第59箱
婚約編の最終話となります
ちょっと長いですが今回も分割なしです
勢いと雰囲気が大事にすると、切る切れなかったので
王城にある、王子の婚約者用の一室。
登城の際には自室として使用してよいとあてがわれている部屋。
そんな部屋の片隅に、不釣り合いな大きな木箱が一つ置いてある。
それを見ながら部屋に配置された侍従たちは、失礼にならないようにそれに注目していた。
(本当に箱だ……)
(本当に箱なのね……)
(実際、箱だったのか……)
(何で誰もツッコまないんだ……)
バルコニーでのインパクト抜群の登場を見たとはいえ、間近で見るのが初めてである者たちは、困惑が強い。
一方で、見慣れ始めてきた第二王子サイフォンのお付きたちと、その婚約者モカのお付きたちは、気にもとめない。
とはいえ、当の本人たちの姿はなく、またモカのお付きの一人であるカチーナの姿もない。
「ああ……カチーナがいるとはいえ、お二人で『箱』の中にいるなど……」
「サバナス。落ち着いてください。これで三度目です。
今回はカチーナが一緒に中にいるのですから、むしろ前二回より安心ではないですか?」
「それは、そうですが……」
心配性なサバナスと、それを宥める騎士のリッツ。
二人のやりとりが示す通り、彼女たちは今、その『箱』の中にいた。
…
……
………
私とサイフォン王子は、今、『箱』の中にいます。
朝の開会の挨拶にはじまり、そこから二人が今日に必要なことを終えたあとこの部屋へとやってきて休むことにしたのです。
正しくは部屋の中に設置した『箱』の中で、ですが。
『箱』の中にあるメインルームにテーブルと椅子を用意した私は、サイフォン王子と隣り合って座っています。
最初はテーブルを挟んで向かい合うつもりだったのですが、椅子を用意する時にサイフォン王子が隣に来て欲しいと望んだのです。
……少し恥ずかしいですが、同じくらい嬉しいです。
私と同じくらい箱の中に馴れているカチーナによってお茶が用意され、王子は一度それで喉を湿すと、口を開きました。
「今回の挨拶の件で、君に謝らないとならないコトがある」
「はい……? なんでしょう?」
隣にサイフォン王子がいるというだけで、ドキドキと心音が高鳴っている私は、それでも極力それを表に出さないようにして、首を傾げます。
必死に平静を装っている私の姿に、カチーナは優しげな笑みを浮かべて見守っているようです。
もっとも、私自身はそれどころではなく、まったく気がついていないのですが。
「まぁ、なんだ……」
歯切れの悪いサイフォン王子は、頬を軽く擦りながら、僅かな間、視線を私から逸らしていましたが、やがて意を決して視線を向けてきました。
「実は早い段階で、母上から『箱のままでいい』という言質を取っていたんだ」
「え?」
「悪いと思っているんだが、母上から言われてな。
箱から出られるにこしたコトはない。だから、ギリギリまで『箱のままで良い』という話は伏せておいて欲しい、とな」
私としては色々と言いたいことはあるのですが、サイフォン王子――というよりもフレン王妃――の言いたいことも分かるので、何とも言えません。
とはいえ――
「さすがに、ギリギリも、ギリギリ……すぎです。
当日の、控えの間に……まで、話して貰えない、というのは……」
これに関しては私としても文句が言いたいところです。
最後の最後まで、本当に生身で出なければいけないのだと思って、必死に自分の心と戦い続けていたのですよ。
それでも、自分の心の決着が付かなくて泣きそうになっていて……。
どうしようっていう時に、フラスコ王子とヒアッサ侯爵が来て……そして、箱にメモが投げ入れられて……。
こうやって思い返すと、さすがにちょっとギリギリすぎません?
