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【閑話】ある日の休憩時間の些細な話 - カチーナ -

【宣伝】本書の書籍版『引きこもり箱入令嬢の婚約』発売中です٩( 'ω' )و


発売のタイミングから少し遅れてしまいましたが

発売記念のSSというコトで、カチーナ視点でひとつ


同様にコミカライズ連載開始記念もやりたいので、

近いうちにもう1話くらいやりたいところ…


何はともあれ、カチーナ視点の閑話、スタートです٩( 'ω' )و



 その日は、別に何か特別な日だったわけではない。


 休憩時間のちょっとしたひととき。

 その時の些細なやりとり。ただそれだけだ。


 それでも、私――カチーナ・キマリア・ロジャーマンに初心を思い出させるには充分な出来事だった。




「カチーナさんって、お嬢様のコト好きすぎますよね」

「はい?」


 ランチには少し遅い時間帯。

 業務のローテーションや、その時々の状況によっては、遅めに入ることとなる休憩時間。


 どちらかといえば、おやつ時に近いその時間。

 偶然、休憩のタイミングが重なった後輩――ラニカ・ラグア・パニカージャの言葉に、私は昼食に用意されたシチューを口に運ぶ手を止めて、目を瞬いた。


「えっと、すみません。

 何となくそんな風に思ったもので。

 カチーナさんって、お嬢様付きである以上にお嬢様のコトが好きなんだなぁ……って」


 止まった手を再び口へと運び、シチューを嚥下してから、私は小さくうなずく。


「ええ。否定はしません。

 私は――お嬢様に忠義を誓い、お仕えするコトこそが、生まれてきた理由であると思っておりますので」

「……えぇ……」

「なぜ、やや引いたようなリアクションをするのです?」


 何それ重い――と聞こえないような声で呟いたの、ちゃんと聞こえてますからね?


