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第47箱


 サイフォン王子を交えた、フレン様とのお茶会は、終始和やかに進んでいきました。

 ……時々、フレン様から鋭い眼差しを向けられているような気がすることだけを除けば。


 お茶もお菓子も美味しいですし、サイフォン王子もフレン様も、私に負担が掛かからないように気にかけてくれているようですし、久々にちゃんと社交をしている気分です。


 私の外見は箱ではありますけど。


「サイフォンは、モカちゃんの素顔を見たコトあるの?」

「ええ。『箱』の中にも入ったコトもあります」

「あらぁ! それはうらやましいわね」


 王子の話に、フレン様は楽しそうに相づちを打ってから、こちらへと視線を向けました。


「そうだわ。モカちゃん。箱の中を見せて――なんて無理は言わないけれど、良かったらお顔だけでも見せて貰えないかしら?」

「えーっと……その、それは……」


 ど、どうしましょう。

 話の流れ的には分からなくないのですが……。


「貴女が人前に顔を晒したくないというのは分かっているつもりよ。

 でもね、貴女自身も考えがあってサイフォンとの婚約を承諾したでしょう?

 それなら、その思惑の為にも、私や私のお付きたち、サイフォンのお付きたちにもちゃんと顔を覚えてもらった方がいいと思うの」


 そう言われるとそうかもしれませんけど。

 公爵令嬢として、身内以外に顔を知ってくれる人が増えることそのものに悪いことはないと思います。


 王妃様や王子の側近たちであれば、悪いようにはしないはず……。

 顔を見せるメリットはありますが、デメリットは少ないように思います。


「それに、ラテは――心情的には貴女の婚約に反対しているのでしょう?

 私たちの前で素顔を見せるというのは、ラテに認めてもらう為の布石になるのではないかしら?」

「……それは……」


 言われてみると、確かにそうです。

 お母様に認めてもらう為に必要なことかもしれません。


 ……顔を出さない方がむしろデメリットが多そうな……というのは、理屈の上では分かっています。分かっているのですが……。


 でも、身内やサイフォン以外の前で顔を出すのは……。

 ましてや初対面のフレン様や、フレン様付きのみなさんの前で……。


 ど、どうしましょう……。

 顔を出してもいいと思う反面で、いざ出そうとすると身体が震えて来てしまいます。


 さっきは勢いでできましたけど、今はその勢いも勇気も使い果たしちゃってるわけでして……。


「あらぁ?」

「モカ」


 私が身体を振るわせながら必死に悩んでいると、なにやらフレン様とサイフォンが声を掛けてきました。


「カタカタと『箱』が震えているようだが大丈夫か?」

「え?」


 どうやら、悩みすぎて、震えすぎて、『箱』までもがカタカタと震え出していたようです。

 今までは、そんなことなかったので、サイフォンと婚約をするに当たっての心境の変化が、魔法に何らかの影響を与えているのかもしれませんね。


 なかなかに興味深い現象ですが――


「あらぁ、止まったわ」

「何だったんだ?」


 ――と、考察を始めようとした時、ふと視界にカチーナの顔が見えました。


 こっそりと嘆息しています。

 いえ、呆れられているようにも見えます。


 …………あ。


 そうですよね。

 今は、王子と王妃様とのお茶会の場。

 魔法に関する考察をしている場合ではありませんでした。


「し、失礼しました……。

 どうも……魔法が、私の感情に……反応していた、ようで……」

「あらぁ、常時展開されている魔法だからこその現象かもしれないわね」


 ……なるほど。

 ふつうは、使いたい時に発動するのが魔法ですからね。

 感情や精神の影響を受けていても、分かりづらいのでしょう。


 一方で、私は箱という形で常時展開しているからこそ、感情の影響による変な挙動が分かりやすく出たということかもしれません。


 ――って、いけません。

 フレン様の言葉から現象に対する考察が捗ってしまって、また黙り込んでしまいました。


「カチーナ」

「はい、殿下」

「モカの様子がおかしいようだが?」

「お嬢様は魔法に関する考察が大変お好きでして。

 ……現状は、無意識の現実逃避も兼ねている可能性はありますが」

「なるほど」


 なにやら楽しそうにうなずくサイフォン王子。


 現実逃避……。

 いや、はい。カチーナの言う通りではあるかもしれませんが。


「あらぁ、ようするに問題を先送りにしたがっているのね!」


 そうハッキリと言葉にされると、なかなか……。

 分かってます。分かってますよ。ここでは顔を出した方が良いってことくらいは。


 ですが、ですが……。


「あらぁ? またカタカタしだしちゃったわ。

 でも、もう一押しかしら?」


 フレン様が何か呟いています。

 私はそれどころではなくて、なにを言っているのか聞こえていませんでしたが……。


「モカ」

「はい、サイフォン殿下」

「箱の中ではなく、外で、君の顔を見たい」


 うっ……。


 とても真摯な顔つきで、サイフォン王子が告げます。

 それをフレン様は「あらぁ」と目を輝かせ、見守るように手を合わせていました。


 サイフォン王子にそう言われると、拒否しづらいといいいますか……。

 さっき見せたのだから、もう勘弁して欲しいといいますか……。


「母上の為ではなく、私の為という形ではダメか?」


 うううっ……。

 サイフォン王子……その顔は反則です。

 真摯ぶってて実は面白がってるのでは……と疑っている自分がいるのと同時に、王子に見せるなら――と思っている自分もいるのです。


「あらぁ、私からもあと一押しするわ」

「ほう。母上はどんな一押しをするのですか?」


 サイフォン王子の質問にフレン様はニッコリと笑って、私が思ってもみなかったことを口にしました。


「意地悪なご令嬢たちの前にお顔を晒して、今後、あなたのお母様になるかもしれない私にお顔を見せてくれないのは、ちょっと寂しいなぁ、て」


 ……え?


