第58箱
今回は三人称視点となります
長いので分割しようかとも思いましたが、
切るタイミングが難しかったので、
まとめて公開します
【三人称】
建国祭、初日の朝。
暦の上ではすでに秋ながら、快晴の空から降り注ぐ陽光は真夏にひけを取らないほど強い。
ギラギラという言葉が似合いそうな暑さの中、城下を一望できるバルコニーに、国王バイセインが姿を見せた。
広いバルコニーには、重鎮や有力貴族などの一部がすでに並んでおり、王の登場と共に、彼らは王へと跪く。
遠目ながらにそこを見ることが出来る城下の広場には、大勢の民や観光客たちが集まっていた。
バルコニーには第一王子フラスコ、第二王子サイフォンも並んでいる。
また宰相のネルタに、騎士団長などもおり、それ以外にも錚々たる顔ぶれとなっているが、広場に集まって見ている庶民たちにとっては誰が誰だか把握はできていない。
王が一度振り返り、王子たちに何か声を掛けると、揃って彼らは立ち上がる。
それから、王は再び城下の方へと向き直った。
国民の方へと向いた王へ、宰相が横から何かを差し出す。
握り拳ほどの大きさの、声を広範囲に届けることが出来る魔心具――拡声器を手にしたバイセイン王は、数歩前に出た。
そこで、バルコニーから見える範囲で城下に視線を一巡りさせると、軽く息を吸い、そして朗々と言葉を紡ぎはじめる。
「今年もまた、建国された日を祝う、今日という日を無事に迎えるコトが出来た。
これも、去年の建国祭から今日までの一年間。この国の民たる者の皆のがんばりのおかげである。
本日より三日間。一年間を無事に過ごせてきた祝いと、これより一年間また無事に過ごせるよう願う為、皆で大いに盛り上がろうではないか」
宣言と共に、大いに沸く。
しばらくの間、祝う声を聞いていた王がやがてゆっくりと手を挙げると、それに気づいた者たちから、ゆっくりと声を上げるのをやめていき、やがて声を上げる者がなくなっていく。
ある程度、静かになったのを確認してから、バイセイン王は、例年とは異なる様子を見せる。
「そしてこの祝いの場に、もう一つ、皆に祝福してもらいたい事柄があり、報告させて頂く」
どんな報告であろうと、聞いていた皆が首を傾げる。
「此度、我が子、弟王子サイフォンの婚約が決まった」
言葉と共にざわめきが広がる。
それがある程度、収まったところでバイセイン王は言葉を続けた。
「盛大な祝いは、二人が結婚する時になるだろうが、この婚約が正しく交わされたコトもまた皆に祝ってもらいたい」
紹介されたサイフォン王子は一歩前に出てうなずいてから、背後の扉へと消えていく。
「我が子サイフォン、婚約者モカ、ここへ」
バイセイン王は一歩横へとズレて、背後の扉へと視線を向ける。
王に促され、バルコニーの奥に見える扉より、サイフォン王子が再び姿を見せた。
そして――
(((は、箱~~~~~ッ!?!?!?!?!?)))
(((ちゅ、宙に浮いてる~~ッ!?!?!?!?)))
(((浮いてる箱をエスコートしてるッ!?!?!?)))
