第7箱
本日は2話公開。
こちらは本日の一話目です。
――人は女神の元においては平等である――
天愛教のその言い分(教え?)は、まぁわからなくはないです。
神様からしてみれば人間の階級なんてものは、無意味なものだと言われれば、そうだろうな――と思います。
そのわりには、この魔性式には平民はおらず貴族だけが参加してますよね――という子供心の疑問は脇に置いておくこともやぶさかではありません。
ともあれ、女神の元に平等だから、魔性式においては名前を呼ばれる順番がランダムであり、そこに序列は関係ないという話を、ここに参列する子供たちは、親から聞かされているはずです。
それ故に、名前を呼ばれる時も三節目までではなく、二節目までで呼ばれる、と。
私で言えば、モカ・フィルタ・ドリップスではなく、モカ・フィルタと呼ばれるわけです。
家名が分かってしまうと、その序列関係無しという前提が崩れてしまいますからね。
少なくとも、私は両親からそう説明されており、そういうものなのだな――という一定の納得を持っていました。
もっとも、すべての子供たちがそれを正しく理解していたと言えるかどうかと問われれば、そんなワケあるはずがなく……。
だからこそ、あの日――ちょっとした出来事が発生したのです。
魔性式礼において、礼拝堂に設置された椅子に座るかどうかも自由となっております。なので私は、椅子に座らずに人目に付きづらいだろう隅っこを陣取ると、そこで本を広げて名前を呼ばれるのを待っていました。
無理して社交する必要もないのであれば、終わるまで一人でいればいいや――と、そんな感じのことを思っていたのです。
ですが、そんな私の思惑はあっさりと霧散しました。
「どうしてこのような場所に平民が混じっているのでしょうか?」
天愛教の言い分を吹っ飛ばす発言をする少女が、私の前に現れたのです。
それも、取り巻きを数人連れだって。
当時の私は――いや、今もかもしれませんが――読書の時間を不必要に邪魔されるのが大変嫌でして、思わず半眼にでもなりながら顔を上げたんだと思います。
ましてやお気に入りの物語の最新巻の読書中。
不機嫌さという意味では、私史上最高レベルだった可能性があります。
「なにか?」
「なにか……ではありません!」
何故か、その少女は大変機嫌を悪くされました。
濃い紫色の髪は毛先に向かうにつれくるくるとカールしていて、勝ち気さと傲慢さを兼ね備えた橙色の瞳は、どこか猫っぽくつり上がっている――そんな印象が一応残っている人です。
「そのような質素な服に、質素な本を読んでいるなど……場違いだとは思わなくて?」
「?」
当時の私は何を言っているのか分からなくて、首を傾げました。
確かにフリルやレースなどは少なく、貴族が着る服として見れば、シンプルに見える服を着ていたのは間違いないです。
ですが、この黒を基調としたお気に入りのドレスは、ドリップス公爵家がわざわざオーダーメイドで仕立てて貰ったものであるわけで――
素材は最高級、仕立ては職人芸の塊で、大人の社交場に出ると結構な確率で驚かれ、そして褒められる一品でした。
私自身もそういうものだと思っていたので、シンプルであることを咎められるだなんて、思っても見なかったのです。
「この場は私より先に呼ばれた方が少ないので、貴方は私よりも身分が下かとは存じますが……だからといってその格好と態度はないでしょう?」
「???」
ますます意味が分からないと、当時の私は思いました。
今、思い返して見れば、彼女はあの場が序列順だと勘違いし、その思いこみ前提で私に声を掛けてきた結果、認識のすれ違いが発生していたのだと分かります。
ですが当時の私は認識のすれ違いに気づかないまま、本を閉じ、公爵家の令嬢として背筋を伸ばしました。
「私の格好のどこに問題がありますのでしょうか?
少なくとも両親からは問題ないと言われておりますし、過去のこの格好で参加した大人たちの社交の場においては、むしろ褒められたモノなのですけど」
……当時の私は、現在の私よりもちゃんと喋れましたね。そういえば。
ともあれ、そうやって反撃されて鼻白んだ少女でしたが、わずかな間の後で気を取り直しました。
いえ、気を取り直したというか、単に腹を立てただけかもしれません。
だって、その子は、私から大事な本を無理矢理取り上げたわけですし。
「あ」
「貴方は……ッ! 私がメンツァール伯爵家のルツーラ・キシカ・メンツァールと分かっておりますのッ!?」
そう名乗られたところで、私はそれがどうしたのだろう――くらいにしか思いませんでした。
だからこそ、特に私は何も言わずに首を傾げてしまったのです。
それが余計に気にくわなかったのでしょう。
ルツーラは私から取り上げた本を地面に叩きつけ、思い切り踏みつけたのです。
本日は2話公開。
次話は20時頃公開予定です。