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第66箱


 コンティーナ嬢の怖いところを見た日の夜。

 いつものように、王子と送り箱でやりとりしています。


《杜撰で実行する理由が乏しい計画だが、それでも襲撃をしてくるというのであれば捨て置けないな》


 やれやれと言う声が聞こえてきそうな手紙が、サイフォン王子から届きました。

 私としても同感です。


《明日にでも父上には報告しておくよ》

《お願いします。こちらもお父様には報告してあります》

《父上と宰相が動いてくれれば、問題なさそうだがな》


 そうですね。

 何より、この件で私とサイフォン王子にできる対策というのは、ほとんどなさそうですし。


《しかし、侯爵の思惑を無視して動く者たちがいるのか》

《コンティーナ嬢の発言を信じるのであれば、彼女がそれを制しているようですが》

《それで完全に止まるものでもないだろう》


 確かに、それで止まっているなら、コンティーナ嬢があんな積極的に動いたりしないでしょう。


《事実はどうあれ、ダンディオッサ侯爵の手綱から離れて好き勝手するような者がいるのは、こちらとしては助かるが》


 彼らが好き勝手すればするほど、こちらからすればダンディオッサ侯爵の隙になりうる話。助かるというのもわかります。


 過激派たちの手綱役――そう呼ばれるダンディオッサ侯爵の立ち回りが上手いからこそ、陛下やお父様にしても、サイフォン王子にしても、フラスコ王子過激派たちになかなか手を出せずにいたワケですが……。


《侯爵からしてみれば頭が痛いでしょうね》

《状況からして、先んじて行動を起こさなければ、事件後に黒幕として疑われるのは確実だ。どう出てくるか楽しみではある》

《陛下へ至急の謁見希望をされるのでは?》

《可能性はあるな》


 これまでの動きと比べると杜撰であるだとか、黒幕が別にいる証拠があるだとかは――平民向けの謎解き物語などにおいては、真相へ近づくための重要な情報になりうるのですが、こと貴族のやりとりとなると、その限りではありません。


 極論、情報が正しくなくとも相手の足を引っ張れる(キズ)であるなら、それで良いというところがあるからです。 


 婚約者の私が『箱』であることや、社交界に出ないことが、サイフォン王子の疵になっているのも同じようなことでしょう。

 私個人としては、私自身が瑕と呼ばれることを払拭したいと思っていますが、話が逸れそうなのでさておくとして――


 つまり、こちらからダンディオッサ侯爵を攻める材料になりうる状況が生まれることそのものが、侯爵にとって痛手なのです。


 もちろん、証拠があることに越したことはありませんけどね。


《現状、ダンディオッサ侯爵をどうにかしても、ニコラス爺の壁をどうにかできるワケではないけどね》

《ニコラス様に認めて貰う為に一つ一つ実績を積み重ねていくと思えば良いのではないですか?》

《確かにそうかもしれないが》


 どこか釈然としてなさそうなサイフォン王子。

 ですが、この手紙を送った直後に閃くものがあったのでしょう。軽やかな筆跡で綴られた手紙が即座に届きました。


《そうだ。ニコラス翁に認めさせるだけのチカラを示すという点において、ダンディオッサ侯爵と過激派たちに情報戦で勝つというのは手段としてアリだとは思わないかい?》

《どういう意味でしょうか?》


 いまいちピンと来なかったので訊ねると、サイフォン王子はとても楽しそうな筆跡で返信してきます。


《もっと情報を集め、彼らの行動の先回りをした上で完膚なきまで叩ければ、多少はニコラス翁に認めて貰えると思わないか?》

《その情報収集を私が行ったと喧伝するのですか?》

《大きく言いふらすつもりはないが、過激派たちを牽制できる程度には広めたいところだね。

 もちろん、手段を明かすつもりはない。ただただモカは情報収集がとても得意なんだと、アピールするだけさ》


 あまり目立ちたくはありませんが――というのも、もはや無理な話ですものね。

 王子の婚約者という時点で、それはもうどうにもなりません。


 それなら、王子の役に立つ形で目立った方が良いでしょう。

 などと考えていると、王子から続きのような返信が届きます。


《実際のところ、惚気に近くなると思うけどね

 私の婚約者はすごいんだぞ、と。バカにしないでくれってアピールさ》


 ん~~……っ!?

 の、惚気ですか……!?


