第49箱
フレン様からのお話が一段落したところで、陛下とお父様も席に着きました。
陛下はぐったりしているようですが、敢えて触れません。
サイフォン王子も、どこか馴れた感じで流すようですし。
「あらぁ……私としたコトが長々とごめんなさいね」
そう言って、フレン様は私とサイフォン王子に謝ります。
特に気にしなくては良いとは思うのですが、どう答えてよいかも分からないので、曖昧にうなずいておきます。
サイフォン王子も気にしてないようで、軽くうなずきました。
そこへ陛下が訊ねます。
「そういえばサイフォン。
成人会以降は、襲撃や暗殺などという情報がめっきり無くなったが、大丈夫なのか?」
「ええ。不思議と、成人会以降は嫌がらせなども減りました」
そう答えるサイフォン王子の爽やかな笑顔が、どこか胡散臭いので、王子が何かしらやったのでしょう。
実際、私の予想は外れていなかったようで、そんなサイフォン王子に対して、お父様が嘆息混じりに言いました。
「どの口で言うのですか、殿下。
殿下の仕込みで、モカとの婚約の噂が広まってるからでしょう?
世間知らずの箱入で、実際に箱に入ってる娘と婚約したので、王位を継ぐ芽がかなり小さくなったと」
あ、妙に噂になるのが早いなって思ってましたけど、サイフォン王子の仕込みだったんですね。
「兄上を推す者たちは、兄上に王位を継いで欲しくて仕方ないですからね。そういう噂を聞けば、多少は大人しくなるだろうと、思っていましたので」
サラリとそう口にしてお茶を口にする姿がとてもサマになっています。
「あらぁ……でも、実際にモカちゃんの能力を目の当たりにすると、事実は逆になるわよねぇ……」
王子の言葉を受けて、さらっと口にするフレン様。褒めて頂いているようで……何だか照れます……。
「そういえば、フレンはフラスコ王子派ではなかったのか?」
人差し指を頬に当てながら軽く小首を傾げているフレン様に、お父様が問いかけます。
それに対して、フレン様は酷薄な笑顔――お父様に対して、というよりも、何か別のものに向けているように見えます――を浮かべて、答えました。
「あらぁ、ネルタだって分かっているでしょう?
母親だもの。どっちの息子も愛しているわ。
王妃だもの。贔屓せず状況を見極めるわ。
そして、親だからこそ、どちらも守りたいの。
分かるでしょう?」
これまでの、どこかふんわりとしたフレン様とは違う、静かながら迫力を伴う姿となって、唄うように口にします。
「バイセイン様の本心はどうあれ、その立ち回りはサイフォン贔屓に見えますから。それならば、私がフラスコ贔屓のように振る舞わなければ、パワーバランスが悪いでしょう?
