【閑話】みんなそんなに気になるモノなのでしょうか?
モカちゃんの箱の強度の話。
予定していた文字数の三倍くらいに膨らんでしまいましたが気にせず行きます٩( 'ω' )و
ある日、サイフォン王子が我が家に訊ねてきた日のこと。
初めてのお茶会の時と同様に、王子は『箱』と向き合っています。
その最初のお茶会とは異なり、今回はお互いのさぐり合いは控えめ。
どちらかというとお互いのことを知ろうとして、質問を繰り返しながら談笑をする形です。
そんなやりとりの中で、サイフォン王子がこんな質問をしてきました。
「ところでモカ。君の箱の強度というのはどれほどなんだ?
これは私個人が知りたいというだけではなく、護衛のリッツなども可能であれば教えて欲しいと言っていた」
「ああ……そう、ですね……。
確かに、知っていた方が……立ち回りを、考えやすい……でしょうね」
それに異論はありません。
私の強度を分かっていた方が、リッツたちもきっと動きやすいことでしょう。
極端な話、リッツはサイフォン王子付きの護衛ですからね。
私と王子が同時に攻撃にさらされた際、私の箱の強度に問題がないと判断して王子を優先するという判断もあることでしょう。
別にそれに文句は言うつもりはありません。王子付きの護衛として当然の判断です。
でも、私の箱の強度が分からないのであれば、そういう場でどちらを守るべきかと迷いが生じる可能性はゼロではありません。
「では、少しだけ……分かりやすいエピソードが、ありますので……ひとつ」
「ああ、それは面白い話かな?」
「どうでしょう。でも、そうですね……。退屈は、しない……お話かと――」
□
それはまだ、私が箱魔法の使い道をあれこれ模索していたころのお話です。
領都にある本邸の庭で、私はお父様に魔法の使い方を教わっていた頃――
「箱を作り出し、中に入るコトのできる魔法か」
「はい。中は真っ白でしたが、魔力を使いながら念じるコトで、様々なモノを作り出せそうです」
「何かを作るのは、中でだけか」
「今のところは、そうです」
「ふむ。持ち出せそうか?」
「それも難しそうです」
そうやって私は自分の魔法で何が出来て何が出来ないのかをお父様とともに検証していました。
それにより、箱の中は徐々に快適空間となっていき、箱の中に籠もる時間も増えはじめてきた頃のある日――
私がお父様に見守ってもらいながら、箱の中であれこれと実験をしていた日のことです。
「ネルタよ、遊びに来たぞ!」
声も身体も大きな方がやってきました。
私のお爺様の一人、ナーウィン・クリム・サテンキーツ様です。
お母様のご実家であるサテンキーツ侯爵家の先代当主であり、元騎士団長。
引退しても能力は現役をモットーに日々研鑽を積んでいる人です。
ちなみに――すでに女神の元へと帰られてしまっていますが――父方のお爺様であるカリタス・ケルト・ドリップスお爺様とナーウィンお爺様は仲が良かったそうです。
その為、ナーウィンお爺様にとってお父様は、結婚する前から息子みたいなモノとして扱っていたとか。
だからでしょう。
公の場ならばいざ知らず、プライベートな場だとナーウィンお爺様は結構ざっくばらんにお父様と接します。
お父様もお父様で、別にそれが嫌ではない――というか、もう当たり前になってしまってて気にもしてない感じですね。
「義父上ッ!?」
「さぁさぁ、孫娘に会わせるがよい!」
ナーウィンお爺様は――孫の私が言うのも何ですが――基本的に孫馬鹿な方です。
私だけでなく、孫は男女問わずどっちも好きで、その好きだという愛情は溢れている一方で――その何というか、溢れすぎてて、私たち孫は時折辟易してしまうこともあります。
「来訪される時は、先触れを下さいといつも言っているではありませんか」
お父様が眉間を摘みながら嘆息します。
「良いではないか。いちいち先触れを出すのは面倒だ」
それをお爺様がバッサリと切り捨てた時、お父様はチラリとお爺様の従者に視線を向けると――
「……はぁ」
従者の方は申し訳なさそうに、小さく目を瞑りました。
それを見、お父様は諦めたように息を吐きます。
「そんなコトよりモカはどこにおる?
