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第62箱


『いやなに、お二人とももう少し王族の婚約というモノを真面目に考えていただけませぬかな? という老体の苦言ですよ』


 トボケた調子で――だけど眼光鋭く、豊かなお髭をゆったりと撫でながら、ニコラス様はそう言いました。


 王子兄弟に対する苦言というのも、まぁ分かります。

 フラスコ王子の婚約破棄の話もそうですし、何よりサイフォン王子の相手は『(わたし)』ですしね……。


『はて? 私自身は真面目に考えているつもりなのですけどね』


 それに対してサイフォン王子も視線は真面目に、口は(うそぶ)くように、そう言いました。

 その横でフラスコ王子も何か言おうとしていたようですが、それが口にされるよりも先に、ニコラス様がサイフォン王子へと向き直った為、口を噤んだようです。


『サイフォン殿下……良いですか。社交に出ないコト。それに目を瞑れるほどの何かをご呈示いただきたいのですよ』


 やはり、サイフォン王子というよりも、その婚約者である私に対することのようです。


 まぁ、そうですよね……。

 自覚はありますよ。社交の場にほとんど出てないっていう。


『冷温球の開発協力や、街への氷室設置の話などをやってくれた――というだけでは足りませんか?』

『足りませんな。発想力は認めますがね』


 手厳しい意見です。


『そうですか……。

 モカは余り型にハメない方が面白い活躍をしてくれる女性なのですが……』

『殿下が言うのであれば、そうなのでしょう。ですが、現状のところ殿下以外はそれを理解できていないでしょう。

 そういう意味でも、そのチカラを見せつけること――それは一度だけでは足りません。

 常にそのチカラを見せてくれるのであれば一考の余地はありましょう。あるいは常に発揮されていても、それを目にする機会がなければ無いも同然。となれば、納得いかぬという者は少なくありませんよ』

