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【閑話】魔法考察と知恵の箱

 本編ではまったく表に出てこないだろう設定の話。

 いつもとは毛色が全く違う、設定を連ねるSSなのでご注意を。

 しかもここで出てくる設定はあんまり本編に顔を出すコトがないという、ただ作者が書きたかっただけというお話。



 こちらのお話は三人称となります。



 伝説において、概念属性と呼ばれる属性が存在する。


 それらは、地水火風のようなわかりやすい自然属性とは異なる、人の在り方を主軸に置いた属性といえよう。


 故に、魔性式でそれらの属性を授かると、成長の過程においてその概念を実行するに値する肉体や精神へと至るとされる。いわば超人化ともいえる凄まじい魔法属性だったと歴史書は語っていた。


 歴史書を読み解くだけだと分かりづらい面もあるのは確かだ。

 例えば、『勇気』の概念属性であれば、何かを実行するのに一歩踏み出す勇気が湧きやすいというような影響がある。

 その上で、肉体はその一歩を踏みだしやすく健康で強靱なものになりやすくなるし、精神も一歩踏み出す勇気を絶え間なく与えてくれるという。


 歴史において、『勇気』の属性を授かった者は、もれなく勇者と呼ばれるにふさわしい偉業を成したそうである。


 それだけ聞けば、素晴らしい力のように思えるのだが、時代とともに概念属性は廃れていく。

 概念属性を授かるに相応しい人間が減ったのか、はたまた女神の気まぐれか。


 いくつかある勇者伝説の一つに興味深い記述がある。

 その勇者伝説の主人公である『勇気』の剣士が率いるのは、『希望』の聖女、『正義』の騎士、『幸運』の狩人。


 その一人である『正義』の騎士――名をテジャス・イルネスト。

 彼は勇者と共に『破滅』の魔王を退治した後、祖国より指名手配をされたそうである。


 かの『正義』の騎士は、魔王討伐後、正義を成す為ならば人の世の(ことわり)を考慮しなくなってしまったと言うのだ。

 その結果、人の世においては罪に問われぬ者たちであっても、己が定めた正義に反した者であれば殺して回ったそうだ。それも老若男女問わず。


 概念属性を保有している者は、成長する課程において、概念属性を達するに相応しい精神へと成長する。

 その成長の過程において『正義』の騎士はまさに正義感溢れる好青年へと成長したとされているのだが――


 一方で、それは属性そのものが、概念を成すための精神構造を強制的に作り出している、あるいは改造しているとも言えるだろう。


 故に、魔王という分かりやすい悪を失った後、概念属性による影響で、テジャスは成すべき正義を見失い属性に振り回されてしまったとされる。


 その事件以降、歴史には滅多に概念属性が現れなくなったという記述を見るに、もしかしたら女神が概念属性を危険視し、発生確率を著しく下げたのではないかと考えられる。


 概念属性の発生率が下がったことで、魔王や邪王と称されるような悪しき存在もまた歴史に出現しなくなった。

 それは、彼らもまた『破滅』や『混沌』、『邪悪』のような概念属性に振り回されていたのかもしれない。


 そう考えた時、概念属性が伝説化したことは、今を生きる我々にとっては悪いことではないのだろう。


 これが歴史書であれば、ここで筆を置いても問題ないのだが、あいにくとこれは魔法研究の一環によって執筆されている本である。


 故に、筆者が懸念している事項についても、次章より記しておきたいと思う。



     ●



 モカ・フィルタ・ドリップスは、読んでいた本に栞を挟み机の上に置く。

 自身の『箱』魔法で作り出した箱空間の中においては、基本的に疲労とは無縁のはずなのだが、身体や目のこわばりを感じたのだ。


「それにしても……」


 軽く伸びをしながら、今まで読んでいた本へと視線を向けて、独りごちる。


「人の生き方や、精神の有り様を示した属性を……概念属性と呼ぶのであれば、私の『箱』はなんて分類されるのでしょう……?」


 魔性式で授かった時にも考えたことではあるのだが、改めて不思議に思う。


 木箱の中の冒険のように、箱の中で生活したい。煩わしい俗世から隔離されたいという願望。

 そこより生じた属性であるならば、『箱』もある意味では、概念属性といえるかもしれない。


 ただ伝説となっている概念属性の在り様を思うと――属性が精神に影響を与えるのではなく、精神が属性に影響を与えたという点では真逆である。


「あ」


 そこまで考えて、モカは小さく声を上げた。

 その考察が正しいかどうかはさておいて、一つの仮説が成り立ったのだ。


(属性は精神に影響する。精神は属性に影響する。

 もしかしてそれって、概念属性に限らず、あらゆる属性がそうなのでは?)