せっかく会いに来たのだから、軽く顔くらいは見たいぞ!」
お爺様の豪放磊落で唯我独尊なところはあるんですけど、弁えるべき場所はしっかりと弁えられています。
学問やマナー、武術や魔法――そういうモノを勉強中、鍛錬中の場合は不必要に割って入ったりしないのです。
その家、その孫ごとに考え方がある以上、変に自分が首を突っ込んで困らせたくないと、そう考えているのだとか。
その為、取り込み中の時はその様子をちょっと覗くだけに留めておくのがお爺様のスタイルです。
顔くらい見たい――というのは、がんばって勉強している孫の姿をちょっと覗きたい……くらいの意味なのでしょう。
「モカは今、魔法の練習中ですよ」
「おお! それは何よりだ! 覗き見てもよいかの?」
お父様はチラリと『箱』を見ました。
何せ魔法ですからね。
勝手に見てしまって良いか、お爺様も判断しかねたのでしょう。
ここでお父様に断られれば、私の練習が終わるまでお母様とお茶でもするのではないでしょうか。
とはいえ、お爺様も賑やかな方ではありますが、貴族であることには間違いありません。
それも、当主と騎士団長を経験されている方である為、魔法を見ても変に言いふらすようなことはしないでしょう。
そこまで考え――私は箱の中からお爺様に声を掛けました。
「ご無沙汰しております。お爺様」
「なんとッ!? モカの声が聞こえたが一体……」
むむむむむ……とうなるお爺様に、お父様は箱を示します。
「モカでしたら、そこの木箱の中です。
魔法の練習中だと、言いましたでしょう?」
「魔法? 魔法とこの木箱がどう関係する?」
木箱とお父様の間に視線をさまよわせながら、お爺様は困惑しています。
まぁ無理もありません。ふつうに考えると、結びつけるのは難しいでしょうから。
なので私は、箱の中から出ることにしました。
「おお! モカ!」
「はい。改めてご無沙汰しております。お爺様」
私の姿を見て相好を崩すお爺様に、私は一礼します。
「うむ。元気そうで何よりだ。
しかし――其方の魔法は、一体何だ?
箱からすり抜けるように現れたのを見るに、物質をすり抜けるとか、そういうモノか?」
「いいえ。全く違うモノですよ、お爺様」
確かに箱の中から出てくる姿だけならば、そう捉えられても不思議ではありませんけど。
「この箱です。この箱そのものが、私の魔法なのです」
「なるほど。箱を作り出す魔法か。そして中へ出入りが出来る、と」
「はい」
私がうなずくと、お爺様は興味津々とばかりに箱へと近づいていきます。
「モカ。触っても大丈夫か?」
「構いませんよ」
「そうか。では失礼して――」
ペタペタと箱を触り、木目などもじーっと見つめ――
「ふむふむ。ほうほう」
軽くノックするように、コンコンと叩き――
「質感や触り心地などは、上質な木箱だな。
毛羽立ちや傷、凹凸などのない、職人芸のような木箱だ」
――やがて、満足したような様子で一つうなずきました。
「ありがとうございます」
「ところで、中はどうなっておる?」
「空間が広がってまして、使用者である私は自由に出入りできます」
「モノは持ち込めるか?」
「はい」
「容量は?」
「正確には分かりませんが、今のところは私の自室と同じくらいの広さにはなっています」
「中にモノを詰め込もうとすると、そのくらいは入るワケか……」
丸太のような腕を組んで何やら難しい顔をされるお爺様。
その様子に、お父様は何か気づいたようです。
「モカ、箱の重さはどうなっているんだい?」
「重さ……そう言えば、どうなっているのでしょうか?」
あんまり気にしたことありませんでしたね。
「持ち上げても良いか?」
「はい」
お爺様に問われて、私は許可を出しました。
私自身もちょっと気になることでしたので。
「ふむ。見た目通りの重さではあるが……。
モカ。これは本物の物質ではなく其方の魔法によって生み出されたモノだ。軽くなれ――と念じて見てもらえぬか?」
「やってみます」
言われるがまま、とりあえず重さが半分くらいになれ……と念じました。
すると――
「おお! 軽くなったぞ!」
嬉しそうなお爺様とは裏腹に、お父様が顔をしかめます。
「義父上。モカを……私はモカを騎士団の運搬係にする気はありませんよ?」
「ワシとてないわい。だが可能か否かの情報くらいはあっても損はなかろう」
中にモノが入っている状態でも、重さが一定であるならば、確かに物資運搬の概念が変わりかねませんね。
「さて、次は強度を確認したいぞ」