「それに関しては我ながら反省している。
先ほど、父上と母上から、小言を貰った」
ただ、珍しくバツが悪そうな顔をするサイフォン王子を見ると、許しても良いかな――などと思ってしまいます。
「ただまぁ、挨拶はしなくて良かったのだ。それで許してくれ」
「わかりました」
我ながらサイフォン王子に甘い――と思いつつも、私自身それでもいいかな、と思ってしまっていたりします。
だから――というワケではないのだが、私は別の話題を切り出しました。
「それに……しても、殿下はサクラを、用意なさって、いたのです……か?」
「君のイメージアップは急務だったからな。
宰相も用意していたみたいだぞ。ヒアッサ侯爵も、な」
こちらが話題を変えたことに安堵しつつ、王子はその話に乗ってうなずきました。
「侯爵は、上手く……いかなかった、ようですが」
「さすがにヒアッサ侯爵が倒れた時は驚いた」
ふっ――とサイフォン王子は笑います。
「え? あれは……狙って、いたのでは……?」
「実はまったくの偶然だ。
正直、君のイメージアップが優先で、それ以外はどうでもよかった」
そう口にする王子の様子は嘘を吐いているようには見えません。
「でも、利用は……しました、よね?」
「利用しない手はなかったからな。
今日は残暑が厳しい日だった。だからバルコニーで誰か倒れてくれるとありがたい……とは思ってはいたのは事実だ。
可能なら、兄上かヒアッサ侯爵辺りが良い……程度のコトは考えていたが、実際にヒアッサ侯爵が倒れたので、さすがに焦った」
とはいえサイフォン王子のことです。誰が倒れようと上手くやったことだとは思いますが……。
あの場にいた陛下やお父様も、何かあればそれをフォローしたに違いないでしょう。
「そのヒアッサ侯爵は……大丈夫でした、か?」
「大丈夫だ。軽い症状だったので、もう復帰している」
「そうですか」
「しかし、どうしてあの場でヒアッサ侯爵だけ倒れたのだろうな。確かに暑くて大変ではあったのだが……」
「それは……ヒアッサ侯爵が、黒を好んで……いたからでしょう。
黒という色は、夏の暑さを……いえ太陽の熱を、ため込みやすい……そうです、から」
「そういうコトか」
偶然とはいえ、今日の日差しの強さが、黒い服を好むヒアッサ侯爵に影響を与えてしまったのでしょう。
うなずきながら何か考えているサイフォン王子を見ながら、侯爵がとりあえず無事であったことに安堵します。
「そういえば……侯爵ですけど、何か……企んで、いる……様子は、ありました……よね?」
私がバルコニー前の控えの場で話をした際、その別れ際の様子を思い出して訊ねれば、王子もうなずきました。
「さっきも言ったが、実際、観衆の中にサクラが仕込まれていた。
ただそれだけだと、彼にしては温すぎる手だ。何か別の仕込みがあったのかもしれないが……」
「もしかして、彼が……倒れてしまって、それどころでは……なくなった……?」
「かもしれないな。実際、何か起きた様子もない。
結果的に、全てを君のアピールに利用できたのだから、悪くない結果になったと言えるだろう」
ヒアッサ侯爵が倒れずに、策が実行された場合、こんなに上手くいかなかったかもしれません。あるいは、観衆や貴族内の心証が悪くなりすぎて、婚約すら危うくなっていた可能性もあるでしょう。
「そう、ですね……」
不安に囚われそうになるりますが、結果は上手くいったのだと、私は胸中で頭を振ります。
偶然であれなんであれ、その策は使われなかったのです。
ならば、素直に喜ぶべき……ですよね。その為に、サイフォン王子が立ち回ってくれたのですから。
「褒められすぎて、恥ずかしくて……死にそうだった、コト以外……は」
恥ずかしすぎたのは確かです。とはいえ私もそれが必要なことであったのは理解しています。
箱のままであれ、生身であれ、印象があまりよくないのは間違いないのですから。
頭が良いことや情報収集が得意なことなどは、挨拶の場では分からないですしね。
口でどれだけ言おうとも、能力というのは目の当たりにしなければ分からないことも多いもの。
箱のままであった場合はもちろん、生身で出てたとしても、俯き気味でたどたどしく喋る姿は、あまり良い印象にはならなかったことでしょう。
だからこそ、王子はあの場で、私が有能であることを示すことにしたのです。
「君を恥ずかしがらせてしまったのは詫びよう。
とはいえ、君の印象を一気に変えるには、良いチャンスだったのだ。
今回の挨拶の際によろしくない印象が付いたまま終われば、今後ともずっとその印象がついて回る。
俺の相手が誰であれ、結婚そのものが気に入らない勢力からして見れば、その印象は武器になるしな」
王子の言う理由も、正しく理解しているつもりです。
だからこそ、恥ずかしくて死にそうだったこと以外に文句はありません。実際それだって、別に王子を咎めるような気はなく、何となく口にしただけですから。
「そういう意味では、本当に侯爵には感謝している。
