第65箱
すみません、ちょっと投稿遅れました
『グラス伯爵――貴方も一枚噛んでいらっしゃるでしょう?』
部屋に緊張が走ります。
コンティーナ嬢……結構、踏み込んでいきますね。
ですけど、必死さはなく、あくまでも貴族女性として優雅に穏やかな調子を崩しません。
それでいて、一つ一つの所作が、どこか目を引きます。
『それが……本題か』
努めて冷静にそう口にしたグラス伯爵もまた、彼女の所作をつい目で追ってしまっているかのようです。
その所作を目で追うと、知らず知らずに胸元や首筋などに視線を誘導されてしまう感じで――これは何と言いますか、彼女ならではのやり方……かもしれません。
心なしかグラス伯爵の顔が赤くなっているのは、そのせいでしょうか。
つい見てしまっている自分を誤魔化す為にか、その度にグラス伯爵はお茶を飲むものですから、結構ハイペースで無くなっていきます。
『父は自分がダンディオッサ侯爵の右腕だと公言しておりますが、本当の右腕って誰だと思います?』
あー……なるほど?
コンティーナ嬢は、父であるタブーノ伯爵よりも、ダンディオッサ侯爵の指示を優先しているんですか。
でも、これ――自分の手荷物の中に見聞箱をしまった状態で口にしているんですよね。
私が盗み聞きしていることを前提の発言の可能性があります。
グラス伯爵の発言はともかく、コンティーナ嬢の発言を素直に受け入れていいものか、悩みますね。
『何故、私を選んだ?』
『父、グラス伯爵、アイシーロート子爵。
三人の中で、一番ちゃんと会話してくれそうなのが、貴方だと判断しました』
『……納得、しかないな』
ほかの二人がどれだけ話が通じないのかに興味が湧いてくるやりとりです。
『実行しようとしている計画の内容によっては、ダンディオッサ侯爵の計画の邪魔になる可能性があります。それは避けたいのですよ』
そう言って、コンティーナ嬢は立ち上がります。
『そうは……言っても、だな……』
あら?
グラス伯爵の様子が少しおかしくなってきたような……。
いつの間にか、顔が真っ赤になってますよ?
『計画を教えてくれるだけでいいのですよ。
私は邪魔をしたりしませんので』
伯爵の背後に回り、後ろから軽く抱きつくコンティーナ嬢。
『そうか……そう、だな……』
あー……きっとこの部屋に入った時点で、グラス伯爵は彼女の術中にハマっていたんでしょうね。
わざわざ淹れたお茶にも、何か薬を混ぜ込んでいた可能性があります。
自分は事前に予防の為の薬などを服用していたのでしょう。
こうなると、途中で顔が赤くなってきていたのは、彼女の視線誘導だけのせいではなく、薬が回り始めたからなのでしょう。
『では、教えて頂けますか?』
『あ、ああ……』
決して大きい声ではありません。
部屋に置かれている見聞箱がギリギリ聞き取れたような声量です。
彼女の口から紡がれる、囁きに似た声による問いかけ。
「ひゃう……!?」
その囁き声を耳にした途端、私は思わず声を出してしまいました。
しかも、全身に鳥肌が立ってしまっています。
だけどそれは、不快に感じない感覚で。まるで応じてはいけない手招きのよう声。気を抜くとその手招きに応じたくなってしまいそうになる声でした。
目を引く所作で冷静さを少しずつ崩し、薬が回り意識が混濁してきたところであんな声を掛けられたら、あらがえなさそうです。
『サイフォン殿下の……冷温球の材料……ドリップス公爵家と取引……公爵領から、運ばれてくるモノ……馬車を、盗賊に扮した私兵に、襲わせる……取引がダメに、なり……冷温球の制作が、遅れれば……サイフォン殿下の求心力も、下がり……より、フラスコ殿下の、チカラが、強まる、だろう……から……』
案の定、グラス伯爵は覚束ない口調で、色々と喋ってしまっています。
それにしても、グラス伯爵たちの計画そのものは杜撰といいますか、雑な感じですね。
目先の利益や、思いつきだけでやっているというか……失敗を考えていないというか……。
ですが、そんなことよりも――
「コンティーナ嬢、怖い……」
――映像箱に映る光景に、思わず独りごちてしまいます。
こういう情報収集の仕方に、かなり馴れた感じがしますよ?
しかも、今まで城内で問題視された様子がなかったことから、証拠などもほとんど残さずにやってのけてきたのではないでしょうか。
『はい。ありがとうございます。寝てていいですからね。
薬は抜いておきますので、目が覚めるとスッキリしているかと』
そのまま机に倒れるグラス伯爵のこめかみを指で触れます。
しばらくそうしてから、指を離すとその先端に水のようなものが渦巻いていました。
魔法。
恐らくは水の属性。
薬を抜く――という発言から、恐らくはグラス伯爵の体内にあった薬だけを抜き出したと思うのですが……詳細はわかりそうにありません。
彼女は指先の水の渦を弄ぶようにしながら、それをティーポットの中へと注ぎました。
それから、部屋に隠してあったらしい使用人の制服を今の服の上に着ると、あっという間にテーブルやティーセットを片づけてしまいます。
ティーセットを部屋にあったワゴンに乗せてしまえば、伯爵が机に突っ伏して寝ている以外は元通り。
彼が誰かとお茶していた痕跡も残りません。
あのティーポットの中に入れられた、グラス伯爵から抜かれた水も、給湯室などで捨てられてしまえば、それを回収する術はなくなりますね。
最後に、彼女はこの部屋に設置してある見聞箱に目を向けると、片目を瞑ってみせます。
そして、右手の指二本を自分の唇に当ててから、こちらへ投げるような仕草をしました。
それから、部屋の扉を開けて周囲の様子を確認。
問題ないと判断したのか、彼女はこちらへと手を振ってから、ワゴンを押しながら部屋から出ていくのでした。
……完全に、私が覗き見していること前提の仕草ですよね。
本当に――彼女の行動の意図が掴めません。どうしましょう。
とりあえずは、グラス伯爵たちが考えていた計画については、サイフォン王子に報告することにしましょうか。
書籍版の第二巻がでます٩( 'ω' )وよろしくお願いします!
『箱入令嬢シリーズ2 引きこもり箱入令嬢の結婚』
発売日は10/3となっております!
早いところではもう店頭に並んでいるところもあるようです!
書影などの情報は活動報告にありますので、是非ご覧下さい。
綺麗な純白ドレスのモカちゃんが素敵眩しい表紙となっておりますよー٩( 'ω' )وよしなに~!