「義父上ッ!?」
お父様が思わず声をあげますが、私はどうしてお父様がそんなに焦っているのか分かりません。
「構いませんよ」
さすがに中に入った状態で試すのは怖いので、外から眺めるつもりではありますが――
「モカ……」
何やらお父様がジト目を向けて来ます。
あ。これは何かやらかしてしまったかもしれません。
でも、もうお爺様は止まらないでしょう。ですから胸中でお父様に謝りつつ、お爺様につきあうことにします。
「ではモカよ。精一杯硬くなれと念じておくのだぞ」
「はい! いつでもどうぞ」
「うむ」
お爺様は両足を肩幅程度に開き腰を落とすと、右腕に魔力を込めはじめました。
保有する属性を使わない魔力運用。
使える人はあまりいないという無属性魔力運用法というやつですね。
「まずはコレだ」
これにより、身体能力や、腕力あるいは肉体強度などを高めることができるそうです。
騎士でも使い手は少ない技術で、どちらかというと何でも屋や冒険者の方々の方が使い手が多いと聞きます。それだってあまり一般的ではないようですけれど。
お爺様はそんな使い手の少ない技術を、高いレベルで使いこなせるんです。
それどころか、お爺様の無属性魔力運用法は、歴代の騎士を見ても上位の使い手だそうで一目置かれているのだとか。
まぁ平民の好む野蛮な魔力運用法であり貴族がするモノではない――と頭ごなしに馬鹿にする方々もいる……という一面はあるのですけれど……。
それはともかく、個人的には私もやってみたいのですよね。
だけど、やり方がイマイチわからないので実験もできません。
今度、お爺様に詳しく伺ってみようと思います。
ともあれ、お爺様の準備ができたのでしょう。
グッ――と全身に力を込め、力強く大地を踏みしめながら拳を振り抜きました。
「ふんぬぁぁぁぁぁ――……ッ!!」
強烈な打ち下ろし。
並の人間が受け止めたら、盾ごと潰されてしまいそうなその一撃に――
「ほう。傷一つつかぬか」
――私の箱は耐えましたッ! すごいですッ!
あまりの威力に、箱が少し地面にめり込んでますけど。
「では次だ」
「次は無しでお願いします」
「聞けぬな、ネルタ!」
切実な様子で声を掛けるお父様に、お爺様はすげなく答えます。
何やら哀愁を纏い一歩下がるお父様を見ていると、私の中に罪悪感が湧いてきます。
「義父上。何でうちに遊びに来るたびに、庭を荒らしていくんですか?」
「何の話をしておる、ネルタ?」
「自覚がないんだからもうッ!?」
思わず叫ぶお父様。
そんなにお爺様は庭を荒らすのでしょうか?
私が首を傾げていると、お爺様はお父様を無視して地面に手を置きます。
「では行くぞ」
すると、土がせり上がりお爺様の腕を包んでいくではありませんか。
自分でも目が輝くのがわかります。
これが、お爺様の魔法……ッ!!
「我が魔法は土を岩に変える。
だがそれだけにあらず。土を操り、この身に纏わせてから岩へと変えるコトで立派な武具になるのだ」
そうしてお爺様が立ち上がると、その右腕には立派なガントレットに包まれていました。
「これぞ我が魔法が一つ。岩々硬腕甲」
「そんな名前、一度も聞いたコトありませんよ」
「今つけたからな」
お父様のツッコミに、お爺様はサラリと答えます。
名前に関してはノーコメントとしておきましょう。
「この状態で――ワシの腕を、無属性魔力運用法で強化するッ!」
おお! 属性魔法と無属性魔法の同時制御!
すごいです! そんなことが出来るなんて知りませんでした!
これはもう少し無属性魔力運用法について勉強してみるべきでしょうか?
そんなことを考えているうちに、お爺様は先ほどと同じように腰を落として構えました。
「モカよ、しっかりと念じておくように」
「はい!」
お爺様に言われ、私は必死に念じます。
硬くなれ~、硬くなれ~……お爺様の攻撃に耐えられるくらいに硬く、硬く……!
ついでに、少し重く重く……!
「ではッ、ゆくぞぉぉぉぉ――……ッ!!」
裂帛の気合いと共に、お爺様は大地を踏みしめます。その瞬間、地面が大きく凹みました。
「ズゥアァァァッァ――……ッッ!!」
ガントレットに包まれた腕が箱に当たり……そのまま振り抜かれます。
地面をめくりあげながら箱が浮かび、すごい勢いでお屋敷の方へと吹っ飛んでいくと――
ずがっしゃ~~ん!!
――派手な音を立てて、窓ガラスと壁の一部を粉砕して、家の廊下に転がりました。
「モ、モカちゃぁぁぁぁぁぁんッ!?!?