 精神と属性は相互に影響しあっている。いや、精神だけではなく、きっと肉体もだ。

 そう考えると、同じ『火』の属性でも『火の玉を作るのが得意な人』や、『火を放射するのが得意な人』などに別れるのも筋が通る。


 精神、それを用いる為の肉体。それらを総合し、もっとも相応しいものが得意の使い方となるのだろう。


 そして、魔法を鍛錬するに辺り、こういう形で魔法を発動したいと考え、鍛錬や研究を続けると、本当に思い描いた形での魔法発動が可能になるというのも納得だ。

 きっとそれは、思い描いた形で魔法を発動するのに相応しい、肉体状況、精神状況、魔力量に達したからなのだろう。


 ――で、あれば……。


(一般的な自然属性であっても、属性に精神が引っ張られて暴走するという可能性もゼロではない……?)


 確率は非常に低いと思われるが、ゼロと言い切れないことに不安を感じる。

 考えようによっては概念属性よりも怖いのではないだろうか。


(概念属性は、その属性通りの影響を精神ならびに人格に与えています。

 でも、自然属性などが精神や人格に与える影響とはどういうモノか、まったく想像できません)


 火のように苛烈。風のように優雅。

 そういう方向への変化が生じる可能性はあるが、それはあくまで人間が火や風を見て思いついた言葉でしかない。


(それでいくと、『箱』は私にどんな影響を与えているのでしょう?)


 そんなことが脳裏に過ぎった直後、途方もない悪寒に襲われて、思わず身を竦ませる。


(なんでしょう……まるで、何かから警告、されたような……)


 バクバクと不自然に高鳴り早鐘を打つ心臓。

 気がつけば呼吸も荒くなっており、喉が詰まる。


 それらが落ち着いてきた頃、『箱』の天面に、食事が置いてあるのに気がついた。

 メニューの内容から、夕食のようである。

 文字通り一息つこうと、モカはそちらに意識を向けた。


(そういえば、本を読んでいる時にお母様の声が聞こえたような……。

 まぁ持ってきたのが侍女でもお母様でも構わないのですけど)


 夕食を箱の中へと吸い込み、テーブルに置いた。

 それを食べながら、モカはぼんやりと考える。


(本を読むのは悪くはありません。

 でも、本だとどうしても限界がありますね……。

 家の本はほとんど読み終わってしまいましたし、侍女たちに図書館から本を借りてきて貰うのにも限界があります)


 もっと色々なことが知りたいのに、漠然とした限界が見えてくる。

 あるいは、外に出ればそれが得られるかもしれないのだが、今のモカには『箱』の外に出るという発想はほとんどなかった。


(知識を得る箱――知識の詰まった箱。のような箱って存在しないのでしょうか?

 使い方次第でこの世の全てを調べられるような……それだけでなく、この世界では知りようのないモノを調べられるような……そういう箱。

 うん、よし。ご飯を食べ終わったら実験してみましょう)


 さっきの悪寒のことなどすっかり忘れて、モカは機嫌良く夕食を口に運んでいく。


 夕食をペロリと平らげたモカは、軽く首を傾げる。何だか物足りなかったのだ。

 なので、紙を一枚手に取った。


(物足りなかったので次からはボリュームを増やして欲しい……とだけ書くのも味気ないですね。

 美味しかったですと、添えておきましょうか)


 食べ終わったお盆の上にそのメモも一緒に乗せて、『箱』の天面に戻す。

 あとは勝手に片づけてくれるだろうから、知識を得られる箱の研究を始めよう。


(イメージするにしても、イメージの元となるモノがそもそもないワケだから……)


 考えるべきは箱の形状ではなく、箱の機能。

 求める情報を訊ねれば、何通りもの多数の答えを返してくれるような……。


(そう、例えば花の名前を訊ねれば、その姿、植生、育成方法、薬効の有無など、数多の情報を答えてくれるような、そういう箱……)