彼が連れている存在に、その場で見ていた者たちは困惑する。
王子の婚約者は箱だった。
一メートル四方ほどの箱。
四十センチメートルほどの高さに浮いた箱。
白く美しく華奢な手の生えた箱。
それを王子は愛おしそうに嬉しそうにエスコートしているのだ。
あまりに衝撃的すぎる光景に、それを知っていた者たち以外は困惑以外の感情を失ってしまう。
それを気づいていながら、さして気にもしてないように、サイフォン王子は視線を軽く巡らせてから、王より受け取った拡声器を口元に当てて、挨拶を口にする。
「陛下より紹介された通り、私は此度、こちらの女性モカと婚約するに至った。
彼女は恐がりであり、特に人前に出るコトをひどく苦手としている。
それでも、私の伴侶となるに当たり、恐がってばかりではいられないと、このような特殊な箱を用いながら、皆の前に出てくれるコトとなった。
いずれは、箱を使わず皆の前に出たいと言っているので、彼女の勇気と努力の行く末を見守って貰えたらと思う。
もっとも、私個人としては彼女愛用の《箱》を含めて愛しているので、克服出来なかったとしても、問題は何もないのだがな」
堂々とした態度でサイフォン王子はそう告げた。
特に最後の惚気とも言える言葉は、彼の容姿も相俟って、聞いていた女性たちに大いに受けていた。
「本来であれば彼女にも挨拶をしてもらうべきところではあるが、箱の中にいるとはいえ、こうも衆目に晒されているという状況で限界のようだ。
そこで、彼女の協力を得て完成した、新しい魔心具について発表し、彼女の挨拶の代わりとさせて頂く」
まさかの挨拶無しに、観衆は驚いた。
だが、サイフォン王子はそれを気にした様子もなく話を続けていく。
「この魔心具は、今日のような暑い日にぴったりの一品だ。
可能な限り価格を抑え、庶民の間でも使えるようにしたいと私とモカは考えている」
そこまで告げてから、サイフォン王子は背後の扉へと視線を向けた。
すると、扉から女性的な顔立ちの従者が。分厚い皿の上に一抱えほどの青い球体が乗ったような魔心具を持って姿を見せた。
「……しまったな。机を用意するのを忘れていた」
声を届ける魔心具が、サイフォン王子の独り言を拾う。
それに多くの者たちが気づいたのだが、王子は気づいていないようだ。
どこに置くべきか困っている従者をよそに、サイフォン王子は箱の側へと耳を寄せた。
「ん? どうしたモカ? ふむ。助かる」
コホン――と、サイフォン王子は咳払いをして、広場の方へと向き直る。
「本来は失礼に当たるが、モカが快く許可をしてくれたので、今回は彼女の大事な箱の上に置かせて貰うコトにした。
彼女曰く、自分は物を置くのに便利ですから――だそうだ」
付け加えられた言葉に、広場から笑いが漏れる。
変わった姿をしていて恐がりながらも、冗談は口に出来るらしい。
そうして置かれた魔心具だが、それがどういう用途なのかが見えてこない。
「この魔心具は、冷温球と名付けられたものだ。
ただ、皆にこの良さを味わって貰うには、少々難しい。
そこで――このバルコニーにいる誰かに実感して貰いたいと思う」
いったいどんな魔心具なのか。
一般にも普及させたいというのだから、かなり便利な代物だと思われるのだが――
「フラスコ兄上。よろしければ、この冷温球を体験して貰えませんか?」
「……いいだろう」
指名された兄王子は大仰にうなずくと、冷温球の元へと近寄っていく。
「これは……!」
「気が付かれましたか? 出来れば手をかざして見てください」
「ああ」
サイフォン王子に言われるがまま、フラスコ王子が冷温球に手をかざすと大きく目を見開いた。
「もしよければ、見ている皆に分かるよう、解説をしていただけないでしょうか?」
「なぜ、私が……と言いたいところだが、この素晴らしさは確かに伝えておくべきだ」
フラスコ王子は、サイフォン王子から奪うように拡声器を手にすると、告げる。
「冷たい。一言でいえばそれに尽きる。
サイフォン。この魔心具は、放たれる冷気でもって部屋を冷やす為のものだな」
「その通りです」
その魔心具の用途が解った瞬間、国民たちも大いに沸いた。
ましてやこの炎天下。
家の中も暑くて仕方がないことを思うと、天国を作り出すかのような魔心具だ。
「この暑さだからこそありがたい。
至急、私の部屋に設置して欲しいのだが?」
「申し訳ございません兄上。
これは試作品でして……出力調整がまだ出来ていないのです。
外で使う分には良いのですが、室内で使うと、室内が凍り付いてしまう欠点がありまして」
「問題がすぎる! だが、それが解決したならすぐに寄越せッ!」
本来であれば横暴で乱暴な態度だと思われるフラスコ王子の言動だが、この暑さのなかで、部屋を冷やす魔心具など見せられれば王子であっても、ああなるのだな――と、思われていた。