 ずるいです。こんな不意打ちみたいな……。

 すごい……嬉しいです。


《ニコラス翁に言われっぱなしもシャクだからな。

 君のコトも、継承権のコトも、両取りして認めさせてやらないとね。

 だから、一緒に戦ってくれ》

《はい!》


 楽しそうでやる気の満ちた文章に、私はただ一言、肯定の言葉を返しました。

 色々言葉を考えたんですけど、これ以上の言葉が思いつかなくて。

 だからこれまで以上に、がんばることで、思いに応えたいと思います。


 あ、そうです。ニコラス様と言えば……。


 私は手紙を認めます。

 コンティーナ嬢とグラス伯爵のやりとりを見たあとで、ニコラス様に関しても情報集めようとしたけど、今日は何の情報も手に入らなかったんですよね。


 なので、そのことも報告します。


《勢いよく返事したところで申し訳ないのですが……。

 今日はニコラス様についても調べたかったのですが、特にこれといった情報はありません。申し訳ないです》

《いいさ。コンティーナ嬢やダンディオッサ侯爵以上に一筋縄ではいかない方だろう。

 ニコラス翁に認めて貰う。これは母上たちに認めて貰うコト以上に難しいだろうからね》


 引退されていても貴族界への影響は強い方ですからね。

 実際、そのせいで、私たちの結婚に関して追い風だったものが、急に向かい風になってしまったのも彼の影響です。


 それでも、先のコトを考えるのであれば認めて貰わなければならないのです。

 ニコラス様が認めないなら自分も認めない――そんな貴族が少なくはないです。


《だからこそ、二人で彼をあっと言わせる為に動くんだろう?》


 そうです。

 高い壁であろうと、弱気になるわけにはいきませんね。


《はい。がんばってサイフォン殿下のチカラになりますね。箱から出る勇気がないのは……今はとても申し訳なくありますが……》

《気にする必要はない》


 箱から出る。正直なところ、それが乗り越えられれば一番な気もするのです。

 そう思って書いた言葉に、サイフォン王子から返事がきます。

 少しだけ筆圧が強くなっているようで、私に対してのお叱りと、それ以上の気合いのようなモノを感じる文字です。


《君を『箱のまま』認めて貰う為に、君は君のままチカラを振るって貰いたいんだ》

《『箱のまま』で良いのですか?》

《もちろん。『箱のまま』でいてこそ君だと、思っているからな》


 ……っ!


 箱のままでいること。

 それをここまで認めて頂けているなんて……!


 サイフォン王子を疑っているなんてことはありません。

 ですが、家族からも箱のままで居続けることは、完全に認めて貰っているわけではありませんから。


『箱のままでも良いですか?』


 それは普段は自分が口にしている言葉です。

 だけどそれを、こちらから要望を出す前に、それで良いと言って貰えるのは初めてかもしれません。


《ありがと うござい ます》

《少し筆跡が乱れてるようだけど、大丈夫?》


 そんなところまで見てくれているのですか……!


《ご心配おかけして申し訳ありません。

 『箱のままで良い』と言って貰えたのが嬉しくて》


 素直に伝えると、心なしか軽やかな字で返信がきました。


《君を喜ばせるコトができたのなら、とても嬉しい》


「~~~~~~~っ」


 顔が緩むのを止められそうにありません。


 サイフォン王子はどんな顔をされているのでしょう?

 サイフォン王子はどんな気持ちでこれを書かれたのでしょう?


 それを想像することしか出来ませんが――

 だけどそれでも、この文字から受ける印象が……私の気のせいでなければ、本心から書いてくれているんだと思います。


 そう考えたら、嬉しくてだけど少し恥ずかしさもあって。

 私は声にならない声を上げながら、机に向かって突っ伏してしまいます。


《しかし、人間というのは贅沢なものだ。

 こうやって距離のある相手と即座にやりとりできるようになったら、今度は遠距離でももっと直接顔を見てやりとりがしたいと思ってしまう》


 私がじたばたしていると、またも王子からの手紙が届きます。


 私も、私も、そう思います……!

 箱のままでも良いから、サイフォン王子と直接お会いしたいです……。


 届く手紙の内容を吟味するだけで顔が赤くなってしまいますが、何とか一筆認めます。


《顔を見られながら話すとなると何も喋れなくなってしまいそうです》

《こちらとしては、君が顔を真っ赤にしてジタバタしたりしている様子が見られるだけで、大変嬉しいコトなんだが》

《今、この瞬間を見られてたりします?》

《何となくそんな気がしていただけだが、実際そうだったんだな。その姿を見られないのが実に惜しい》


 どんな顔をしてサイフォン王子がこれを書いているのかを想像するだけで、嬉しいような恥ずかしいような気がしてきて、思わず両手で顔を覆ってしまいました。


 嬉しさと気恥ずかしさで、もう返事を書く気力が……!


 そのまましばらく悶えていると、サイフォン王子から新しく手紙が送られてきました。


《君をからかうのも楽しいのだが、一つ確認をしたいコトがあったんだ》


 ……からかわれていたんでしょうか?

 いや、でも、王子の場合どこからどこまでがおふざけで、本気なのかの区別が付きにくいのですよね。


《君は最近の平民街の様子は見たかな?

 話題に出してないところからすると、見てないようだけど》


 平民街?


《そういえば、婚約の話があってから全然覗いてませんでした》


 私がそう返すと、実に楽しそうな筆跡で返信がきます。


《俺が仕込んだワケではないが面白いコトになってるから、是非見て欲しい》

《面白いコト?》

《せっかくの面白いコトを明かす気はないな。明日、君自身の目――いや君の箱の目で見てくるといい》


 本気で面白いと思っている筆跡ですね、これ。

 王子にそれだけの気分にさせるほどの面白いこと――一体、何が起きているのでしょう?


 ともあれ、聞いたところで教えてくれないでしょうから、明日は平民街を覗くことにしましょうか。


《ちなみに、明日は俺もお忍びで平民街に行く予定だ。

 送り箱も持って行くので、何かあったら連絡をくれると嬉しい》

《わかりました》


 そうなると、こちらも見聞箱から眺めるよりも、カチーナに出向いてもらった方がいいかもしれませんね。


《さて、これからお忍びの準備をするので、今夜はここまでにさせてもらってもいいかな?》

《はい。おやすみなさいませ、サイフォン殿下》

《おやすみ。モカ》


 そのやりとりのあと、私は椅子の背もたれに体重を預けて、しばらく天井を眺めます。


 別に天井に何かあるわけではないですよ?


 箱のまま認めてもらうという言葉や、おやすみという言葉を反芻しているだけです。




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[一言] 一体平民街で何が!?(笑)
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