 衝撃発言に私は思わずサイフォン王子に視線を向けます。

 すると、彼は額に指を当てて頭をふっていました。

 どうやら王子は気づいていたようです。


 そういえば、ルツーラ嬢たちとのやりとりの最中、サイフォン王子はどこかへと視線を向けていた時がありましたが……。


 もしかしなくても、あの時、王子がチラっと気にしていたのって……。


「ふふ。だから言ったでしょう? 最初から反対していない……って」

「最初から……とは、『お茶会の最初から』……という、意味でした、か……」

「ええ」


 ニコニコとうなずくフレン様。


「あの、いつから……こちらの、様子を……?」

「貴女がサロンに運ばれているところから、よ」

「最初からッ!?」

「ええ。でも本当に、最初は見知らぬお嬢さんが、空き部屋から箱を運ばせているのを見て、気になって覗きにいっただけなのだけど」


 何というか、王子が来ようが来まいが、ルツーラ嬢は完全に詰んでたんですね。目撃者が王妃様って、もうどうにもならないじゃないですか。


「まさか箱が啖呵を切って、箱から女の子が生えてくるなんて思わなくて、面白かったわ」

「生える……」


 思わず引っかかった単語を口に出すと、横にいたサイフォン王子は手を口元に当てて身体を震わせます。

 完全に、笑いを堪えているというか、堪え切れてない感じです。


「上半身が女の子で、下半身が箱の魔獣ってどこかにいなかったかしら?」

「蜘蛛の魔獣ならいたはずです。確かアラクネ、と」


 悩み出す王妃様に、サイフォン王子が補足します。

 いえ、そういう補足はいらないのですけど。


「魔、魔獣……扱い、ですか……?」

「例えよ、例え。

 アラクネ、アラクネ……そうね、さっきのモカちゃんはハコクネって感じかしら?」


 まるで面白い思いつきとばかりに、手を合わせて顔を輝かせるフレン様の横で、サイフォン王子が口元を押さえています。


「ハコ……クネ……」


 何でしょう。

 固有名詞を付けられてしまった結果、自分が新種の魔獣のような気分になってきました。

 確かに客観的に見れば、上半身が人間、下半身が箱の異形に見えなくもないですよね。あの姿って。


 あ、しかも、人形箱も生やしましたね。

 アレって完全にハコクネって感じではないでしょうか……。


「でも悪くはなかったわ。

 人嫌いで滅多に社交に出ないって言うから、ああいう嫌味と皮肉のやりとりには馴れてないかも――と、勝手に思っていたから。

 相手の皮肉や嫌味を受け止め、受け流し、必要なら揚げ足を取って、理屈を以てやりこめる立ち回りも。

 相手を咎め、諫める姿も。

 相手の暴力を受け止め、最低限の反撃で制圧する胆力も。

 相手のやったコトを寛大に許す器も。

 何より、感情はどうあれ、目先にある優先すべきコトを正しく全うできる判断力も。

 どれもこれも王族の末席に加わるには、必要な能力だもの」


 こ、これは……完全に見られていたやつですね。

 最初から見ていたというのは嘘でもハッタリでもなく事実なのでしょう。


 で、ですが――最初から見ていたというのなら……!


「あの……その、見ていられた……の、でしたら……今更、見せる……必要は……」

「あらぁ! でも見えたのはモカちゃんの後ろ姿だけだもの。ちゃんと正面から見せて欲しいわぁ」


 どこかおねだりするような少女を思わせるあざとい視線を向けてくるフレン様。

 だけど、なんともそれに抗いがたく――


「そういうコトだそうだ。

 モカ、私からも頼む」


 サイフォン王子からも重ねてお願いされてしまえば、もう観念するしかありません。


 いつも心に『木箱の中の冒険』の精神です。

 今日何度目ともわかりませんが、ジャバくんから勇気を貰うとしましょう。


「わ、わかり、ました……」

「ありがとう。モカ」

「あらぁ、嬉しいわぁ」


 なんていうか、親子の波状攻撃にいいように振り回された気がしないでもないですが、負けを認めたのですから仕方がありません……。


「か、顔……だけですから……ね」


 箱の縁に手を掛けるように、私は天板から顔を出します。

 外から見ると、波紋の広がる水面から顔を出しているように見えるかもしれません。もっとも、私が顔を出すのは水面ではなく木面のような箱の天板から、ですが。


「あらぁ……!」


 ゆっくり、ゆっくりと……。

 私は天板から顔を出すと、フレン様は嬉しそうに笑いました。


「やっぱり、美人で可愛い子だったわね」



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