「ん? どうしたモカ?」
「本当に、喋れたのか。ただの箱かと思ったぞ」
フラスコ王子の些か失礼な言葉を、拡声器が拾う。
ただ、それは広場に集まっていた者たちも若干思っていたことだった。
「なるほど……それもいいな。
兄上、拡声器を」
サイフォン王子はフラスコ王子から、拡声器を受け取ると、それを口元に当てた。
「出力の問題から部屋を凍らせてしまうこの試作品ではあるが、モカから別の使い方を提案された。
その凍らせるチカラを利用し、氷室を作れるのではないか――という案だ。それが可能ならば、野菜や肉などの長期保存も可能になるだろう。
冷温球の出力調整をするのと共に、こちらも開発を進めさせてもらうコトにする」
それは画期的な話だと、広場は沸いた。
特に商人たちは大いに沸いている。
もちろん、それを聞いていた貴族たちもだ。
完成した時が楽しみになる魔心具。
それに開発協力し、案を出したサイフォン王子の婚約者――姿は箱だが、今後も彼女が関わるなら色々と便利なものが生まれるのではないかという期待が湧く。
「確かに有能みたいだけど、あの婚約者、箱だろ」
そんな中で、広場にいた誰かがそんなことをつぶやくと、さざ波のようにざわざわと広がっていく。
「王子の妻が箱って大丈夫なのかよ。他国にナメられねぇ?」
その懸念は、誰もが理解できるものだった。
確かに、有能であっても箱というのは――
そんな空気が完全に広まる前に、バルコニーの様子が変わる。
「ヒアッサ侯爵ッ?!」
怖い顔をした黒い服の貴族が一人、突然フラりと傾くと、地面に膝を突いた。
「も、申し訳……ありません。急に、めまいが……」
「ヒアッサ侯爵ッ! この冷温球のところへ!」
サイフォン王子がフラついた貴族へ駆け寄ると、彼の額や手首を触ってすぐに告げる。
その場のやりとりを、拡声器が拾っていた。
「モカも自分に寄りかかって構わないと言っています」
「いや、しかし……」
「この炎天下でその様子……恐らく熱中症と呼ばれる病気の症状です」
「サイフォンよ、それはどのような……」
王が説明を求めると、その言葉を遮って慌てたようすでサイフォン王子が言う。
「父上。説明はあとです。
身体を冷やす必要がある病気です。最悪の場合、神の御座に導かれる場合もあるモノですので」
その様子に、広場にいたものたちは息を飲んだ。
神への御座――それは死を意味する言葉だ。
よもやこのようにめでたい場で人死にがでるようなことが起きるとは思っていなかった。
「ヒアッサ侯爵、動けるか?
症状によっては自力で動けなくもなるが」
「それは、大丈夫……です」
ヒアッサ侯爵と呼ばれた人相の悪い貴族は、サイフォン王子に支えられながら、彼の婚約者である箱に寄りかかった。
「誰か、至急水を持て。
ヒアッサ侯爵の症状は、夏の暑さが体内に留まるコトで発生する熱中症と呼ばれる病気だ。
身体を冷やし、水分を補給する必要がある」
指示を飛ばすサイフォン王子は、頼りがいを感じるほどに堂々としている。
こんな状況ながら、広場に集まっているものたちからすると、好感が持てる振る舞いだった。
一通り、貴族側への指示を終えたサイフォン王子は、すぐにバルコニーの縁へと移動すると、広場に向かって告げる。
「広場に集まった諸君も、この炎天下だ。
頭痛や目眩、立ちくらみ……吐き気などの症状がわずかでもある者は、日陰へ移動した方がいい。
可能ならば、水分も補給してくれ。ただし、水分は一気に飲むな。少しずつゆっくりと飲むように」
まさか、広場に集まった庶民たちにまで気を使ってくれるとは、思わなかった。
「実は貴族であっても、この時期はお茶会の途中などで体調を崩す者はいる。もっと言えば、特に騎士には多くてな。運動などをすると、夏の暑さが体内にたまりやすいそうだ。
だがこの病気は暑さで具合が悪くなるだけのこと――そう、軽く見られている面がある。
騎士などはその典型でな。暑さに耐えてこそだと、皆が鍛錬や任務で無理をしているコトが多い」
それは自分たちも同じだ――と、広場に集まっていたものたちもうなずく。
暑いのは当たり前だから我慢しなければならない。
「だがある日、お茶会で倒れた女性がいてな。
その女性たちの症状に心当たりがあったモカが、二人の手当を指示して事なきを得たのだが、そこで私もモカに教えて貰ったのだ。対処法や予防法などをな。
そして、この冷温球は、予防にも対処にも使えるものだ。
完全なものが完成した際は、城下にも数カ所、これを設置した建物や部屋を用意する予定でもある。
このコトもまた、モカが提案してくれたものだ。私はそこまで考えていなくてな……モカは市井の情報を良く集めてくれているので、助かっている」
