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【閑話】とりっく おあ とりーと ボックス

トリックオアトリートというコトで閑話を一つ。


本編のどの時間軸とも無関係な、与太時空のお話というコトで。


 サイフォンはそれを前にしてどうしたものかと考える。


 目の前にあるもの――


 それは、箱。

 箱である。


 いつもの見慣れた箱だ。


 自身の婚約者が入っている愛すべき箱。

 だが、今日は少しだけ様子が違う。


 箱の上。あるいは角と呼ぶべきか。そこに帽子が乗っている。黒い三角帽子。童話の魔女の類がかぶってそうなアレだ。


 とりあえず、どうしたものかと考えて、サイフォンは箱――の隣に控えている侍女のカチーナへと訊ねる。


 こっちもこっちで、犬耳カチューシャ――本人曰く狼らしいが――を付けているのだが、敢えて触れないことにした。


「ええっと、これは?」

「はい。ご説明いたします」


 何でも知識箱から得た新しい知識――お祭りの一つらしい。

 彼女の箱魔法の一つである知識箱は、そういう情報ももたらしてくれるのだとか。


 ともあれ、このお祭りというのは、大本は鎮魂を目的としたものであり、時代の移り変わりや変化による影響を受けた結果、カボチャをくり抜いて顔にしたモノを飾ったり、仮装した子供たちがお菓子を貰って歩く行事となったそうである。


 特に、仮装の多くはカボチャのお化けや、魔女、ミイラやゾンビといったおどろおどろしい系が主流なのだという。


 サイフォンはカチーナからそこまで説明を受けて、改めて箱――己が婚約者であるモカを見た。


 箱の上――というか角に乗った三角帽子。

 それこそ、即ち――


「なるほど、仮装か」

「はい」


 ツッコミ待ちなのだろうか?

 ……などと、一瞬思ってしまったが口にはしない。


「ところで、子供がお菓子を貰って回ると言っていたが」

「はい。ゆくゆくはこの国の行事として取り入れ、貴族・平民問わず子供達が楽しめる行事にしたいと、お嬢様はお考えのようです」

「ほう」


 仮装し、姿を変えるからこそできる交流の場――というのも確かに面白そうだ。

 そのまま、取り入れるのは難しそうなので、色々と検討する必要はあるだろうが。


「そこで、予行演習というワケではありませんが――サイフォン殿下に協力して頂きたいコトがございます」

「何だ?」


 ワクワクしているのを隠さずに問えば、カチーナはさらりと答える。


「子供の役をして頂いて、お嬢様に声を掛けて貰いたいのです。

 お菓子を貰うための呪文がありますので、それを唱えて頂ければ」

「ほほう。面白そうだ」


 それはもう言葉通り楽しそうなサイフォンに、カチーナはその呪文を口にする。


「それでは、トリックオアトリートと。

 お嬢様が知識箱より得たその呪文の意味は、《お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ》だそうです」