『納得いかぬ者ですか……それは、貴方も含まれますか?』

『無論』


 サイフォン王子の問いにニコラス様がうなずきます。


『それに……殿下以外にも既に苦言は呈させて頂きましたので』


 ぼかした言い方ですが、恐らくは国王夫妻と、宰相夫妻――つまり私たちそれぞれの両親に、でしょう。

 ただそれをこのパーティ会場で、聞き耳を立ててる者たちがいるのを理解している上でハッキリと口にされるとなると、少々思うことはあります。


 ニコラス様はご隠居されているとはいえ、発言力は高く影響も充分にある人物です。


 なにせ先代陛下の弟君であり、殿下兄弟にとっては大叔父に当たる方でもありますからね。


 そんな方が堂々とサイフォン王子へ向けて認めないと口にするとなると、歓迎モード寄りだった貴族界隈の空気が一転しかねません。


 いえ、むしろそれが狙いだったのかもしれませんね。

 こうなると、ちょっとやそっとで取り返せません……。


 それにしても……どうしてこのタイミングで表に出てきたのかも気になります。

 面白そうなことが起きているから――とは言っていましたが、きっとそれだけではないのでしょう。


 そんな私の思考を余所に、サイフォン王子とニコラス翁は穏やかな顔で言葉の応酬を続けていました。

 傍目には談笑しているようですが、その内容は武器を持って牽制しあっているような緊張感漂うものです。


『モカを諦めろ、と?』

『あるいは、権威を』


 ニコラス様は、先代陛下が王位についた際に、ルチニーク家へ婿入りされた方だそうです。

 そして宰相となり、兄である先代陛下を支え、現陛下に王としての仕事のノウハウを叩き込んだ方と聞いています。


 血筋的にも、国王陛下には叔父、王子兄弟にとっては大叔父にあたる方であり、陛下にとっては王としての仕事の先生でもあるわけで――


『流石はニコラス翁。面白いコトを言う』

『サイフォン殿下は、こういったコトがお好きだったのでは?』


 加えて、私の父ネルタの魔法の師でもあるそうです。

 お父様が好んで用いる使用方法の大半は、ニコラス様の魔法を模したものなのだとか。


『そう言われて、素直にどちらかにうなずくワケにもいきませんが』

『そうでしょうな。サイフォン殿下であればそう答えると思っておりました。ですが――』


 その為、陛下もお父様も頭が上がらないらしいです。

 だからこそ、今も国のご意見番と呼ばれることもあるのでしょう。


『――どうあれ、現状では認められません。

 箱のままであろうとする婚約者も、社交の場に出てこない婚約者も』


 そんな彼が認めない――となると、国王陛下とフレン王妃が認め、強引に結婚まで持って行っても、後の私たちの状況がよろしくないでしょう。


 何より、ニコラス様の言うことも間違ってはいませんので、反論しづらいのですよね。


 ただ、これだけ言われてなお、サイフォン王子はどこか余裕のある、穏やかな微笑を絶やすことはありません。

 内心はどうあれ、その態度を崩すつもりはないのでしょう。


 これはこれで、流石って感じがします。


『ふっ、言われているぞサイフォン』


 そして、そのやりとりを横で聞いていたフラスコ王子が笑います。


 どこか勝ち誇ったようなフラスコ王子ですが、それに対してニコラス様は小さく嘆息して(かぶり)を振りました。


『貴方もですよ、フラスコ殿下。

 百歩譲って婚約破棄は良いとしましょう。ですがそれを周囲への根回しも相談もなく、勝手に進めてしまうのは頂けません。

 本来は根回しと正規の手続きが必要なコト。

 今回のコトが必要以上の騒ぎにならずに済んでいるのは、元婚約者であるコナ嬢と、その実家であるウェイビック侯爵家が、騒ぎ立てず素直に引いてくれたからに他なりません』


 次の標的となったフラスコ王子は、憮然とした顔をしていますが、反論はしないようです。

 恐らくは、ご両親――陛下たちからも同様のお叱りを受けたのでしょう。


 その後ろでフラスコ王子の従者であるブラーガがニコラス翁に噛みつかんような表情をしているのも、それを護衛騎士のピオーウェンが押さえているのも、いつもの光景です。


 ……いやまぁ、何といいますか、フラスコ王子はこれが日常風景で良いのですか? と思わなくはないですが。

 ブラーガについては、フラスコ王子気づいているんでしょうか?


 それからニコラス様はチラリとコンティーナ嬢を一瞥し――そして、特に何も言いませんでした。


 あら?

 ……これは、どういうことでしょう?


 私のことは認められないと口にしたのに、コンティーナ嬢に対しては特に何もないのでしょうか?


 無いはずは無いと思うのですよね。

 事実がどうあれ、コナ様を蹴落としてフラスコ王子の横にいる女性と見られてしまうワケで……。

 そうなれば相応の振る舞いが必要となるはず。

 私とは逆に、ただ社交に出ている以外の強みを見せろ――と、そういうことは言えたはずです。


 フラスコ王子は特に疑問に思わなかったようですが、サイフォン王子は私と同様のことを思ったのでしょう。

 ほんの僅かですが、目を(すが)めました。


『なんであれ、お二人ともお気をつけを。

 どのような形での婚約であれ結婚であれ、万人が納得するとは限りませぬ』


 そう言いながらニコラス様は周囲を見回します。

 その瞬間の目は、全く笑っていませんでした。


『とはいえ、その婚約が納得いかぬからと――幼稚な嫌がらせや、過激な妨害工作など論外ですがね。

 そのどれも出来ないからと、陰口をはばからず堂々と口にするのもどうかと思いますが』


 言いながらニコラス翁が軽く視線を向けた方向には、フラスコ王子を擁立させようとする過激派たちの集団がいますね。


 これはつまり、納得はいかずとも、過激な手段を取る気はない――というメッセージでしょうか?


『もっとも嫌がらせだの妨害だのから――自分だけでなく未来の奥方の身を守るコトもまた大事です。

 これは王族として――だけでなく、女性を守るのは男の甲斐性としてですな』


 若い頃は、守るべき女性が多くおりましてな――と笑うニコラス様ですが、何とも反応に困ります。


 そんなニコラス様に好奇心を募らせた目で、フラスコ王子が訊ねました。


『ニコラス翁……貴方が若い頃、貴方がお忍びで外に出ては女性を口説いていたという噂は本当ですか?』


 フラスコ王子!? ちょっと直球すぎませんかッ!?


