第61箱
結婚編の序幕を同時に公開しております。
先にこちらに来てしまった方がいらしたら、まずは前話を見て頂ければと思います。
(箱……)
(箱は……?)
(箱はないのかしら……?)
(殿下がいらっしゃるのに箱はない……?)
(皆さん、ずいぶん箱を気にしているようで……)
(もしかして、気にしないと負けなのか……?)
王城で開かれている社交パーティ。
誰も彼もがそこに存在しない『箱』の姿を探している中、注目される要因たる王子――サイフォン・ロップ・ドールトールは、さして気にした様子はないようだ。
先日の婚約発表以降、良くも悪くも注目を浴びている。
正確に言えば、彼――というよりも彼の婚約者が、というべきかもしれないが。
「全く、誰も彼も露骨すぎるのだから困りものだ」
「嘆くなら口元は引き締められた方がよいかと。緩んでおりますよ」
サイフォンは、自身の従者であるサバナスの苦言に、笑みを深めた。
「好奇心だけの者なら問題ないぞ?」
「殿下がそう言いたいのも分かりますが……」
護衛騎士のリッツも主であるサイフォンの言いたいことを理解しつつも、渋面を浮かべる。
好奇の視線を巡らせる者たちは、サイフォンが言う通り問題はない。
だが、婚約発表以降、そうも言っていられない存在もあった。
「ロクに社交場へ出ない婚約者など」
「そもそも箱に入っている時点で……」
サイフォンに聞こえるように言いたいのか、ただただ本音をこぼしたいのかは不明ながら、その手のやりとりは妙に大きい声でハッキリと聞こえてくる。
その発言者たちに向けて、サイフォンは何やら掌に乗せた小さな箱を向けたりしていた。その行為に何の意味があるのか、正しく理解できる者たちは恐らくいまい。
サイフォンもまた、その箱を目立たせるつもりはないようである。
「我が婚約者殿は確かに出席はしてないな。見てはいるがね」
とてもとても楽しそうなサイフォンの様子に、サバナスは額を指で押さえながら、嘆息するのだった。
…
……
………
サイフォン王子が意地悪そうな笑顔で口にしている通り、婚約者である私ことモカ・フィルタ・ドリップスは、自宅にある『箱』の中から会場の様子を見ています。
先日、この国の第二王子であるサイフォン様と婚約を結びました。
一応、陛下と王妃様にも婚約を認めて貰った正式なものです。
ですが、私はこのように『箱』の中に引きこもっておりまして……。可能な限り外に出たくないものですから、「『箱』のままでも良い」と言ってくれたサイフォン王子には、大変安堵しています。
……とはいえ、王族の妻としては『箱』のままというのは大変デメリットが大きいものです。
箱であるデメリットを上回るモノを見て貰うことで、国王夫妻から認めてもらい、国民へのアピールもさせて頂きました。
その結果、第一王子フラスコ様派閥の方々の反感が強まってしまったのです。
先ほどからサイフォン王子が持つ、『見聞箱』で拾っている嫌みややっかみなどは、その手の方々からのものが大半なようでして……。
あ、見聞箱というのはですね、私の箱魔法の一つです。
あの箱には目と耳の機能がついていまして――見聞箱が見たモノ・聞いたモノを私は自分の箱の中で視聴できるという優れモノです。
最初は王子にも秘密にしていた見聞箱ですが、婚約にあたって、サイフォン王子にはこのことを開示することにしたのです。
実は自宅に限らず、王城や王都、領地の各所に仕掛けてあると言うとそれはもう大変楽しそうなお顔をされました。
悪巧みができそうで嬉しいのか、私が秘密の一つを明かしてくれたのが嬉しいのか――後者も含んでくれているといいなぁ……と思う私です。
さておき、サイフォン王子が掌サイズの見聞箱を持ち歩いてくれていますので、私の情報収集も捗ります。
それに――見聞箱を通じてすぐそばで、サイフォン王子を見ることもできますから。
サイフォン王子の周囲の様子も見聞きできて、顔も見れて、時々気にかける声を貰って……。
その場にいなくても、一緒にいるんだなって気がしてきます。
それはそれとして――
事前にサイフォン王子から言われていた通り、言動が過激な人たちを記録していく作業をしていると、彼の元へ女性を連れ立った男性がやってきました。
『サイフォン。相変わらず、婚約者を連れていないのだな』
その人はフラスコ・ロート・ドールトール。
サイフォン王子のお兄様です。
金髪碧眼で、穏やかな空気と怜悧な雰囲気のサイフォン王子。
銀髪碧眼で、勇ましい空気と力強い雰囲気のフラスコ王子。
正反対の空気を纏ってはいるものの、どちらも美しい容姿をしているのは間違いありません。
二人の思惑はどうあれ、揃っていると大変絵になる姿です。
そして、フラスコ王子が連れている女性は――婚約者であるコナ様……ではありませんでした。
フラスコ王子の婚約者は、お二人の幼なじみであり、現騎士団長のご息女であるコナ様……だったのは、先日までのお話です。
『ティノはそんなコトなく、出席してくれるぞ?』
本日、フラスコ王子が連れているのは、ふんわりとしたピンクブロンドの髪と、綺麗な赤い瞳を持つ小柄で可愛らしい女性です。
ニコニコとしながらフラスコ王子にくっついてる姿はどことなく小動物じみていて、同性の私から見ても愛らしく見える方ですね。
ともあれ――フラスコ王子がティノという愛称で呼んだ彼女の名前はコンティーナ・カーネ・ターキッシュ。
ターキッシュ伯爵家のご令嬢で、フラスコ王子の新しい婚約者です。
