第44箱
黒幕からすると今回の嫌がらせは、成功すれば幸運。失敗しても仕方がない程度のものだったのかもしれません。
ただその代償は黒幕そのものが支払う気なんてさらさらなく、ルツーラ嬢ら実行者のみが被るようになっていた。
だからこそ、サバナスは色々と感じていたのでしょう。
ですが――私はそこに対して思うことはあります。
「殿下、サバナス……あの……」
「どうした、モカ?」
「これは……私の、考え方……ですけれども……」
そう前置きしてから、私はそれを口にします。
「暴力も、財力も、権力も、どんなチカラであれ……チカラというのは……より大きなチカラに、負けるもの……です。
彼女は、魔性式の時から……権力を振りかざして、回っていたようですから……ね。そのツケが、ここで回ってきた……それだけ、なのでしょう」
「そうだな。
ルツーラ嬢に関しては、魔法も財力も権力も、そのすべてを、すべてが上回る君に砕かれた。いや、ルツーラ嬢だけでなく他の令嬢たちも同じか」
「砕いた……つもりは、ありませんが、結果そうなった……のは、そうです……ね」
そこから立ち直れるかどうかは彼女たち次第。
とはいえ、かなり難しいのは間違いありません。
そして、もう一つ。
「そして……それは、黒幕も……同じ、です。
自らの立場……権力。財力。そして、間接的にも、暴力を使って……います。でもきっと、それはいつか……それを上回る……チカラに、潰される、のでは……ないでしょうか」
私の言葉に、サバナスは僅かな間だけ目を瞑って、軽く息を吐きました。
「お気遣い、ありがとうございます。
気を使わせてしまい、申し訳ございません」
気が晴れたかどうか分かりませんが、サバナスの声からははっきりと感謝の気持ちが伝わってきます。
口にして、良かったです。
「逆に、チカラを……善きに使えば……きっと、それを上回る善きチカラに、助けて貰える……時が、あります、よ」
あくまで持論です。
ですけど、サイフォン王子や、リッツ、カチーナも私の持論を否定する気はなさそうです。
「君の持論、胸に刻もう。それは上の立場にいる者こそが、覚えておくべき言葉だ」
「ありがとう、ございます」
そこで、話は一段落。
サイフォン王子は、一度私たちを見回してから、軽くうなずきます。
「さて、少しここで話し込みすぎたな。
そろそろ母上のサロンへ向かうとしよう」
「はい」
王子の言葉に、私は『箱』の中でペコリと頭を下げます。
その時、サイフォン王子がまたどこかを一瞥していたのですが、頭を下げたタイミングだったので、そのことに私は気づいていませんでした。
結構な距離を移動したようですが、ようやく目的地のサロンに着いたようです。
先のサロンと比べると、より豪華でお洒落です。
恐らくは城内のサロンの中でもかなり上位の、それこそ王族用のサロンなのではないでしょうか。
訊けば、実際ここは王妃様専用のサロンだそうで。
おかげで嫌でもこれから王妃様とお茶をするのだと実感してしまいます。
だからこそ……
……ワタシ、イマ、トテモ、ニゲタイ。
などと、後ろ向きなことを考えていると、それを察知したのか、カチーナがすかさず訊ねてきました。
「……お嬢様、箱の奥に逃げ込んだりしませんよね?」
あ、はい。
私はその視線を恐る恐る、箱の中から見返しながら、うなずくことしかできません。
とはいえ、実際に逃げるわけには行かないので、ちゃんと覚悟をしないといけないでしょう。
「ここまで、きたら……がんばる、から」
「かしこまりました」
こちらの答えに満足したのか、カチーナは一礼をしてから、失礼しましたと告げて一歩下がります。
いえ、うん。
さっきの今で、胃がとても痛いけど、お茶会を終えるまではがんばりますよ?
「モカは、箱の奥に逃げるコトがあるのか?」
さすがに今のやりとりに疑問に思ったのか、サイフォン王子はカチーナに訊ねました。
その声色はどことなく楽しそうです……。
「はい。箱の中にいてもなお逃げ出したい時などは、時折そこに」
「そうか」
わずかな逡巡のあとで、素直に答えるカチーナに、サイフォンはくつくつと笑いました。
「さっきまでの勇ましさが嘘のようだな」
「あ、あの……! さ、さすがに……ここまで、来たら、逃げません……から!」
「ああ。分かっている。君にはちゃんと勇気があると知っているさ。
先ほど孤軍奮闘していたようだから、よく分かっている」
思わず私が口にした言葉に、サイフォン王子は少し真面目に、だけどどこか優しい眼差しで、『箱』に向けてうなずきます。
……なんだか、ズルい……と、思ってしまう顔です。
もう、こんな顔されたら絶対に逃げられそうにないです……。
なんて思っているうちに、カチーナはリッツに一声かけて台車に手を掛けました。
「サバナス」
「はい」
カチーナが台車を押す準備ができると、サイフォン王子がサバナスに呼びかけます。
サバナスが前にでて目の前の扉をノックし、中で控えていた女性の返事が聞こえてきました。
ああ、もう……。
この期に及んでって感じですが、本当の本当に、覚悟を決めなければなりませんね……。
そうして、開けられた扉から、中へと運び込まれると――
「あらぁ! 本当に箱なのね!」
最初に聞こえてきたのは、そんな言葉でした。