モカちゃんの箱よね? 中にいる? モカちゃん? モカちゃんってばッ!?」
その廊下からお母様の悲鳴が聞こえます。
……あ、なんかすごい誤解が生まれたような……。
「お父様ぁぁぁぁぁ――……ッ!?」
お母様が箱を掲げて、壁に開いた穴からこちらへと駆け寄ってきます。
「貴方、これ持っててッ!」
言いながらお父様に箱を手渡し――
「うわ結構重ッ!?
これで重量半分……!?」
……あ、すみませんお父様。
お爺様と向かいあった時に、元に戻してます。むしろ少し重めに……って、お母様ふつうに担いで来ましたよねッ!?
――お父様はそのまま押しつぶされてしまいましたが、お母様は気にせずにお爺様を指差しますッ!
「お父様ッ、庭や家の壁に飽きたらずモカちゃんまでッ!」
「いやモカならそこにおるが?」
――と、お爺様が私を示しましたので、私はお母様に手を振ります。
「あら? 中には入ってなかったのね?」
「お爺様が強度を確かめたいと言うので……。
さすがにどこまで耐えられるか分からない状況で中にいるのは怖いですから」
「無事なら良かったわ」
ほう――と安堵してから、お母様はキッと顔を鋭くしてお爺様を見ました。
「それはそれとしてッ!
お父様ッ、いい加減お庭や壁を壊すのやめてくださいッ!
ここはサテンキーツ家の実家ではないのですよッ!」
サテンキーツの実家なら良いのでしょうか?
「一応あれこれ気にしておるのだがな?」
「気にしてこれですかッ!?」
そう言ってお母様が示すお庭は――
振り下ろされた拳で箱がめり込んだことで、凹んだ穴。
ガントレットで箱が殴られた時、その衝撃でめくれあがった地面。
箱がぶつかって開いた建物の壁。
さらに廊下の反対側に箱がぶつかり凹んだ壁。
……うーん。これはひどい。
見なかったことにしたいところです。
「お爺様がくるたびに、庭師のノッキーが草葉の影で泣いているんですよッ!?」
「そう言われてもな……」
ノッキー……。
あ、本当に物陰からこちらの様子を伺いながら涙目になってますね……。
口論を始めたお母様とお爺様と、物陰で泣いているノッキーを横目に私は、お父様の元へと向かいます。
そして、お父様の上からひょいっと箱をどかしました。
「簡単にどかすね」
「どういう重量設定にしても私には問題ないようです」
「なるほど」
どかした箱を見ると、所々にヒビが入っているのが見受けられます。
直れ――と念じるとそれが消えていきますが……。
「むぅ、ヒビが入ってました。ショックです」
「お義父様の本気の一撃がヒビで済んでるのはすごいコトだからね?」
「そうかもしれません。でも、何というか……ショックなのです」
「自分の魔法に対するプライドみたいなものかい?」
「……そうかもしれません。なので次は負けません」
「その負けず嫌いは間違いなくサテンキーツの血だなぁ……」
などと平和的なやりとりをしていると、お母様とお爺様の口論は白熱。
ついに――
「何故常識がそんなに抜け落ちているのですかッ!?」
「常識に拘っていては新しいコトなど見えてこないであろう?」
「必要な場面では常識人の皮を被って下さいと言っているのですッ!」
お母様の両足に火が灯りました。
比喩でもなんでもなく、本当にお母様の両足が燃えています。
「じょーしき、じょーしきと、詰まらぬ貴族と同じようなコトを言うようになりおって……!」
「貴族としてではなく、せめて人の常識を身につけろと言っているのですッ、私は……ッ!!」
瞬間、お母様は地面を蹴って飛び上がると、足の炎をたなびかせつつ炎を浴びせるようにキックを振り下ろします。
「甘いわッ!」
お爺様はそれをガントレットで受け止め――
「甘いのは……お父様ですッ!!」
直後、ガントレットで受け止められていたお母様の足が爆発――実際は違うのでしょうがそうとしか見えません――しました。
「ぬぅ……!?」
それによりお爺様のガントレットが砕け散ります。
そのことに驚いた顔を見せるお爺様。
けれど、お母様は即座に動き――
「せいッ!」
驚いて動きを止めていたお爺様に、容赦なく燃えさかる足での回し蹴りで吹き飛ばします。
これもインパクトの瞬間に爆発が起こりました。
ゴロゴロと地面を転がっていくお爺様。
その時、火の粉が舞い、それが微妙に草花を焦がしていきます。
チラリと視線を向けると、ノッキーの顔がますます青くなっていましたが、見なかったことにしましょう。
転がり終えると、お爺様は即座に起きあがって大笑いをし始めました。
「はっはっはっはっは! 強くなったな、ラテ! だが――」
構えようとするお爺様。
そこへ――
「だが……ではありません!」
新たな声が現れると、お爺様の足を払ってすっ転ばせました。
「ぬ? おお、お前か!」
お爺様は自分を転ばせた相手を確認すると、上半身を起こし玩具を見つけた子供のような表情で告げます。
「久々に会ったラテは強くなっておったぞ! それに孫のモカの魔法もすごいのだ!」
「はぁ――……言うに事欠いて第一声がそれですか」
こめかみに人差し指を当て、沈痛な面もちでうめくのは、お母様そっくりの年輩の女性。
「お母様! 聞いてください!
