第48箱
遅れてすみません、予約し忘れてました
美人で可愛いと、フレン様は言いました。
「きょ、恐縮……です……」
容姿を褒められたことに対して、なんと答えて良いのか分からず私は俯き加減で、言葉を返します。
「ふふ、モカちゃんはラテに似たのね。ネルタじゃなくてよかったわぁ」
フレン様は何やら楽しそうです。
「ラテの娘自慢も、まんざら嘘ではなかったのねぇ」
「むすめ、じまん……?」
「そうよ。お家でのラテの様子までは分からないけど、手紙なんかには、自慢としか言いようのない内容も多かったの。
娘は美人だとか、娘がネルタみたいに頭が良いんだ、とか」
「お、お母様……」
じ、自分の知らないところで、すごい褒められているというのは、どう反応して良いかわかりませんね。
「だから私もね。お返事に色々書いたの。
フラスコのカッコいいところとか、サイフォンの可愛いところとか」
「母上ッ!?」
横で完全に聞き役に徹していたサイフォン王子が思わずといった様子で声を上げた。
「あらぁ? どうしたのサイフォン?」
「今の流れで、どうして可愛いところになるのですか?」
「どうしてだったかしら?」
こてり――と首を傾げてみせるフレン様だけど、これは完全にサイフォン王子をからかってるように見えますね。
なんというか非の打ち所がない感じのするサイフォン王子ですけど、フレン様には敵わないのかもしれません――そう思うと、ちょっと笑ってしまいました。
「あらぁ! 笑うともっと可愛くなるのね」
「…………っ」
フレン様が、こちらを見てニコニコしながら言います。
不意打ちと言いますか、そんなこと言われると思ってなかったと言いますか、もう何だかよく分からなくて、でも顔だけは真っ赤になってる自覚があります。
穴があったら入りたい――そんな心境で……。
あ、いえ。穴はないですけど、箱はありました。入りましょう。逃げましょう。
そうして私は、ズブズブと箱の中へと潜るように逃げます。
……そういえば、サイフォン王子だけは特にリアクションがないような……。
沈みながらも、ふと王子へと視線を向けると――
どうにも解釈しがたい顔をして、こちらを凝視していました。
……え、それってどういうリアクションなんでしょう……?
でも、真っ赤な自分を見られ続けるのも恥ずかしいので、箱に入るのはやめませんけども。
「あらぁ、箱に戻っちゃったわね」
残念そうな口調の割には表情が楽しそうなのはどういうことでしょうか、フレン様。
そんな賑やかとも言えるやりとりをしていると、サロンの入り口からノックする音が聞こえてきました。
「邪魔をするぞ」
やってきたのは、お父様と――
「……箱?」
「だから言ったではありませんか、うちの子は箱入り娘だと」
「いやいやいやいや。箱入(物理)とか想定外がすぎる」
――国王陛下……バイセイン・ディープ・ドールトール様でした。
挨拶をしないと――と思っていると、フレン様が告げます。
「バイセイン様。私は、サイフォンとモカちゃんの婚約に賛成ですので、そのおつもりで」
「え?」
私というか箱を見て戸惑う陛下に、フレン様は間髪をいれませんでした。
フレン様の言葉に、戸惑うような陛下。
そこへ、畳みかけるようにフレン様は口にします。
「ネルタ。貴方はどうなの?
ラテから貰った手紙では、ラテとしては心情的に反対だけどモカちゃんが望むなら賛成するって書いてあったけど」
「むろん、私はモカが望むなら応援します。心情的にも賛成ですよ」
「そうですか」
お父様の言葉に、フレン様は満足そうにうなずき、陛下に視線を向けました。
「で、陛下は?」
「いや、その前に私はモカ嬢のひととなりを知らぬわけだが」
「あらぁ? 貴族の政略結婚にひととなりはそこまで重要ではないのではなくて?」
何やら冷たく言い放つフレン様。
バイセイン陛下に何か思うことがあるのでしょうか?
「確かにそこまで重要視はせぬが、さすがに何も知らぬというのは……」
「あらぁ? 何でモカちゃんについて知らないのかしら?
