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第6箱

本日3話公開。

こちらは本日3話目です。


 最初にこの本を手にした記憶は――どこだったか……確かお父様に、何度目かの社交に連れていかれた時だと思います。


 今ほど酷くないとはいえ、当時から私はあまり人と関わるのが好きじゃなかったのは間違いありません。

 とはいえ――自分で言うのもなんですが――当時の私はいわゆる聡明な子供というやつで、同世代に比べれば社交の経験も、立ち回りも、上手かったんじゃないかなと、思います。


 ……正直、今の私よりは確実に上手だったはずです。


 ただ、その社交経験というのが大変問題でした。

 ようするに、お父様やお母様が私を連れ回したという話なのですから。


 社交の場で教えられた通りに挨拶をすれば、可愛いとか良くできた娘だなどと、ニコニコと褒めて貰えます。

 幼心としてそれが嬉しかった時期もあります。


 ですが、ある日の社交の際――

 お手水に行きたくなって、その時に付いていた侍女と一緒に、場を離れた時のこと。


 用を済ませて外に出ようとした時、廊下の方から声が聞こえてきたのです。


「ドリップスの当主か。次期宰相候補筆頭らしいが、目障りだな」

「娘は娘で不気味でしたね。大人の対応というものをあの年で心得ている。しかも作られたようにニコニコとしている様子は人形のようで空恐ろしかったですよ」

「だが間違いなく優秀な娘だ。鬱陶しいほどにな。成長したら父親同様に目障りな女になるだろう」

「家格を考えれば、どちらかの王子の元に行くかもしれませんしね」


 男性の声が二つ。

 その後も、私とお父様の悪口を言いながら、男性用の手洗場へと入っていくのでした。


 向こうはこちらに気づきませんでしたが、私は手洗場の入り口の影からはっきりと二人の顔が見えました。


 ニコニコと優しそうな笑みを浮かべながらお父様とお話ししていた人たちです。

 私のことも可愛いとか、良くできた娘さんだとか褒めてくれていたはずなのに……。


 今の顔は、とても恐ろしい悪人のような表情をしていたのです。


 再び会場へと戻り、お父様の近くでおとなしくしていると、さきほど手洗場で出会った二人組の片方がやってきて、ニコやかに話かけてきたんです。


 それ以来、私は人と話をするのが怖くなりました。

 ニコニコしてても、何を考えているか分からない。


 鬱陶しいとか目障りだとか、そんなことを考えながら、ニコやかにフレンドリィに会話を弾ませる。

 そんな彼らの姿が、とても恐ろしいモノとして私の記憶に焼き付いたできごとです。


 そして、その帰り道にお父様が、あの男の人のことを「阿呆みたいに愛想良く近づいてきて、鬱陶しい」とか「ことごとく邪魔してきやがって……」などと愚痴っていたのを見て、私は気づきました。

 あの場のように笑顔でニコやかにやりとりする裏で、本音の部分はまったく別にあるのがふつうなのだ、と。


 当時はちゃんとした言葉がわかりませんでしたが、今ならば言えます。

 要するに、本音と建前というやつです。


 子供心に、そんな大人たちの姿がとても恐ろしく、同時にあんなやりとりが日常となるのが大人になるということという現実に、完全に気後れし、とにかく絶望したのを覚えています。


 それでも、社交の場で泣きわめいたりせず、大人しくしていて、挨拶されれば拙くも挨拶を返し、人の顔と名前を何とか覚えられる。

 そんな子供となれば、将来的につきあっていくだろう人たちに対して顔を覚えてもらう為に連れ回したくなるのが親というものなのでしょう。


 あるいは、親ではなく貴族――というべきかもしれませんが。


 どちらであれ、連れ回されても、基本的に大人しくしている私ではあったけれど、お父様からすると、子供に無理をさせてしまっていると、そう感じていたのかもしれません。


 だからある日――


「モカ、お前にとっては面白くもない社交に、毎度毎度付き合ってくれているコト感謝する。

 庶民の子供の間で流行っているという本だ。家にある難しい本を読んでいるお前には幼稚な内容かもしれないが、まぁ受け取ってくれ」


 そう言って、本をプレゼントしてくるくらいには。

 この本を選んだのも、本が好きな私へ、小難しくない子供向けの本を――と考えた結果だったのでしょう。



 それが、この本との最初の出会い。


 以来、私はこの物語のファンとなり、そして――今まで以上に、本が好きになっていくこととなるのです。

 どのくらい本が好きかっていえば、それはもう……人と会話するくらいなら本を読んでいたいと思う程度には、です。



 そんな私の人生の転換期の一つともいえる『木箱の中の冒険』との出会い。

 それに加えて、もう一つ――転機となる出来事があります。




 それは――この国では七歳になった子供は身分問わず全員が参加することとなる、魔性式の日のことでしょう。




 魔性式は、季節ごとに催されます。

 七歳の誕生季に、子供たちは最寄りの教会の礼拝堂へと集まるのです。


 ただ貴族の子供は最寄りの教会ではなく、王都にある大きな教会へと集まるのが慣習であり、当然、私も例外ではありませんでした。


(領都の教会ではダメなのかな?