お父様ったら、またうちの庭を荒らしたんですよ? しかも、モカちゃんの魔法の強度を確かめたいって理由で暴れて、その結果がアレなんです!!」
そう。ラテお母様のお母様。つまりは私のお婆様です。
まぁお爺様がいるなら、一緒にいるとは思ってましたけど……。
「いいですか。娘が住んでいる家とはいえ、結婚し嫁いでいる以上は人様の家なのです。自宅と違うのですから、もっと加減してくださいな」
「そんなコトより聞いてくれゼフェリカ! 孫の魔法はワシの本気に近い一撃に耐えてみせたぞ!」
「確かにその事実はすごいコトですが……他人の家に穴を開けたコトは、『そんなコト』で済ませられるワケがないでしょう!
どうして貴方は騎士や戦などの戦いが関わらない事柄に対してこんなにポンコツなのですかッ!」
お母様そっくりの怒り顔をするゼフィリカお婆様ですが、お爺様は気にした様子はありません。
その様子に腹を立てたのか、お婆様はお爺様の耳を握ります。
摘んでいるのではありません。あれは間違いなく握っています。
「ネルタ様。来て早々に大変申し訳ありませが、一度帰宅させて頂きます。
娘や孫と一緒にお茶でもと思っておりましたが、まずはこの馬鹿を檻に戻す必要がありますので」
「なんだゼフィリカ! 人を猛獣か魔獣のように言いおって!」
「どうせ常識なんて知らないなどと豪語したのでしょう?
人としての常識がないのであれば、猛獣や魔獣と何が違うのです!」
「お義母様……毎度のコトながら本当にお疲れさまです」
「この馬鹿が来るたびに、家や庭に穴をあけられている貴方様ほどではございませんよ」
お父様とお母様は盛大に嘆息し、その横でお爺様は喚いています。
こうして見ると、お爺様はすごい子供っぽいですね。
「ラテ、この人の後始末――いつもごめんね。
それからモカ。近いうちにちゃんとお茶でもしましょう。
その時には是非ともその不思議な箱について教えて頂きたいわ」
ゼフィリカお婆様はお爺様の耳を握ったまま優雅に一礼します。
そして、お爺様の耳を引っ張りながらズルズルと引きずって帰っていくのでした。
「お爺様って嵐のような方ですね」
「うちの庭や壁をなぎ倒していくという意味では確かにそうかな……」
「我が父ながら、本当にごめんねぇ……」
□
「――というワケで、後にも先にも……箱にヒビが、入ったのは……あの時だけ、です……」
話の途中からずっと笑っているサイフォン王子を見ながら、私はそう結びました。
「くくく……話は聞いていたが……とんでもない方だな……ッ!」
眦を拭いながらそううなずく、サイフォン王子ですが、笑いを堪えきれていません。
これはお話が完全にツボにはいってしまってますね。
そんな王子を見かねたのか、珍しくリッツが声を掛けてきました。
「発言、よろしいでしょうか」
「はい。何でしょう……?」
「モカ様の箱は、先代騎士団長の本気以外ではヒビ一つ入らない……というコトでよろしいのでしょうか?」
「少々違います」
リッツの疑問に、わたしはキッパリとそう告げます。
そう。実はちょっと違うのです。
「今の話の以後も……実は現在も時折、お爺様は強度を試しに来ます」
「おお! それは是非見たいな!」
「勘弁してください」
目を輝かせる王子に、サバナスが即座に却下します。
もはや芸術とも言えるタイミングでした。
王子の突拍子もない発言に、彼は少し馴れすぎではないでしょうか。
ともあれ――
「ですが、最初以外――私は一度も、傷ついていません。
先ほども言いましたが……後にも先にも、傷ついたのは……あの時、だけです」
ヒビが入ってしまったのが悔しくて、次にお爺様が来るまでの間にあれこれ試しましたしね。
今では、お爺様は勝手に家にやってくると、勝手に『箱』を外に運び出し、勝手に満足するまで殴って、飽きると部屋に戻して帰っていきます。
その間、基本的に私は箱の中で本を読んでいたり、調べ物をしてたりしているだけです。
……言葉にすると、お爺様の行動ってすごいアレですね……。
「ですので……いざという時は、盾にして頂いたり……遮蔽物がわりに使って頂いても、結構です、よ?」
「モカがそれで構わなくても、男としても騎士としても、ちょっとためらうかな……それは」
サイフォン王子はそう苦笑して、リッツへと視線を向けます。
それに、リッツも困ったようにうなずきました。
そういうモノなのでしょうか?