 でもラニカは、自分の呟いた言葉なんてなかったかのように座りなおす。


「どちらかというと騎士っぽい気がするなーって」


 シチューに入っている大きめの人参を脇に除けながらそう口にするラニカに、私は首を傾げる。 


「どうでしょう? 自覚はあまり無いのですが、私のコトをそう称する方々が少なからずいるのですよね」

「恩義を忠義へ変えて返しているとか、そんな感じですか?」

「はい。そんな感じです」


 恩義を忠義に。

 なるほど、それは確かにあるかもしれない。


 自分の中にあった感覚が、しっかりと言語化されたような感じだ。

 これはラニカに感謝するべきだろう。


 だから――というわけではないけれど、ちょっとだけ過去を口にする。


「……本邸の方の古株のみなさんは知っていますので、別に隠す必要がないので話しますが――私、孤児なんですよ」


 実際のところは野生児――が一番近い表現だろう。

 どっちが良いというワケではないが、風が吹き込み雨漏りするボロ屋のような孤児院も、あの生活に比べれば何倍もマシだと思う。


 ――そのことをラニカには言うつもりは無いけれど。



 ただちょっとだけ、記憶の蓋が開いた――


 幼い頃に森の奥深くに捨てられた私は、お嬢様と出会うまでずっと森の中で生活を続けていて……。


 少なくとも数度は夏を乗り越えた時――紆余曲折の末にお嬢様に出会って……。


 森で生活するようになってから最初に聞いた声はお嬢様の声だっと思う。


『貴女、お名前は?』


 それが人の声であり人の言葉であると理解するのに時間がかかった。

 まるで久々の人間との関わりを、人間の声を耳朶が味わうかのように、ゆっくりと、浸透していき――


『カ、チーナ……』


 私は、唐突に自分の名前を思い出した。

 同時に自分の名前すら忘れかかっていたことに愕然とした。


 名前に思い入れがあるわけではない。

 だけど、自分の名前を忘れかかっているという事実は、意外なほどショックが大きかったのだ。


『カチーナ、です。

 わたし、なまえ、カチーナ……カチーナです……』


 だからだろう。

 突如として溢れ出した涙を拭うこともせず、私は何度も何度も自分の名前を口にした。

 家名に関してはついぞ思い出せなかったけれど、だけどそんなことは問題ではない。


 私にとって、自分(ひと)自分(ひと)たらしめる最後の拠り所が、名前だったとも言える。


 突然、泣き出した意味不明の小汚い人間。

 お嬢様から見ればきっとそうだっただろう。

 だけど、お嬢様は箱から出てくると、泣きじゃくる私の頭を抱きしめた。


 まだ小さかった身体で。

 精一杯、私を慰めるように、私を守るように。


『だいじょうぶ。もう、だいじょうぶ。だから、いっぱい泣いていいからね。泣いて泣いていっぱい泣いて、まんぞくしたら……これから、どうするか一緒に考えよう?』


 どうしてお嬢様がそんなことをしてくれたのかは分からない。

 だけど、その瞬間、私は間違いなく救われた。


 大声を上げてわんわん泣いて、気が付けば意識を失っていて――


 次に目が覚めた時は、見知らぬ家のベッドの上。

 何が起きたのか戸惑っているうちに、身を清められ、服を着せられ、食卓に着かされた。


 四歳下のお嬢様。

 まだまだ小さく、幼かったはずのお嬢様は、だけど私よりもずっと大人びていて――


『さぁ食べてカチーナ。食べおわって元気になったら色々かんがえましょう』


 あの時、泣きながら夢中で食べた食事の味は、今でも忘れられません。


 そして――その時に私の心は定まったんです。

 一生をかけてでも、この恩を返したいと……。


 それが始まり。

 それが私の根幹。


 ――初心を改めて思い返しながら、私は小さく微笑む。


「心身ともに疲弊しきって倒れていた私に手を差し伸べてくれたのがお嬢様なんです。

 ……ふふっ、私の出身が平民以下だったからガッカリしました?」

「いえ。そういうのわたしは無いので。

 むしろそこからここまで出来る人になってるんだって知れて、益々尊敬しましたッ!」

「ラニカ……」


 生まれで見下してくるような人のいない職場だと分かってても、やはりこういうことを口にされると、ちょっと嬉しくなる。


「あれ? でも、カチーナさん。ロジャーマンって……」

「養子です。当時、子宝に恵まれていなかったロジャーマン家のご夫妻――つまり、今の両親が引き取り、育てて貰いました」


 そしてロジャーマン家は優秀な従者を輩出する家系だ。

 お嬢様に恩を返したい、今後の人生の全てをお嬢様に捧げても良いと考えていた私にはとても都合が良かったとも言える。


「じゃあ、生まれはともかく、今のカチーナさんはロジャーマン家のお嬢様なんですね?」

「一応、まぁ……。

 子供は養子である私だけなので、お義父様が引退するとなると、家を継ぐコトになりそうで……ちょっと困ります」

「確かに女性主人っていうのは珍しいですしね。大変そうかも」


 ラニカはそんなことを言うけれど、個人的にはそこまで大変とは感じてないかもしれない。


 時々実家に顔を出した時、お義父様の書類仕事を手伝ったりしますけど、そんなに大変だと思わないのだ。


 家で、お義父様を手伝う人たちが優秀だっていうのも、あるだろう。


 それに、お嬢様の次くらいに恩義のある両親から、ロジャーマン家の当主をして欲しいと言われれば、やることもやぶさかではない……。


 やぶさかではないけれど……。


「ラニカの言うことも多少はあるのですが、その……何と言いますか……」


 シチューに残った最後のジャガイモのカケラを食べてから、ラニカに答えます。


「家督を継ぐと――お嬢様にお仕えできなくなりそうで」

「なるほど、そういう……」


 何だかラニカから妙に呆れられたような目を向けられた。


「カチーナさんなら両立できるんじゃないですか?」


 知らんけど――という声が語尾に聞こえてきた気がしたのはさておき、ラニカが悪くない提案をしてきたので、私は笑みを浮かべる。


「その手がありましたか」

「正気です?」

「正気ですし、本気です」

「もしかして、わたし……ダメな火の付け方しちゃったッ!?」


 ラニカが何か言っているようだけど、問題はない。

 先が分からなかった譜面に、ようやく音が乗ったようだ。


 それを認めて貰うためには、お義父様とお義母様を説得し納得させる必要がある。

 だけど、きっと大丈夫だ。

 主であるお嬢様と同じように、両親へ真っ直ぐに思いをぶつければいい。


 課題が出されたのであれば乗り越えればいい。

 お嬢様に対して、逃げずにがんばって欲しいと背を押している私が、逃げる訳にはいかないのだから。




 休憩時間のちょっとしたひととき。

 その時の些細なやりとり。ただそれだけだ。


 それでも、私――カチーナ・キマリア・ロジャーマンに初心を思い出させ、そして未来を奏でる音を見つけさせるには充分なできごとだった。



 

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[良い点] カチーナとんでもない傑物やな [一言] まぁ、お飾りの婿養子とかに、実家を押し付けない分いいんじゃないかな 知らんけど
[一言] 書籍化してるなら買うしかない イラストが綺麗で良いね 馬の被り物がリアル路背だとは思わなかった
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