようです。
道楽なりに仕事をキッチリとやっている、そんな感じの人なのでしょうか。
私は何となく男性がクッキーを買う様子を見ていると、彼はこちら――というか、カチーナを見ました。
……って。
「サイフォン殿下?」
こちらからの声はサイフォン王子には届かないのですが、思わず誰何してしまいました。
『誰かと思えば、久しぶりだな』
そして、フランクな調子でカチーナに声を掛けます。
カチーナが何とも言えない顔をしてサイフォン王子を見れば、彼は少し慌てた調子で答えました。
『覚えてないか? フォンだよ。一度、おごったコトがあるだろ? あの時、君の名前を聞きそびれてたからね。是非、教えてもらいたいと思っていたんだ』
…………。
遊び人の放蕩者という設定なんでしょうか?
キラキラと輝くような笑みです。
耐性の無い女性ならイチコロのような顔をされているんですが……。
何故でしょう。ちょっとムッとしてしまいました。
カチーナにする分にはいいのですけど、ああいう顔をほかの女性にも見せていると思うと……なんか、こう……。
自分でもよく分からない感覚に襲われている間に、カチーナはサイフォン王子を一瞥します。
『カーシーよ。別に覚えておいてもらう必要はないけど』
そしてサイフォン王子に対して、カチーナは冷めた様子で答えを返しました。
何なのでしょう、このやりとり――と一瞬思いましたが、冷静になってみると、互いの偽名を確認しあったのでしょう。
確かにそのまま本名で呼び合っては、変装している意味がないですしね。
『相変わらず君の相棒は遠くを見るのが好きなのかい?』
『ええ。今だって見ているわ』
これは私のことですね。
この場を視ているかどうかの確認でしょう。
二人は露天の女性からクッキーを受け取ると、どちらともなしに歩き出します。
『カーシー、ちょっとそこの路地にいいかい?』
問われたカチーナは、特に何も言わずに肩だけ竦めて、路地に向かうサイフォン王子の後ろについていきました。
特に打ち合わせもなかったのに、その場でそれっぽい言動と動作をしながら互いに必要な行動をしてみせる……二人ともすごいですね。
『ここなら、兄上たちに怪しまれずに様子を伺える。
ただ、声が聞こえないのがな……』
路地の角で雑談に興じるようなサイフォン王子。
それに応えるように、カチーナも腕を組みます。
……フラスコ王子たちの声、か……。
うん。よし。
「カチーナ。手札を、一つだけ……公開して、いいよ。
サイフォン王子、には……少し、明かしておいた方が……いいと、思うし」
『かしこまりました』
こちらの言葉にカチーナが応えると、サイフォン王子へと視線を向けます。
『フォン。お兄さんの声が聞きたいなら協力するわ。
風属性の人の中で時々使い手のいる盗聴魔法の真似事は出来るから』
『その言い方、カーシーは風属性ではないってコト?』
好奇心の宿った目を向けるサイフォン王子に対して、カチーナは温度の低い眼差しを向けて告げました。
『余計な詮索はしないでくれると助かるのだけれど』
『りょーかい。声が聞けるだけで助かるよ』
その視線に、サイフォン王子は軽く両手を挙げながらうなずきます。
お忍びで変装しているからこそのやりとりだっていうのは分かってはいるんですけど、正直――普段の身分を知っていると心臓に悪く感じますね……。
そうして、路地からフラスコ王子一行の様子の覗き見がはじまりました。
いえ――始まるはずでした。
『お主ら、何をしとるんじゃ?』
そこへ、この辺りに住む方でしょうか……。
かくしゃくとした様子のお爺さんが声を掛けてきました。
……見る人が見れば、怪しい二人組に見えるかもしれませんね……。
次回は、木曜日(6日)更新となります。
以降は毎週 木~土の週3で更新でいきたいと思います。よしなに٩( 'ω' )و
書籍版の第二巻が発売されました٩( 'ω' )وよろしくお願いします!
『箱入令嬢シリーズ2 引きこもり箱入令嬢の結婚』
書影などの情報は活動報告にありますので、是非ご覧下さい。
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