サクラだけでは効果が薄かっただろうが、サクラがいたからこそ、モカと冷温球のアピールの効果が高まったとも言えるしな」
だからこそ、自分の息の掛かった平民たちに、挨拶の場で拍手や声援を送ってもらったのだ――と、王子は笑います。
王子としては自分がお忍びで出かける時のツテを使ったのだそうです。 お父様は恐らく、密かにつながりを持っている酒場のマスターでしょうか。
そうして、そこから色々広がっていったようで……結果的にどこまで協力者が広がっていったかは分からないそうですが。
「そう意味では、君が箱から冷気を出せるというのは渡りに船だった」
「結局、冷温球の……出力調整は、間に合いません……でしたからね」
私の上に乗せた冷温球。実は起動していなかったのです。
起動すれば、フラスコ王子に言った通り、部屋を凍らせるぐらいパワフルな冷却力を発揮するシロモノでしかありませんでしたので。
それを箱の上に乗せ、私が『箱』から冷気を放つことで、さも機能しているように見せた――というのが真相です。
「そう、いえば……どうして、フラスコ殿下を、指名……されたの、ですか?」
「兄上は横柄で乱暴者という印象が強いのは知っている。だが、素直で純粋な面もあるんだ。
だから兄上が素直に関心し、欲しいと思えるモノであれば、忖度なしに賞賛してくれると、そう思った」
だから――あの場での兄の発言は、全て本心である……と、サイフォン王子は告げます。
「暴君のような、噂の……ある人だから、素直に……賞賛する品物が、どれだけ……すごいのかも、アピールになる、と?」
「否定はしない。兄上の性格と評判を利用したのは確かだからね」
だが……と、サイフォン王子は苦笑します。
「それでも、素直に評価してくれたコトに関してはお礼をするつもりだ。
完成品に関しては、兄上にもあげる予定ではいるよ」
私からすると、控えの場で見た時は、あまり仲の良くない兄弟のようでしたけど……。
だけどそれでも、この場で苦笑混じりに感謝を口にするサイフォン王子の様子を見るに、苦手ながら嫌いになりきれない兄――というような複雑なものを見て取れます。
「兄上のコトは脇に置くとして、だ。
あの場で冷温球と、君の行いを併せて語ってみせた。
あれなら、君の印象は変わり者で口数は少ないが有能な女性だ」
お茶会で倒れた女性を介抱したというのも、嘘ではないですしね。
平民たちの為にも、冷温球を使った休憩所を城下に数カ所作るとよいのでは――というアイデアも、確かに私の考えです。
「とはいえ……その、未来のお姫様……は、少し、言われすぎの……ような……」
「まぁ兄上派閥の者たちからは凄い睨まれていたしな」
嘆息気味に私がうめくと、サイフォン王子は朗らかに笑いました。
「普段は平民を見下して、その声を戯れ言などと言っているくせに、そういう言葉だけはしっかり拾って腹を立てるだなんて小物だと思わないか?」
私としても、その感想は否定する気はありませんが……。
ただ、睨まれるというのは、少々居心地が悪いものでして……。
それだって、我慢して流せば大きな問題にはならないのかもしれませんが……。
「…………」
それにしても――と、私は思い返します。
サイフォン王子は準備期間中大変だったのだろう、と。
ヒアッサ侯爵が倒れたのが偶然だったにしても、それ以外のところで根回しや仕込みに奔走していたのだろうことが分かりますから。
だというのに、それを微塵も自慢する様子はありません。恐らくは口にしていないことも多くあるのでしょう。
そういった彼のがんばりの集大成のようなものが、今回のバルコニーでの挨拶に繋がったのだと考えると、素直に凄いと――そう思います。
だからこそ、何か言葉にして伝えようと、そう思った時でした。
「だが、そこまで成功したのはモカの協力があってこそだ」
「協力……ですか?」
「ああ。そうだ。
暑さから参加者を気遣うコトを言っていたのもそうだし、冷温球のフォローもそうだ。
私一人ではここまで、完全に成功させるコトはできなかっただろう」
だから――と、サイフォン王子は嫌みなく笑います。
「礼を言わせてくれ。モカ。
ありがとう、助かった。
君が婚約者で本当に良かった」
「…………ど、どう……いたし、まして……」
向けられた笑顔が眩しすぎて、私は僅かに顔を伏せてしまいます。
その笑顔にやられて、それまで伝えようと考えていた言葉が消し飛んでしまいましたが、同時に別のことが脳裏によぎりました。
「そう言えば……殿下は……私を、紹介する……時……」
「ん、どうした?」
こちらの顔を覗き込んでくるサイフォン王子。
それにドキリとして、私は動きを止めました。
笑顔を向けられあたふたしているところに、不思議そうな顔が目の前に現れたものですから、本当に心臓に悪いです。
考えていること含めて、よけいにあたふたしてしまいます。
それでも、脳裏に過ぎったものを確認したいと、そう思いましたので、がんばります……!
