第55箱
お茶会から一月ほど経ち、夏の第三月となりましたが、お互いにこれといった案は出てきません。
送り箱でのちょっとした雑談で、『箱』のまま移動できる可能性の話をしたところ、何がツボに入ったのかサイフォン王子は大いに笑いました。
特に箱から足を出して動く姿をイメージしたら笑いが止まらなくなったそうです。
カチーナには呆れられてしまったのですけど、サイフォン王子からすると、面白い話なのでしょう。
そんな王子に、こんな感じですと解説図も送ったら、その日は返信がなくなり、かなり焦りましたが、どうやら絵がツボにハマりすぎたようです。
笑いすぎを心配したサバナスによって、強制的に中断させられたのだとか。
翌日に届いた『中座してすまない』という謝罪の手紙に、そんな理由が書かれていました。
そして謝罪の手紙があった日の夜。
《そういえば殿下、建国祭の当日はとても暑くなりそうなのですけど、みなさん暑さ対策などは大丈夫でしょうか?》
何ともなしに、私はそんなことを訊ねました。
当日の天気に関して、知識箱に予測させたら、残暑厳しい日だという予測が出ていましたからね。
……雨ならもしかしたらサボれたかもしれない……なんてこと、考えたワケではありませんよ。
《モカは天気の予知ができるのか?》
《予知というか予測です。的中率としては予測する対象の日が近いほど上がります》
《箱の魔法は面白いコトができるのだな。
しかし、熱中症といったか、君が教えてくれた病気は。
今年は無理でも、来年からは貴族だけでなく平民たちにも、対策を施せたらと、思っている》
《そうしてください。せっかくのお祭りですから、倒れてしまっては勿体ないですし》
《君は、優しいのだな》
優しい――でしょうか?
優しさでそんな話をしたつもりはないのですけれど。
《良いコトを思いついた。
少し、根回しをするとしよう》
その手紙の文字が、どこか楽しそうです。
それを見た瞬間にピンときました。
あ、これは何をするか聞いても無駄なやつですね……と。
たぶん、当日までのお楽しみ――とかそんな感じなのではないでしょうか。
なので、何をするのかという聞き方はせずに――
《何か協力できるコトはありますか?》
――こう訊ねるのが正解でしょう。
《それなら教えて欲しいコトがある》
そうして請われたのが、お茶会の日に倒れた女性たちのこと。
その症状と、応急処置や対処法などでした。
何をするのか分かりませんが、これが当日に必要なのでしょうか?
それを手紙に認めて、問いかければ、王子からすぐに手紙が返ってきました。
《必要だとも。この知識は君がもたらしたものだ》
その返事の意味がよく分からず、私は首を傾げるのでした。
そうして――気が付けば夏の第三月の最終週。
建国祭が、あと一週間にまで迫ってきています。
箱のままで参加するメドは立たず、その場合の対策は何も思いついていません。
時々、見聞箱を飛ばして調べたりしますが、王子も陛下もお父様も、基本的には婚約に関する根回しをしている感じですね。
私が箱という噂もかなり広まっており、同時に箱と婚約してしまえばサイフォン王子に継承の芽はないという話も広まっています。
そのおかげか、嫌がらせなどもかなり減っているようで、サイフォン王子は生き生きとしています。
城下も徐々にお祭りに向けての準備が進んでいるようで、気の早い観光客や旅人は、宿を取って滞在をしはじめているようです。
何でも屋の方々なども、建国祭に併せて仕事を調整しているようで、街に人が増え、いつも以上の活気に満ちています。
領地に戻っていたお母様も、建国祭の為に王都へと戻ってきました。
それら様々な要素が、いやが上にも私の焦りを煽りますが、焦ったところで何かできるわけでもありません。
サイフォン王子とは相変わらず送り箱でやりとりをさせてもらっています。
先週、
《建国祭の挨拶に関しては、何とかなる手が打てるかもしれない。任せて欲しい》
――と連絡が来ました。
《それとは別に、相談がある》
その相談というのは、冷気を放つ魔心具のことでした。
建国祭で試作品を用いて大々的に発表する予定なのだそうですが、どうにも出力の調整が上手くいってないそうです。
《完成しなかった場合のアピールの仕方ですか?》
《変な話で申し訳ないのだが、何かないだろうか》
《それでしたら、完成してもしなくても、一つ考えはありますけど》
《ほう?》
《私の箱を使えばいいのですよ》
魔心具が完成しようが未完成だろうが、その場を誤魔化すだけなら、手段はありますからね。
サイフォン王子にとって、この発表が重要だというのであれば、私の挨拶も利用してくれればいいのです。
これなら、『箱のまま』でいける可能性もあがりますしね。
詳細を書いて送れば、一考の余地はあると、王子も乗り気のようでした。
《モカ、助かった。次に連絡を出来るのは直前になるかもしれないが、よろしく頼む》
実際、その通り、これ以後は特に連絡が来なくなりました。
恐らく根回しや、思いついた策をとる為に必要な準備などをしてくれているのだとは思いますが……。
差し迫る時間の中で、サイフォン王子は必死に走り回ってくれているのでしょうが……。
ただ私が持つ案や情報がどのように役に立っているのかが分からないというのは、『箱のまま』出席できるかどうかに頭を悩ませることとは別の不安がありますね……。
ともあれ、やきもきした気分のまま、気が付けば暦が秋の第一月となりました。
それでも、私の目からは見える進展はなく、だけど王子だけが忙しそうにしている様子だけが感じ取れて――
気が付けば前日。
その日――送り箱に手紙が届きました。
その手紙に書かれた文字はかなり走り書きでしたので、本当にギリギリまで王子が対応してくれたのでしょう。
ですが、策の内容などには特に触れられておりません。
走り回っていたモノが実を結んだのかどうかすら書いていないのです。
相談された話などに関しても、特には触れられてはおらず、来て欲しいという文面のみ。
とにかく、まずは予定通りに登城してくれ――とのことなので、箱のまま馬車に揺られることになると思います。
問題はそのあと。
王子はどういう策を用意してくれているのでしょうか――
そしてその策で、私たちは無事に建国祭を切り抜けられるのでしょうか……。
最悪の場合の……箱がダメだった時の策は結局思いつかなかったですし……。
信じます。信じますからね、サイフォン王子……。