そしたら、派閥の者たちが勝手に私を筆頭だと奉り上げているだけ。私は自分の口からフラスコ派を公言したコトは一度もないわ」
そのおかげで色んな情報が集まってくれるから助かっているわ――と、フレン様は、背筋が寒くなるような笑顔を浮かべました。
でも、お父様と陛下は肩を竦めるだけ。
二人はちょっと怖いフレン様を見るのに、馴れているようです。
「そういう……意味では、本来の……筆頭は、あの顔の怖い方……ですよね?」
ここは完全に身内だけ。
お父様たちも態度を砕いてやりとり出来る場であれば、このくらいは大丈夫でしょう。
ちなみに、成人会で毒を仕込むように企てた黒幕容疑者の一人です。
サロンを出るときに、サイフォン王子に確認をしようとしたら、口にしないようにと言われた人物ですね。
「正確に言えば、かの侯爵は兄上派閥の中の過激派筆頭、だけどね」
言いながら、少しサイフォン王子の顔がひくついています。
まるで笑いを堪えているような感じです。
「くく、それにしても顔の怖い侯爵……って」
あ、まるで――ではなく、実際に笑いを堪えていたようです。
そんなサイフォン王子の姿を見て、フレン様も苦笑を浮かべました。
「あらぁ、あの方って実際に悪事を働いているかは別にして、とても黒幕っぽい方とは、昔から言われていたわよね」
「本人もだいぶ気にしているようだがな」
陛下も苦笑したところで、お父様が真面目な口調で告げます。
「見た目の話はさておこう」
それにみんながうなずき、雰囲気が変わったところで、サイフォン王子が切り出しました。
「兄上を推す為、邪魔者である私を消して一番に得するのは間違いなく彼ですよね?」
実際、フレン様以上にフラスコ王子の近くにいるイメージもありますしね。
「そこは否定しません」
王子の言葉にうなずき、お父様が小さく息を吐きました。
「ですが、だからといって、そう容易な相手でもありませんよ、殿下」
「分かります。かの家は強いですからね」
確かに、ヒアッサ侯爵家はこの国の中でも強い家ですよね。
侯爵家そのものの歴史も古いため発言力もあり、保有している領地には広い農地を持っています。加えて、ヒアッサ領の領有騎士団もかなり強いのですよね。
経済的にも武力的にも、国内上位に位置している家なのです。
当然、ヒアッサ侯爵もそれを理解して社交に政治にと立ち回っています。
だからこそ、派閥の旗頭としてフラスコ王子派閥を纏め上げるだけのチカラもあったのでしょう。
変に刺激をしすぎると、反乱とかするぞ――というアピールが出来るだけのチカラがありますし、実際にやられると非常に怖いことになります。
王国騎士団がそうそう負けるようなことはないでしょうけれど、過激派たちをまとめ上げ、領有騎士団を使ってくるような場合、苦戦は免れないかと思います。
その王国騎士団にだって、フラスコ王子閥の過激派に近い方々も在籍しているわけですから、輪を掛けて面倒な話なのでしょう。
その上――
「それに……表向き、は……過激派の、抑え役……です、よね……?」
「あらぁ……モカちゃんの言うとおりね。
実際、過激派を抑え込んでくれているんだもの」
――そうなんです。
過激派の筆頭でありながら、過激派の暴走を抑えるという立ち位置にいるせいで、変に彼を刺激してしまうと、過激派たちの歯止めが効かなくなる可能性があります。
しかも、抑えているぞ――というアピールをささやかながらやっているようなので、余計に面倒くさそうです。
一方で、そのアピールの影では、過激派たちを色々と動かしているのではないかと思われます。
そして実働した過激派たちが失敗すれば、侯爵自身は陛下たちに対して抑え切れずに申し訳ないと、頭を下げてくることでしょう。
「兄上に近づけたのは、どんな教育係を付けても嫌がっていた兄上の教育係に、立候補してきたからと聞いています」
「そうだ。教師として腕が良かったのか、フラスコから信用されている。
だからこそ余計にややこしい。捕まえようものなら、フラスコが怒りかねない」
サイフォン王子の言葉を肯定しながら、陛下は軽く嘆息しました。
フラスコ王子は怒り出すと、風属性の魔法を使って周囲に当たりますからね……。
「あらぁ……こうやって改めて確認すると、肩書きも立ち位置も、なんだか面倒なところにいる人ねぇ……」
フレン様も困ったように息を吐きます。
「本当に。面倒くさくて、苦手になって来ているよ」
「あらぁ、ネルタがそういうコトを言うの珍しいわねぇ」
愚痴のようなものをこぼすお父様に、フレン様は本当に珍しいものを見たという様子を見せます。
そこへ、どこかいたずらっぽく陛下が言い、サイフォン王子も続きます。
「彼もネルタのコトが嫌いなようだしな」
「そういえば、兄上も宰相のコトを嫌いだそうですよ」
「ええ、どちらも存じておりますとも」
それはまた、お父様にとっては面倒な方が組み合っているようですね。