第50箱
もしかして、侯爵はフラスコ王子を王にして、宰相であるお父様を引きずりおろしたいと考えているのでしょうか?
そしてあわよくば自分が――と。
フラスコ王子から信用を得ているという意味でも可能性はあるでしょう。
歴史を紐解けばヒアッサ侯爵家から宰相が輩出されたこともありますからね。現侯爵がついても問題はないのかもしれませんが……。
ともあれ、そこまで推測してみれば、可能性を少しでも確実にする為に、サイフォン王子を害そうとするというのもあり得る話に思えます。
「やはり、私が居なくなって一番得するだろう人物ではあるか」
「確かに、あの毒の容疑者としてありえますが、殿下……」
「わかっています。証拠は一切ありません。
何度かの尋問を終えたあと、騎士団が薬や幻術の使い手を用意している間に、毒殺未遂犯は何者かの手によって神の御座へと送られてしまいましたからね」
結局、成人会の犯人に幻術と薬物による尋問がされることは無かったようです。
「周到なコトだ」
やれやれ――と、陛下は嘆息しました。
「本当に面倒だ」
それに同意するようにお父様もうなずきます。
侯爵は、フラスコ王子閥過激派筆頭などと言われてますが、実際のところ本人がそこまで積極的に動いている様子はありません。
そのせいで、証拠らしい証拠が掴みづらく、何か理由をでっち上げて呼び出すのも難しいのでしょう。
だからこそ、陛下もお父様も面倒だと口にするのでしょうね。
ちなみに、フラスコ王子派閥と言われていますが、実際のところフラスコ王子が率いているというよりも、フラスコ王子を王様にしたい派閥というのが正確です。
フラスコ王子は兄王子ではあり、王位継承権はサイフォン王子よりも上です。
ただ、その能力に疑問視されている面もあり、サイフォン王子を次期王にと推す人が多いのも事実。
それ故にどちらを次期王にするかで派閥が分かれているともいえます。そして、派閥には王子たち本人の意思はほとんど介在してません。周囲が勝手に騒いでるだけ、とも言います。
そんなわけで、成人会の毒殺未遂に関しても、フラスコ王子の意志が僅かでも含まれているかすら怪しいところ。
ほとんどが派閥の人たちの思惑によるものでしょう。
フラスコ王子は、毒殺未遂があったことすら知らない可能性があります。
「あらぁ? その面倒な方の関係者があなたの領地にちょっかいを掛けているようだけど?」
「試すような言い方をするなフレン。君もラテから手紙をもらっているのだろう?
だからこそラテが帰領した。賊を使うようなつまらぬ手は、それを上回る腕力でねじ伏せ、即応が必要な嫌がらせには、それを上回る権力でもって対応してくれているからな」
「昔は、権力より腕力で解決する方がシンプルで良いなんて言っていたラテが、ちゃんと権力や政治的な解決手段を用意できるようになったのねぇ……」
「しみじみ言っているが、そうなれるように努力していたラテを一番見ていたのは君だろう?」
「その努力をしていた理由がネルタの側にいたいからなんて、健気よねぇ……」
「…………」
フレン様とお父様のやりとりは情報過多でどう反応して良いかわかりません。
……というか、権力より腕力って本当にお母様が言っていた言葉なのでしょうか……?
お母様、領地に戻ってあれこれすると言ってましたけど、過激派からのちょっかいを予見していたわけですね。
「宰相。そちらの領地に手を出した者たちから、何か情報は?」
「黒幕に迫れるような情報はありませんでした」
「そうか」
サイフォン王子の問いにお父様が首を傾げると、陛下は大きく嘆息しました。
「本当に、うまく立ち回るようになったものだよ。
命令した者を辿っていっても、侯爵までは届かないとはな」
陛下が頭が痛いとぼやくのもわかります。
フラスコ王子派のとりわけ過激派の人たちは本当に過激ですからね。
「それでも、手に入った情報を元に、証拠が揃えられた者は罰した。派閥からすれば大した痛手ではないだろう。だが、厳粛な対応と見せしめは必要だからな」
お父様がさらりと怖いことを言っていますが、当然と言えば当然ですね。
派閥がどうこうという話ではなく、現王、現宰相、その他の現重鎮たちが舐められるわけにはいきませんから。
見逃してもらえる。温い対応で済む。
そう思われたら、過激派がますます過激になっていきかねません。
「あらぁ。ネルタ、その人たちから何か情報は得られたのですか?」
「こちらもめぼしいものは何も。今のままだと、彼は怪しい止まりだ」
まぁ陛下とお父様はさておいて、その他の重鎮や官僚といった国上層部も、当然派閥に入っている人たちがいるのですよね。
その辺り、陛下やお父様にとっては頭が痛いところでしょう。
派閥は派閥。仕事は仕事。
ちゃんと分けて動ける人というのは一握りでしょうから。
「ところで、サイフォン。派閥の話が出たので改めて確認しておきたいコトがある」
父親の顔――ではなく、王としての顔で、陛下はサイフォン王子に訊ねました。
「お前は、王位についてどう考えている?」