 わざわざ馬車に揺られて王都まで行く必要あるの??)


 当時の私はそんなことを考えていたと思います。


 ましてや、その場に集まってくるのは見知らぬ貴族の子供たち。

 知らない子たちと一カ所に集まるなんて、正気の沙汰とは思えない――などと、考えてもいました。


 そんな私の態度は、いわゆる反抗期というモノとして分類されていたんでしょう。

 両親は戸惑いながらも、あれやこれやと私を説得して、馬車に乗せていたのを覚えています。


 とはいえ、私の不機嫌っぷりに思うことがあったのか、お父様は馬車の中で私に一冊の本をプレゼントしてくれました。


「これ、『木箱の中の冒険』の、新しいお話ッ!?」

「ああ。これをやるから、魔性式には素直に出席してくれないか」

「わかりましたッ!」

「良かったわね。モカちゃん」

「うんッ!」


 我ながら現金なモノだと思いますが、嬉しかったのは間違いありません。

 あの時ほど、馬車に酔わない体質であった自分に感謝したことはありませんね。

 受け取るなり、馬車の揺れなど気にせずに読み始めたのを覚えています。


「モノで釣るようなコトは控えた方が良いと言っていたのは貴方では?」

「そうなのだがな――今回くらいは良いだろう?」


 読み始めるなり集中しだした私には、そんなやりとりをしていた両親の声など、聞こえてはいませんでした。




 お父様からは、魔性式の間は本をお母様にでも預けておくようにと言われたのですが、私は手放すことはせず、そのまま抱えて礼拝堂へと向かいました。


 魔性式は、魔法を授かる儀式であると同時に、初めての親のいない社交の場でもあります。


 もちろん、すぐそばで保護者や従者たちが控えているのですが、子供たちからは見えない場所での待機となるのです。


 七歳といえども貴族。

 それなりに躾けられた子供たちは、拙いながらも貴族らしく振る舞います。


 もっとも大人のように感情や表情など取り繕える子供はそう多くはありませんが。


 そんな魔性式ですが、


 お父様からは――


「子供の背後には必ず親の思惑があるものだ。

 だが、参列者の家名が伏せられる魔性式ではそこまで警戒する必要もないだろう。お前は、いつも我々に付き合って社交の場にいる時の通りに振る舞っていればいい。

 お前ほどの振る舞いが出来る子供は少ないだろうから、余計なものに巻き込まれるコトもないだろう。

 それに、あくまで子供の社交練習のようなモノだからな。子供同士のやりとりの結果に対して、家の名前を前に出して喧嘩するようなコトも、基本的にはない。そもそも家名を出すことは魔性式においてはマナー違反だしな。

 顔見知りに挨拶を終えたら、部屋の隅にでも行き、自分の名前を呼ばれるまで大人しくしていても構わない」


 ――そう言われていました。


 

 実際、私もその場において、お父様の言葉に納得する部分もあったのですが、少々甘く見ていた部分もありました。


 私だけでなく、お父様も含めて、ですが。



 魔性式において、貴族としての序列は無視されます。

 これは、天愛教において、魔法とは神によってもたらされる奇跡のチカラの一部とされている為です。 


 神からしてみれば、人間の身分は関係のないモノ――という考え方ですね。


 その為、参加者がランダムに名前を呼ばれるので、一番階級の低い家柄の子が最初で、王族が最後となる可能性があるのです。


 貴族の序列の話をするならば、身分の上のモノから順番に――となるのですが、そうはならないのが、魔性式なのです。


 そして、魔性式の呼ばれる順番がランダムであるというのは基本的に両親や侍従たちから教えてもらうはずなのですが、すっかり忘れてしまっている子がいるのも不思議ではなく……。


 それこそが、当時の父と私の誤算でした。




明日からは2話ずつ更新予定です。

次話は13時頃に公開予定。

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