コナ様と婚約破棄して間もなく、彼女と婚約されたそうですので、フラスコ王子に対して王侯貴族の行いとしてはどうなんだそれは――と、思うところがあります。
一方でコンティーナ嬢は――といえば……。
こうやって見ている分には、愛らしいふつうのご令嬢、という印象です。
『兄上は、コンティーナ嬢を連れているのですね』
『ああ。お前の婚約者と違って、こうしてちゃんとパーティに出席してくれる』
私への当てこすりのつもりでしょう。
でも、ちょっと使い方が悪いというか、状況がよろしくないといいますか――
フラスコ王子、根回しや陛下たちへの相談もなしにコナ様との婚約を一方的に破棄されましたからね……。
その直後に、何の説明もなくコンティーナ嬢と婚約を発表されましたので――この場で婚約者自慢をされても、何とも言えない空気になってしまいます。
『さすがは真実の愛を貫かんとする兄上。
その愛の前では配慮も遠慮も常識も不要ですか。私も見習った方がよろしいでしょうか』
『お前も充分に貫いているだろう? 箱遊びがよほど楽しいと見える』
あー……バチバチしてきてしまいましたね。
誰か止めてくると助かるのですけれど……。
見聞箱を通じて、周囲を見回します。
ふと、コンティーナ嬢に視線が向くと、彼女も困ったような顔をしています。
小動物のような雰囲気とは違う、もっと冷静な感じの困り顔です。
意外と、見た目通りの小動物――というワケではないのでしょう。
二人がバチバチしはじめた時、彼女は自然にフラスコ王子から離れてちょっと退いてみせました。
状況を見て、さっと動けるというのは、王族の妻としては必要な技能だとは思いますが……。
サイフォン王子とフラスコ王子の皮肉の応酬を横目に、そんなことを思っていると、お年を召した男性が二人のところへとやってきました。
『お二人ともそこまでに。注目浴びてしまっておりますよ』
雰囲気だけならば好々爺と言って良いでしょうか。
元々は金だっただろう面影のある白い髪と豊かな髭。老いを感じさせない力強い光を湛えた碧眼。
『ニコラス翁。ご無沙汰しております』
男性の顔を見て、サイフォン王子がその名前を口にします。
彼を呼んだ――というよりも、私に名前を聞かせる為だったようです。
そして、私はその名前に心当たりがありました。
『ご無沙汰しております。このような場所に顔を出すのは珍しいのではありませんか?』
『お久しぶりにございます、お二人とも。
隠居したとはいえ、やはり時々はこういう場に顔を出さなくてはと思いましてね』
丁寧な仕草で挨拶をするニコラス翁。
その動きは矍鑠としていて、現役を退いているとは思えないほどです。
豊かなお髭を撫でる仕草も、手癖のようで堂々としており威厳を感じてしまいます。
フラスコ王子が珍しいと口にした通り、この方がパーティにいるというのは珍しいことです。
王家のご意見番とも称される人物で、名前をニコラス・ブルーマ・ルチニーク様。
我がドリップス家と共に二大公爵家として並び称されるルチニーク家の元当主です。
現在は隠居されていて、基本的には表舞台にはあまり出てこない方ですので、こういうパーティには随分と顔を出していなかったはず。
元々は王都のお屋敷で暮らしていたそうですが、現役を退いたのを機に領地で隠居されているようになったと聞き及んでいます。
一方で時々、王都へフラっと遊びにくることもあるという噂もあります。
ルチニーク領と王都は結構距離があるので、フラっとくるにも遠い気がしますが……領主の仕事を手伝われているというワケでもなく、のんびりしているそうですから、時間がある時に王都の知り合いの元へ遊びにきたりしているのでしょう。
『領地でのんびりしているうちに、こちらでは大変面白そうなコトになっているようで、顔を出した次第です。
我が領地からここまで来るのは、ちと遠いのが困りモノですがね』
面白そうなコト――というのは、恐らくは私たちの婚約でしょう。フラスコ王子の婚約破棄も含まれているのかもしれません。
建国祭の時にはお見かけしませんでしたから、あれがキッカケで王都に顔を出そうとしたのでしょうか。
王都からルチニーク領はだいぶ距離がありますから、手紙であれ、子飼いの諜報担当からであれ、情報を得るのも、得てから動くのにも時間が掛かってしまったのでしょう。
婚約に関して、陛下などが手紙を出してても不思議ではないのですが……。
もしかしたら、バイセイン陛下やフレン王妃は、ニコラス様が動く可能性を考慮して、私の情報を意図的に伏せていた可能性もありますね。
『たまたま来た社交場で、たまたまお二人がケンカしているのを見かけましたのでね。
年寄りの戯言にでもつき合っていただこうかと』
ほっほっほ――と朗らかに笑うニコラス様ですが、その眼光だけは鋭く光っていました。
王子たちがケンカしたのはたまたまかもしれませんが、ニコラス様がこの場にいるのは、たまたまではないのでしょうね。
初速が大事というコトで少しの間、一週間ほどは毎日更新でいきたいと思います。
そして
書籍版の第二巻がでます٩( 'ω' )و
『箱入令嬢シリーズ2 引きこもり箱入令嬢の結婚』
発売日は10/3となっております!
早いところは9月末には店頭に並ぶそうです!
書影などの情報は活動報告にありますので、是非ご覧下さい。
綺麗な純白ドレスのモカちゃんが素敵眩しい表紙となっておりますよー٩( 'ω' )و
さらに!
報告が遅くなりましたがコミカライズの2巻が重版掛かりました!
皆様、ありがとう٩( 'ω' )وございます。