 そのような都合の良い箱があるかどうかはわからない。

 あるいは、そういう存在があるのだと信じれば、そういう魔法が生成されるかもしれない。


 今日は失敗しても、何日も何週間も何ヶ月も何年も掛ければ、作り出せるようになるかもしれない。


 何度も繰り返し、失敗し、実験し――

 ある時、ふと……魔法の究極の一つを得たという感覚に襲われる。


 そうして、モカが望んだ通りの知識箱――実はこの世界とは異なる世界において、パーソナルコンピュータだとかサーバーだとか称される箱である――が、生み出されることとなる。


 どういう原理で、どうやって繋がっているのか不明ながら、モカが知識箱と名付けたその大きな箱は『知識の海』とやらから情報を引き出すことができるのだ。

 使い方を理解したモカが、より『箱魔法』に傾倒していってしまうのも、仕方のないことかもしれなかった。



     ●



 さて、これまでは概念属性が伝説化していく過程と、自然属性もまた、精神に影響するかもしれないという懸念について書いてきた。

 本書を結ぶにあたり、少しだけ毛色の違う話をさせて頂きたい。


 概念属性でも自然属性でもない、第三の属性分類。その話をしよう。

 概念属性と自然属性の存在は一般教養であるが故に、誰でも知っているだろうが、これより語る第三の属性分類は、保有者が非常に希有なのである。

 同時に観測された時期を思えば、比較的新しい属性ともいえる。


 筆者が調べた中、歴史上で初めてこの第三の属性が確認されたのはおよそ百五十年前。


 歴史の教科書などにも載っている女性なので、聞いたことのある人も多いだろう。

 その人物こそ『箱姫』ことモカ・フィルタ・ドリップスだ。


 また、あまり有名ではない男性ではあるが、モカと同年代の冒険者の中にも第三の属性を持つ剣士ユズト・クスノイが存在している。


 この二人の魔法に関しては特に共通点が多い。

 例えば『箱』あるいは『剣』を常時発動していたことである。二人の傍らには常に、『箱』や『剣』があった。

 もっともモカの場合は傍らにあったというか、彼女自身が『箱』の中に入っていたとされるが。


 だが、常時発動型という以外にも二人には共通点がある。


 それが魔性式。

 色々な情報を調べていくうちに浮かび上がってきた情報ではあるのだが、二人は魔性式において非常に具体的な願望を抱いていたそうである。


『出来る限り、人と関わらず箱の中で過ごしたい』

『斬れぬものなき、最強の剣士になりたい』


 それらが正しく女神に届いたのであろう。故にこそ、彼・彼女はその望み通りの力を得たと言える。

 故に私はこれらの特殊な属性を、『願望属性』と呼称することにした。


 願望属性は、魔性式の時点で『一定以上の魔力保有』『非常に具体的な魔法願望』『願望属性を授かるに足る器』などの条件を満たした時に、運が良ければ授かれるのではないかと推測される。


 だが、まだ推測の段階であり、確定ではない。

 より正しい情報を把握出来次第、論文を書きあげたいと考えている。だが完成したあかつきに、それを公表するかは迷うところだ。


 ともあれ、新しい魔法の考え方を提示したところで、今回は筆を置きたいと思う。

 また何か出版の機会があれば、皆様とお会いしたいところである。では。




『概念属性、自然属性。そして魔法が精神に与える影響

   ――著:テュルク・ブリック・ターキッシュ』



 本項に出てきたモカ以外のネームドは、本編においては名前どころかその存在の匂わせですら出番は無いかと思います。この場限り。


 なお、モカの感じた悪寒の正体は――


『おう。わりゃー、箱属性(わい)を手に入れる時に願ったんな? 家族や身内だけと過ごせれば良いってよぉ? んで? 今のわりゃーはどうよ? 家族や身内と過ごせとるんか? わいにゃそうは見えんね? あんまりに願望からズレたコトすんなら、ちょいとわりゃーの精神の浸食を始めさせてもろうから、覚悟しとき』


 ――という『箱』属性からの警告。あるいはモカ自身の無意識からくる自覚と自己嫌悪。はたまたその両方。


 なお、前者だった場合、その日の夕飯に感想とボリュームアップ要請のメモを添えたことで、許された。判定ガバガバである。

 加えて、前者だった場合、IFとして本編におけるママの泣き落としに応じなかった時に、本格的な箱による精神浸食を始まった模様。


 その場合、概念属性が伝説化して以降、初めての魔王へ至る未来が確定する模様。祝え!箱魔王誕生の瞬間である。ハロウィンのような与太時空のネタがシリアスなガチになる!


  ……自分で書いておいて何だけど箱魔王って何???



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