「いえ、あの……」
言葉が詰まります。
確認したいけど、恥ずかしい。だけど確認したい。
僅かな間の葛藤は、確認したいという気持ちが何とか勝利をおさめてくれました。
「私を、紹介する……時、箱を含めて……あ、愛……してる……と」
自分で言葉にしようとすると、恥ずかしくなってしまい顔が赤くなり、俯いてしまします。
そんな私の姿をサイフォン王子――密かにカチーナも――は存分に堪能していたようです。私自身はそんなことまったく気づけませんでしたが。
そのままもじもじし続ける私に、サイフォン王子は優しい声を掛けてきました。
「あの時の言葉はな、モカ」
「はい」
実は演出の一環だ――と言われたら、立ち直れないかもしれない……そんなことを思っていましたが、サイフォン王子の言葉はそれ以上の衝撃を持っていた。
「本心だ」
「ほん、しん……です、か……?」
「ああ」
サイフォン王子の言葉が脳に浸透し、正しく理解できた瞬間、ボンと音が聞こえてくるのではないかと錯覚するほど、自分の顔が赤く染まったことを自覚します。
「え、あ……その、それは……その、箱が……だけ、では、なく……?」
「母上が言っていただろう。箱も含めて君である――と」
嬉しくて仕方ない反面で、それでもどこか信じきれず、問いを重ねてしまいますが……。
そんな私に、王子はとても優しく返してきました。
「決して箱だけではない。
もちろん、君に関して知らないコト、知りたいコトはまだまだある。
だけどそれでも――今の時点で、俺が君に心惹かれているのは、嘘偽りのない事実だ」
その言葉に、私は真っ赤な顔をあげました。
どこか信じたいけど信じきれないというような私の視線と、サイフォン王子の真っ直ぐな視線が絡みあい――
やがてサイフォン王子の表情が綻ぶと、私の肩を抱き寄せました。
思わず王子を見上げた時――ポロポロと私の瞳から涙がこぼれだしました。
「モカ?」
「す……すみません、何だか……急に……」
なんだか、万感が胸に迫るようです。
これはきっと一方的にサイフォン王子の様子を見ていた時から募っていた思いが溢れた涙なのでしょう。
同時に不安にもなってしまいます。
サイフォン王子と直接的につきあった期間はまだ三ヶ月ほどですから。
だからきっと、この涙は左右できっと意味が違うのでしょう。
嬉しいと、不安と、両方の思いが溢れて止まらなくなってきているのです。
「あの、えっと、服を……涙で、濡らしてしまい……」
「気にするな。好きなだけ泣けばいい」
サイフォン王子は持っていたハンカチを手渡してきました。
私はそれを素直に受け取って目に当てます。
「どう、しましょう……ちょっと、止まらなく、て……」
わたわたと慌てる私を見て、サイフォン王子は思わずカチーナへと視線を向けました。
「どうかなさいましたか?」
急に、どうしたのでしょうか……。
ただただ私の様子を見守っているだけのカチーナに、サイフォン王子はイタズラっぽく笑います。
「もっと可愛いモカが見たくないか?」
「見たいか見たくないかで言えば見たいです」
え、ちょ……二人は、何を言って……!
「ならば、これからするコトをサバナスたちには黙っていて欲しい」
「『これからするコト』の内容にもよります」
「その答えだけで充分だ」
何が充分なのでしょうか……ッ!?