箱の中に隠れてしまっているものの、かなり優秀な女性のようだ。
何より、広場に集まった者たちからすると、自分たちを見てくれている貴族というのは、非常にありがたい存在だった。
「先に言った通り、彼女が自ら語るのを苦手としている為、彼女の挨拶に代えてその行いの話をさせてもらった。
奇異に見られるのは承知だが、彼女は非常に優秀で優しい人物であるというコトだけは、皆に覚えていただければ幸いだ」
そこで、サイフォン王子は話を終えた。
「ヒアッサ侯爵も顔色が落ち着いてきたな。
誰か、彼は城内の涼しいところへ。安静にさせておくように」
箱の彼女に寄りかかっていた貴族も体調を持ち直したようだ。
念のため、バルコニーからは下げるそうだが、見てる方としても、無理はさせず安静にしていてほしいところである。
そうして、ヒアッサ侯爵とやらが退場していくのを見送ってから、サイフォン王子も広場へと向けて一礼した。
「では、我々も一度下がらせて頂く」
サイフォン王子がそう告げた時、箱から美しい手が生えると、広場へ向かって手を振った。
婚約者に合わせてサイフォン王子も軽く手を振る。
最後に、サイフォン王子がモカの手を取ったとき、小さな拍手が聞こえてきた。
誰かが手を叩いたからだろう。それが呼び水となって、観衆の中に拍手が広がっていく。
「がんばれよ、未来のお姫さん!」
拍手の中で誰かがそう叫べば、誰もが口々にモカへ激励を飛ばし始める。
「すごい魔心具を私たちにも分けてくれてありがとう!」
気づけばモカの印象は、箱という奇妙な婚約者から、王子と共に民の為にがんばってくれる変わった姿の婚約者という形へとすり替わっていっていた。
拍手と激励の言葉の中、二人は手を振って、バルコニーから退場していく。
続けて、王が中央に戻ると、今年の建国祭の開会の宣言するのだった。
挨拶が終わり、お祭りが始まれば、人々は足早に動き出す。
祭りの始まりに浮かれた空気が、人々の動きにあわせて瞬く間に広がっていった。
そんな中で、冒険者か何でも屋だろう姿をした小柄な青年が長身の男の元へと向かう。
子供を二人連れたその長身の男は、小柄な青年を見るなりに苦笑をした。
「なかなか素敵な声援だったわよ。ボウヤ」
女性的な言葉遣いをするその男性に、小柄な青年は肩を竦めてみせる。
「そっちも良いタイミングで拍手してたじゃん
おチビさんたちの拍手も呼び水として最高だったと思うぜ」
小柄な青年と長身の男は互いに苦い笑みを浮かべあうと、それぞれに相手の事情を察して見せた。
自分たち以外にも同じような依頼を受けたと思われる者がいたのには気づいているが、互いに触れないようにする。
加えて、お互いとんでもない人と関わっているよな――という心の声は、問題なく互いに通じ合ったようだ。
「俺の飼い主が無自覚に幸せそうなツラしてるからさ。ま、たまには飼い主孝行みたいなコトをしてやっただけだよ」
「アタシも似たようなモノよ。雇用主のところのお嬢ちゃんが一生懸命がんばってるみたいだからね。頼まれたから張りきっちゃったわ」
お互いに、既に誰もいなくなったバルコニーに視線を向ける。
「それぞれの雇い主も分かったコトだし、ケンカは無しでいいかしら?」
「まぁな。依頼人が婚約者同士なら敵対する理由もねぇし? アンタとやりあうと酷いケガをしそうだし?」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。ボウヤとやり合うと命が一つじゃ足り無そうだもの」
自分たちと同じように、飼い主と敵対している人物の息の掛かった者も、広場の中には混じっていた。
だが、結果として二人が何かするまでもなく、敵対者たちは賞賛に飲み込まれて何も出来なくなっていったようで、ひと安心だ。
「アタシ、普段は酒場のマスターやってるのよ。
よかったら、いらっしゃい? お酒以外も美味しいモノ用意してあるわよ」
ウィンクを投げてくる長身の男。
彼の連れている男児と女児がそれぞれに「店長のご飯は美味しいぜ」「マスターは料理上手なんだよ」と教えてくれる。
その様子に軽く笑うと、小柄な青年は踵を返して手を振った。
「ま、気が向いたらな」
「遊びに来たときは歓迎するわ」
「またねー」
「ばいばーい」
長身の男と子供たちは、そんな小柄な青年の背中に手を振って返すのだった。
講談社Kラノベブックスf より
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発売日は9月末日(予定)
書店の入荷状況によって前後しますのでご了承をば
みなさま、よしなに٩( 'ω' )وおねがいします