「なるほど、子供らしい可愛い言葉だ」


 愛らしいモンスターに仮装した子供達が、大人へとそんな呪文で呼びかける。

 その様子を想像すると確かに微笑ましいものだ。


「そういえばそのお祭りの最中の大人はどんな姿をしているんだ?」

「様々なようですね。子供たちと共に仮装する方もしれば、普段通りのまま子供の来訪に応えたり……」

「して、モカは?」


 少しばかりの期待を込めてサイフォンは訊ねる。

 できれば可愛らしい仮装姿がみたい。あるいは、自分の為に一生懸命仮装してくれているのであれば、どんな姿であっても良い。


 箱に乗った帽子を見れば、恐らくは魔女のように黒いローブを纏っているのであれば、その髪色が映えて美しいことだろう。


 あるいは、庶民間で流行る創作や演劇に出てくるような、悪の魔法使いという、貴族的にははしたない部類に入る露出度の高いモノであったとしても、それはそれで悪くない。


 サイフォンとしてはどんな姿であっても美味しいのだ。

 期待するなという方が無理な相談である。


「もちろん、仮装しております」


 いつもの澄まし顔のままカチーナがうなずくと、サイフォンは胸中で小さくガッツポーズを取った。


 好奇心と嫁(まだ婚約である。確定してない)の可愛い姿を両方堪能できるのであれば、これほど素晴らしいイベントはない。


 何せこちらは子供の役。

 お菓子かイタズラか(トリックオアトリート)の呪文を唱える側だ。


 どのような形でモカはお菓子をくれるのだろうか。

 いっそイタズラさせてくれる方向でもサイフォンは一向に構わないのだが。


 恐らくは仮装したモカが箱の上面から上半身だけだして、お菓子を差し出してくれるのだろう。


 もちろん顔を出すのも恥ずかしがる彼女のことだ。精一杯の勇気を出した愛らしい姿を見せてくれるに違いない。


 そんな期待を込めて、サイフォンはモカに向かって呼びかける。


「モカ、トリックオアトリート」

「サイフォン王子、お待ち……しておりました……」


 少しだけ弾んだモカの声。

 そして、黒い長手袋に包まれた腕が箱からにゅっと生えてきた。


 右腕と左腕。

 左腕にはバスケットが掛かっていて、右手でそこからお菓子が入っているであろう包みを一つ取ると、それを差し出してくる。


「…………」


 いや、分かっていた。分かっていたんだ。

 期待しすぎた自分が悪い。いや、だけど……。


 ……腕だけ、か。


 何とも言えないがっかり感。そして葛藤。

 僅かな時間の思案によって、敢えてお菓子を受け取らずにイタズラとしてモカをたぐり寄せるのは、一つの手なのでは? という発想がでてきた。


 黒い手袋をしているのだから、中でも黒い衣装で仮装しているはず。

 見たい。見たくないわけがない。


 そんなワケで、サイフォンはイタズラっぽい笑みを浮かべて、自分の要求というか欲求を口にしようとした時だ――


「…………」


 カチーナから圧を感じた。

 とてつもない圧だ。殺気ではないが、殺気に似ている。

 気の弱い騎士ならば、この圧だけで潰れてしまいそうな濃密な圧。


 その圧から感じる内容を言語化するのであれば――


《イタズラは許さん。菓子を取れ。菓子を貰う以外の選択は許さん》


 ――だろうか。


「……其方は、子供相手にもその圧を掛けるつもりか?」

「はて? なんのコトでしょう?」


 サイフォンは観念したような諦念したような心地で、モカが差し出すお菓子を手に取った。


「ありがとう、モカ」

「……その、箱のチカラを……借りたし、カチーナに……手伝って、貰ったとは……いえ、その……料理人、ではなく……私が、作ったモノ……ですので、お口にあうか……わかりませんが……」

「わざわざ自分で作ったのか?」

「は、はい……! そ、その……サイフォン殿下の為に、作って……みたいな、と」


 箱から生えた手をパタパタと動かしながら、一生懸命に話してくるモカ。

 そのいじらさにやられたサイフォンは口元を緩めながら、包みを解いた。


 中から、小さなクッキーが数枚出てくる。


「頂くよ」

「はい」


 それを一枚摘むと、箱の外に出たままの手がきゅっと握られる。

 箱と手袋から覗く白い二の腕は、恥ずかしいのか緊張か、やや朱が差し始めていた。


 自分の為に作ってくれたクッキーだ。

 無碍になどできるわけがない。


 緊張しているモカを横目に、サイフォンは一枚口に運ぶ。


 サクリという軽い触感と、ほのかな甘さ。

 無難に美味しいふつうのクッキーだ。


 当然、王城や公爵家に勤める料理人や、王都の一等地に店を構える料理人のモノと比べるべくもないものだが――


「うん、美味いな」

「ほ、ほんとう、ですか?」

「嘘をつく理由がないな」


 本心を言葉にしながら笑いかければ、モカの両手からチカラが抜けていくのが見てとれた。こちらの言葉で安堵したのだろう。


 ――それでも、モカが作ってくれたというだけで、なにものにも代え難いものがある。


 モカが作ってくれた。

 それだけで、サイフォンからしてみれば下手なごちそうよりもごちそうだ。


「トリックオアトリートと、呪文を唱えないとこれは食べられないのか?」

「え?」

「貴族令嬢が料理なんてはしたない――と言われることもあるだろうが、俺は気にしない。むしろ作って貰えるのはとても嬉しいからな。

 何より箱の中ならこっそり作るコトだってできるんだろう?」


 そう言えば、モカとて意味を理解できるだろう。


「えっと、それは、その……」


 手が一度箱の中へと引っ込み、今度は上面の縁を掴むように現れる。

 すると、そこから恐る恐るといった動きで、モカの顔が目元まで現れた。


「また、食べて……貰えるの、です……か?」

「もちろんだ。君に作って貰えるなら大歓迎だ」


 嬉しそうに目を細めるモカ。

 それを見ながら、サイフォンは箱の角にかぶせられた三角帽子を手に取ると、それをモカの頭の上に乗せる。


「サイフォン王子?」

「せっかく仮装しているようだし……是非、仮装した姿も見せてもらいたいところなんだが」


 サイフォンが帽子をかぶせたせいで、その言葉に対する表情の変化は分からなかったのだが、モカは無言のまま箱の中へと沈んでいった。帽子も一緒に。


「その、それは……ええっと……」


 嬉しそうな、だけどか細いそんな声が、箱から聞こえてくる。


 そんなモカを困らせないように、サイフォンは告げた。


「無理にとは言わないよ。また次の機会で、構わない」

「は、はい……。ら、来年の、ハロウィンには、がんばり……ます……!」

「では、来年を楽しみにしておくとしよう」


 来年見られないならそれで構わない。それならそれで再来年を楽しみにすればいいだろう。

 それでも見られないならば、さらに次だ。


 楽しみを続けられるのであればそれでいい。

 それが続いていくのであれば、自分たちの関係もずっと続けていけるのだから。


「次はこちらが待ち受ける方でもいいかもしれないな。

 どこか町外れに塔でも建てて、待ちかまえるのも悪くない」

「魔王にでもなるおつもりですか?」


 カチーナのツッコミに、サイフォンは本心からとても楽しそうに応える。


「それはそれで面白いかもしれないな」 

「その時は……私も、一緒に、塔の天辺に……いたい、です」

「うむ。魔王夫妻として共に勇者を待ちかまえるとしよう」

「トラップとか……仕掛け、たい……です」

「お! それは悪くないな! 凶悪なやつがいい!」


 そんな話題を喜々として交わし始めるサイフォンとモカを見ながら、カチーナは小さく嘆息する。

 この二人なら、それはそれでやりかねない――と。


 そのまま二人で楽しそうに雑談する様子見ているうちに、カチーナの嘆息混じりの困り顔は、やがて微笑ましいものを見るような――妹を見守る姉のようにも見える――顔になっていくのだった。



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[一言] 箱の仮装が増えそう
[一言] 素敵なお嫁さんですね(どっちも)
[一言] 魔王夫婦やるときはよりオリジナルに戻ってカブのランタンで 非常に可愛くないどころか不気味だから
感想一覧
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