「えと、今のは……?」
突如始まった、自分の侍女と婚約者のやりとり。
涙を拭いながら聞いていても、やりとりの意味が分かりません。
二人のやりとりを困惑したまま見ていると、それを終えたサイフォン王子から名前を呼ばれました。
この瞬間の王子は、とても真剣で、とても優しげで、とても真摯な顔をしています。
「モカ」
「はい」
「もっと信用して欲しい。もっと信頼して欲しい。
俺の言葉と、思いを――」
その言葉にドキリとします。
優しげで、だけどどこか不安げな顔と声で。
それが妙に艶っぽく見えて。
初めて見た雰囲気にあてられ、思わず惚けてしまうと、彼は突然いつもの雰囲気に戻ってニヤリと笑いました。
「だから、ちょっとダメ押しをするコトにした」
「え?」
その言葉で、私はすぐにハッとしましたが――
サイフォン王子は言葉を告げるなり、肩をより強く抱き寄せ、もう片方の手を私の顔に添え、その顔を自分の方へと向けさせました。
えっと、あの……えっと……。
「俺は案外、堪え性がないらしくてな」
「殿、下……?」
王子は戸惑ったままの私に顔を寄せて、小さく囁きました。
「この間言っていた、先の話だ」
「え? あ、の……っん」
囁かれた言葉に、私が何か言うよりも先に――サイフォン王子は、私の、唇に……自分の、唇を軽く、重ねて、きました……。
重なっていた時間は短く――
やがて唇が離れると、私は恐る恐るといった様子で自分の唇に触れました。正直、何が起きていたのか、実感がなくて……。
ややして、ゆっくりと王子へと顔を向けます。ゆっくりと首を動かし、サイフォン王子の顔の方へと視線が寄って行くにつれ、何をされたのか……その自覚が沸いてきました。
サイフォン王子にもたれ掛かるように上を見上げると、私の様子に何か不安を感じたのか、サイフォン王子が訊ねてきます。
「ダメ、だったか……?」
「い、え……」
自分の唇に触れたまま、私は首を横に振ります。
ダメだったわけではありません……。
むしろ――
「嬉しかった……です。ただ、その……」
そしてふらりと倒れるように、私はサイフォン王子へとよりかかりました。
「嬉しくて……驚いて……疲れてて……何だか、この短時間の、出来事が、分からなく、なってきちゃって……その……」
本当は彼へ体重を預ける気はなかったのですけれど、もう身体を起こしてられなくて、私はサイフォン王子に甘えるようにはもたれ掛かったまま続けます。
顔は熱く、嬉しさで気分が浮かれているのか、疲労の熱で浮かれているのか……。
私は定かではない頭で言葉を紡ぐ傍ら、寄りかかる王子から聞こえてくるトクトクという心音が耳朶に響いてきて、それだけでまた熱が上がっていくようで、もう何だかよく分かりません。
「とても、とても……嬉しく、て……」
だから――と、私は瞳が潤みだしているのを自覚しながら、サイフォン王子を見上げます。
「何だか、倒れて……熱がでそう、です」
すでに熱は出ている気はしますし、実際に倒れそうです。
箱から出たわけではないので、先日のように昏々と眠り続けることはないでしょうけれど――
けれども、寝てしまったら、全てが夢として消えてしまうような不安が胸の中にあります。
その不安を口に出したりはしませんでしたが、サイフォン王子は察したのでしょう。
もたれかかる私の頭を宥めるように優しく撫でました。
「大丈夫だ。夢ではない。
疲れているなら、一眠りするといい」
撫でられるだけで、何だか夢見心地なのに、夢ではないのですね……。
「はい……そう、します……」
建国祭での挨拶に関して、本当にギリギリまで解決策が出てこなかったですから、今日まで気を揉んでいました。
箱から出なくとも、声を出さずとも、苦手な大勢の前に姿を現しただけで疲弊していたのも間違いはないでしょう。
そこに、サイフォン王子のダメ押しがあって、限界を迎えてしまったようです。
私はサイフォン王子にもたれ掛かったまま、ウトウトとしてきました。
そんな私を撫でながら、サイフォン王子は囁きます。
「お疲れさま」
気持ちよく意識がまどろみに落ちていく中、どこか遠くから王子の声が聞こえてきます。
「本当に君を気に入っているんだ。手放したりしないから、安心してくれ」
「そういうのは、お嬢様が起きている時にお願いします」
もう反応もできないくらい眠いです。
そのせいか、二人には私が完全に寝てしまっているように見えているのでしょう。
でも、しっかりと聞こえました。
反応らしい反応は、返せそうにありませんが……。
「……それもそうだ」
今度は、ちゃんと、私の意識が、ハッキリしている時に、言ってくれるの……待ってます、ね。
そうして、優しく私の髪を撫でるサイフォン王子の手の感触を感じながら、私はゆっくりと幸せなまどろみに身をゆだねるのでした。
ここまでお読み頂き٩( 'ω' )وありがとうございました
続きである【結婚編】は、書き溜まり次第、スタートさせて頂きます
書き溜めてからになりますので、だいぶ間が開いてしまうかと思いますが、再開の際にはよろしくお願いします。
合間に閑話は更新していきたいと思っています。
読み足りないという方がいらっしゃいましたら、作品の毛色は違いますが、筆者の別の令嬢作品もありますので、そちらもいかがでしょうか?
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