『否定はしませんぞ?』


 イタズラ好きの子供のような顔と、わざとらしい声でうなずくニコラス様。これはこれで肯定しているのかふざけているのか分からなくて困ります。


 その表情はどこかサイフォン王子を思わせるところもあり、大叔父とはいえ、血の繋がりを感じるものがあります。


 そんなやりとりをしていると、先のニコラス様の視線にでも思うことがあったのか、過激派の方から誰かやってきますね。


『あの人は……』


 その近づいてくる人物を見て、コンティーナ嬢が小さく呟きます。

 ……なぜか、こう……忌々しげにも、面倒そうにも、見下しているようにも聞こえる声と視線で――何とも気になる表情でした。


『お久しぶりです、ニコラス様』

『おお。タブーノか。久しぶりだな』


 優しげな顔をされるニコラス翁ですが、目の奥にはちょっと面倒くさそうな色味を宿しています。

 ……コンティーナ嬢といい、ニコラス翁といい、もしかしてこの方のこと嫌いなんでしょうか?


 私がそんなことを考えていると、コンティーナ嬢は笑顔を浮かべて声をかけます。


『お父様、何かご用ですか?』


 先ほどの様子とは一転、飴のように甘い声。

 小太りのおじさまという風情のこの人が、ターキッシュ家当主のタブーノ・タクタ・ターキッシュ伯爵なのですね。


『いやなに、王子お二人にニコラス様が談笑され、こちらを見ていたからな。気になってしまってな』


 コンティーナ嬢にそう答えてから、ターキッシュ伯爵はフラスコ王子に向き直ります。


『フラスコ殿下。改めて娘をよろしくお願いします』

『ああ。もちろんだ』


 一見するとただの挨拶ですが、ターキッシュ伯爵はどこか妙な自信のようなものを感じます。

 フラスコ王子と挨拶を交わしつつも、ターキッシュ伯爵はどうもニコラス翁を気にされている様子。


 ……ニコラス翁がコンティーナ嬢に触れなかった意図は分かりません。

 ですが、もしかして――ターキッシュ伯爵は、コンティーナ嬢のことをニコラス翁が認めていると、そう考えたのでしょうか?


 その判断は少し早計すぎるきもしますけど……。


 それから、しばらくニコラス翁とターキッシュ伯爵を交えた談笑がはじまり、ややすると挨拶と共にそれぞれに離れていきました。


 全員が自分の元から充分に離れたのを確認してから、サイフォン王子は一息つきます。

 それから、預けてある小さな見聞箱を口元に近づけました。


 唇――王子の唇が、映像箱に、大写しに……!


 いえ、落ち着きましょう。

 落ち着いてちゃんと、話を聞きましょう。


 私が身構えると、王子の囁くような声が箱の中に響きわたりました。


『モカ、見ているな?

 ニコラス翁がコンティーナ嬢に触れなかったコトが気になる』


 あ、ダメです。

 耳元だけでもどうにかなっちゃいそうな声なのに、そんなものを全身に浴びるような形で聞くと、もう……もう……。


 思わず机につっぷしながら、それでも何とか呼吸を整えて身体を起こします。


『それでなくともコンティーナ嬢は気になるコトが多い。それに、ニコラス翁を納得させる方法も考えないといけないが……。

 とにかく、二人のどちらでもいい。少し探って貰えないか?』


 言われて、私は少し考えてから、メモの切れ端にメッセージを書き、それを送り箱で転送しました。

 サイフォン王子は送り箱も持ち歩いているそうですから、これで私から王子へ言葉を届けることができるというわけです。

 会話というほどテンポが良いわけではありませんが、どこにいても双方向でやりとりできるというのは強みですね。


 送った内容はシンプルです。


《まずはコンティーナ嬢を探ってみたいと思います》


 同時に、ニコラス様の意図にまでたどり着けると幸運だと思いますが……まぁそこまでは期待しない方がいいかもしれません。


 ともあれ、情報収集は私が得意とするところ。

 サイフォン王子の頼みごと、しっかりやり遂げないといけませんね。


 それをしながら、ニコラス様に認めて貰うにはどうしたら良いかも考えていく必要がありそうです。



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