私に相談もなく、ネルタとこっそり話を済ませて、成人会でサイフォンとモカちゃんを強引に引き合わせる話をされていたというのに?」
あ、なるほど。
フレン様としては、陛下が私を成人会に引っ張り出そうとする計画を立てておきながら、『箱』についてなにも知らなかったことに怒っているのですね。
さらに言えば、成人会での出来事は噂話になっていますし、宰相であるお父様とは会う機会も多いことでしょう。
――だというのに、私に対する『箱入』という言葉を正しく理解できていなかったことに対して、息子の結婚に関する話なのに仕事が雑だと、そう言いたいのではないでしょうか。
「ま、待て……私がネルタに話を持ちかけたコトをどうして知っているんだ……?」
ニッコリ――と、フレン様は笑うだけで、答えません。
十中八九、お母様からの情報でしょう。
お母様はお父様を締め上げて、陛下とのあれこれを色々と聞き出してましたし。
つまるところ、このやりとりはお母様とお父様のやりとりの第二幕。
幕が上がるのがドリップス家ではなく、ドールトール王家であるという違いはありますけれど。
だからでしょうか。
陛下は必死にお父様に対して、視線で助けを求めてますが、お父様は肩を竦めるだけで、バイセイン陛下を助ける気はなさそうです。
それどころか、チラリとフレン様からの視線で何かを示されたのか、お父様は、何かを諦めたかのように盛大に嘆息してから告げました。
「諦めろバイセイン。妻たちになにも言わずに縁談話を進めた俺たちの落ち度だ。付け加えるなら、モカに関してお前が俺の言葉を聞き流していたというのもある」
お父様らしからぬ砕けた言葉。それはこの場が身内だけの場だからでしょうか。もしかしたら、先ほどのフレン様からの視線は、態度を崩して良いという意味だったのかもしれません。
周囲の従者のみなさんもそこまで驚いてないようなので、実はあまり珍しくない光景……なのでしょうか?
「箱に入っているという言い回しがよもや直球の話だったとは思わないだろ」
砕けた調子のお父様に、陛下も砕けた言葉で返します。
うちの両親と国王夫妻は、揃ってそれぞれが友人同士だったようです。
「あらぁ? やっぱりバイセイン様は、縁談を考えておきながら、モカちゃんについてロクに調べられていなかったのですね?」
それに、フレン様もお父様に対して気安いようですし、お母様を含めた四人は大変仲が良いのでしょうね。
「いやまぁ、その何だ……。
ネルタとラテの子だし、そこまで警戒しなくてもと思っていたワケで……なぁ? ネルタ?」
何だか、今まで知らなかった関係で驚きです。
「こちらに振られても困るのだがな。
まぁ何だ、俺も散々ラテに絞られた。お前が絞られないというのは理不尽だとは思わんか?」
「その言葉が一番理不尽ではないのかッ?!」
「あらぁ? バイセイン様?」
「は、はいぃぃぃ……!」
現王家最強はフレン様――なのでしょうか?
そのまま陛下はフレン様に言葉で絞られはじめました。
お母様から文字通り腕力で絞られていたお父様とは別の絞られ方ですね。
そんな光景を見ながら、しみじみとしたものが湧いてきます。
「お父様と、陛下……仲が良かったの、ですね……」
「執務室などで二人だけの時とか、こんな感じのやりとりをしているのを時折見るな。身内だけの時など、かなり砕けた関係になるようだ」
私が思わず呟くと、聞こえていたらしいサイフォン王子が苦笑しながら教えてくれます。
「母上は――父上や宰相との親しい姿を見せて、君の緊張を解こうとしてくれているのかもしれないな」
「……そう、かも、しれないです、ね……」
そうだとしたら、何だかそれはとても嬉しく感じますね。
「……ところで、モカは父上と宰相が私たちの出会いの場を作ろうとしていたコト、知っていたのか?」
「はい……実は」
「知っていたのに、わざわざ成人会に?」
「知って、いたから……こそ、『箱のままでも……良い』って言葉を、お父様から、引き出せた……のです」
「くっくっく……君も結構したたかだったか。
成人会に出たかった理由を聞いても?」
もちろんです。
だって、サイフォン王子に会いたかったから――
というのを口に出せれば素敵だったかもしれませんが、私にはそんな勇気はありませんでした。
だから――
「えっと、その――ちょっとした……思惑が、ありまして……」
答えとして出てきたのはそんな言葉。
「そうか」
それにうなずくサイフォン王子は、私の言葉をどう思ったのでしょうか?
浮かんでいる顔はいつもの笑顔。そこからは、彼の感情を推し量ることはできませんでした。