【閑話】離れた場所でお茶会を
《面白いコトを思いついた。三日後の午後三時、お茶を用意して送り箱の前で待機していて欲しい》
ある日の夕方、サイフォン王子が送り箱でそんな手紙を転送させてきました。
どういうことだろう? と首を傾げつつ、私はカチーナに声を掛けます。
王子が何を考えているのかはわかりませんが、お茶を用意して待っていろというのであれば、従いましょう。
そんなワケで当日です。
今日は、カチーナは箱の中で待機してもらっています。
箱の中には小さな給湯室もありますので、お茶のおかわりなどを取りにわざわざ外に出る必要もありません。
カチーナにお茶を淹れてもらい待っていると、ちょうど良い時間となった時に、送り箱へ手紙が届きます。
《言われた通り、お茶を用意して待っていてくれたかな?》
それに、言われた通り待っていた旨を返信すると、サイフォン王子からケーキが届きました。
《先日、お忍びで町へと遊びにいった時に見つけたお店で買ったものだ。
ルビィの実とクリームチーズのケーキというものらしい。
それはモカの分で、こちらには俺の分もある。送り箱でのやりとりを利用したちょっとしたお茶会だ》
ちょっと予想外の使い方です。
《声は聞こえなくても言葉のやりとりはできるだろう?》
だけど、それはとても楽しそう。
《確かにその通りです。
こちらのケーキ、頂いてしまってよろしいのですか?》
《もちろん。君と一緒に食べる為に買ってきたんだ。
いくら箱の中にあるモノは劣化しないといえど、食べてもらえないのは困る》
王子のその手紙に対して、「では、いただきます」と返信し……
「はッ!? この、お茶会……相手の顔の、様子が分からない……!」
何となくサイフォン王子の食べている姿が見たいな……と思ってしまいました。
一緒に同じモノを口にするという状況そのものが、実は大変楽しいものだったのかもしれない――と感じたのです。
「お嬢様、ハココを飛ばしますか?」
「うーん……」
カチーナがそれを提案してくるのだけど、でも……それはそれでちょっと違うかな。
「お互い、同じ条件……っていうのが、きっと良いと思うの」
そんなワケで、私はケーキを一口食べます。
甘酸っぱいルビィの実と、まろやかな酸味とコクのあるクリームが相まって美味しいです。
その後にお茶を口にし、ふーっと息を吐いた時に気づきました。
そうです! この味の感想を送ればいいのですよね!
早速、味の感想を認めます。
それを送り箱に入れました。
送った手紙には、すぐに返信が届きます。
《うん。甘すぎずサッパリしてて好みの味だったよ。
庶民向けのお店だったんだけど、本当に美味しいんだよココ。
これは新商品だったから初めて食べるけど、他のケーキも美味しかった》
《そうなのですね。このケーキも下手な貴族向けのお店のモノよりも美味しくてびっくりしました。
是非とも他のケーキも食べてみたいです》
《モカにそう言われたらまた買いに行きたくなるな。
お忍びの必要があるから、すぐにでもとは行かないのが残念だ》
本当に残念そうな顔が見える文面です。
でも――
「ふふっ」
こうやって同じケーキを食べて、文字だけとはいえサイフォン王子とやりとりをしていると、楽しくなってきますね。
美味しいケーキに舌鼓を打っていると、筆も乗ってきます。
《庶民向けのお店のケーキといえば、『錆色の渡り鳥亭』のケーキも美味しいのですよ》
《知っている店だ。だが路地裏の酒場だろう?》
《はい。酒場ですが、マスターがお菓子作りを趣味としているので、裏メニューとしていろいろとお菓子があるのですよ》
《さすがモカだ。引きこもりらしからぬ情報網だな。
しかし、なぜケーキの味まで知っているんだ?》
《時々、カチーナに買いに行って貰ってますので》
《なるほど。君の情報網は、単に貴族として有利になる情報だけでなく、美味しいお店のようなささいなコトも範囲に入っているワケだ》
《流行や噂を追うのは淑女の嗜みだそうですので。
それに、上流階級にいる以上は流行や噂を追うだけでなく、流す側にならないといけないと、教えられていますから》
《確かにそうなのだが、君はすごいな》
サイフォン王子からの返信の文字も、心なしか弾んで見えます。
あちらも、楽しんで頂けているのでしょう。
私たちはしばらくは、手紙のやりとりをしながら、お茶に興じるのでした。
そうして、遠距離にいながら楽しさを共有しあうお茶会は終わりの時間になっていきます。
《やはり楽しい時間というのはすぐに過ぎてしまうモノだ》
《そうですね。次の機会では、こちらもお菓子をご用意しますね》
《良いな。お互いが用意したモノを食べ比べるという趣向も面白そうだ》
短いお茶会でしたが、とても楽しい時間でした。
《君とお茶会を出来たおかげで、この後の仕事も捗りそうだ》
《それは何よりです。無理はなさらないようがんばってくださいね》
《ではまた夜にでも》
《はい。また夜の挨拶の時に》
こうして、初めての遠距離お茶会は幕を閉じました。
サイフォン王子の思いつきではありましたけど、本当に楽しい時間でした。
次のお茶会が楽しみになりますね。
どんなお菓子を用意しようか――悩んでしまいます。
「カチーナ」
「はい」
「美味しいお菓子が買えるお店……今よりもうちょっと、調査にチカラを入れようと……思うんだけど……」
「かしこまりました。
美味しいお店は私も知って損はありませんので、たくさん見つけるとしましょう」
「うん」
こうして、私の情報ストックの中に美味しいお菓子のお店が増えていくことになるのでした。
この世界の文明レベル的には、時代を先取りしすぎている世界初のオンラインお茶会でした。
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