よく分かりません。
でも――
「だけど、それでも……本当に、イザという時だけは……ためらわないで、ください。
助けられる時に、助かってくれないと……何のための魔法か、分からないでは……ありませんか」
それは偽り無き本心です。
サイフォン王子に限らず、カチーナも、サバナスも、リッツも……ほかの騎士や侍従たちも……。
私を盾にすれば助かる場面で、ためらったからケガをした……なんてこと、私は嫌です。
「考えようによっては壁や盾を作り出す魔法と同じか」
「はい」
「……というワケだ。本当にイザという時は、モカの防御魔法を頼りにするように。
護衛対象の防御力がもっとも高いのであれば、それを利用して状況を改善する戦術を立てるべきだろうしな。
守るコトに固執して最善を見逃すようなマネはしないようにな」
サイフォン王子の言葉に、部屋にいた皆がうなずきます。
もちろん、皆はあまり良い顔はしませんが――それでも、そこだけは譲れません。
何とも微妙な空気が流れ出したところで、コンコンと部屋をノックする音が聞こえました。
「はい」
それにカチーナが応えると、ラニカの声が聞こえてきます。
「お嬢様にお客様がお見えになっております」
「来客中だとお断りは?」
「対応が終わるまで待つと言っておりまして……」
「相手はどちら様ですか?」
「……ナーウィン様です」
瞬間――王子サイドの皆さんが固まりました。
いえ、王子だけはとても良い笑顔を浮かべていますが。
「モカ」
そんな箱越しでも直視しづらいくらいキラキラした笑顔を向けないでください!
「ラニカ。
お爺様には、殿下と……お茶会中であると、伝えて構いません……。
その上で、いつもの実験は……殿下も立ち会いたいと、伝えてください……」
「かしこまりました。では失礼します」
下がるラニカを見送ってから、続けて私はカチーナへと声を向けました。
「カチーナ。お父様とノッキーに、いつもの……胃薬の手配を」
「かしこまりました」
一礼して了解するカチーナ。
そこへ、サバナスがおずおずと手を挙げました。
「その……大変申し訳ないのですが、その胃薬……是非とも私の分も手配して頂けないでしょうか」
「どうしたサバナス。胃の調子が悪かったのか?」
「ええ、実は――なのでよく効くモノを探しておりまして……。
気づけばすっかり、胃薬コレクターか胃薬ソムリエのようになっておりますよ」
わりと本気で心配している様子のサイフォン王子に、サバナスが若干皮肉交じりに応えていますけど……。
そんな風になっているのって、どう考えても……いえ、敢えて触れないでおきましょう。
「カチーナ。追加をお願いしますね」
「はい」
「ありがとうございます」
そうして、サイフォン王子立ち会いのもと、いつもの強度実験が始まるのでした。
いっさい傷つかない箱に、お爺様はいつものように悔しそうにしながら……王子は大変満足したように帰って行きます。
お爺様はいつものことですけど……。
王子には、もう少し心配してもらいたかったかなぁ……などと、思ったりしたのでした。
そして、ノッキーは今日もちょっぴり涙目になっていました。
あ、完全に余談ですが。
後日――サバナスから大変よく効く薬をありがとうございますと、お礼の手紙を頂きました。
定期的に購入したい旨も書いてあり、彼も苦労しているんだなぁ……としみじみ思う私なのでした。
すっかり報告を忘れていましたが
コミック版『箱入令嬢①』、重版されました٩( 'ω' )و
皆様のおかげです。ありがとうございます!