第42箱
「先ほど、倒れたお二人を、診ていた……時にも、言いました、けど。
今ここで……敵対していても……将来的には、わかりません。
未来永劫敵対しそうな、人であれば……ともかく、そうでもない、人たちを……むやみやたらに、追い込んだりは……良くないか、と」
うん。
これは、かなり器の大きい人っぽさが出たのではないでしょうか?
などと内心で自画自賛をしていると、横でサイフォン王子が大きくうなずきながら、補足してくれました。
「そうだな。その通りだ。
例えば……そう、近い将来、突如悪魔の類が降臨し、若い女の生け贄をよこせばこの国には手を出さないなどと言われたら、ためらいなく出せる生け贄の確保は大事だな」
「どういう例えですか……ッ!」
思わずツッコミを入れますが、王子の補足は、かなり絶大な効果があったようで、皆さんから、恐ろしいものを見る目を向けられてしまっています。
待って下さい。
なんで令嬢たちのみならず、カチーナは呆れた視線を、サバナスとリッツはちょっと退き気味の視線を向けてくるのですかッ!?
今のは私の考えではなくて、王子の考えだったじゃありませんかッ!
そして、王子はその様子を楽しそうに見ないでくださいッ!!
「はぁ……戻ります……」
「待つんだモカ。まだ終わってない」
「はい?」
「ルツーラ嬢だけは『どうでもよい』で終わらせるコトは出来ない」
「あー……まぁ、そう……ですよね」
彼女は、王城敷地内での使用が禁止されている精神作用系の魔法を行使したという明確な罪があります。
それによって、マディア嬢という被害者が存在してしまっている以上は、誤魔化しようがありません。
「では、相応の……罰を、お願いします」
「わかった」
「ちなみに――」
推測の範囲での、ルツーラ嬢の魔法効果を王子に説明すると、何やら呆れられた視線を向けられてしまいました。
「一度、影響を受けただけでそこまで推察したのか?」
「大した影響……ではありません、でしたし、ある程度の……推察をして、おかないと……対処ができない、ではありません……か」
「それはサテンキーツ由来の武人の血か?」
「え?」
はて? なぜ、そこでサテンキーツ家の名前が出てくるのでしょうか?
「戦闘中に、不発した魔法を一度見ただけで、その効果をそこまで推測できるのは、並のコトではないからな」
「あー……」
そう言われてしまうと、そうかもしれません。
「でも、私が……人より、魔法について……詳しい、だけです、よ?」
「それでも、実戦でそこまで頭を回すのは難しいコトだからな?」
「そう、なのですね……」
いまいち釈然としないまま相づちを打つと、サイフォン王子はどこか苦笑混じりに息を吐きました。
「まぁいい。
ルツーラ嬢は、魔法を封じた上で牢へと拘束する。
他者への魔法行使はもちろん、城内での精神作用系魔法の行使の罪は重いぞ」
精神作用系や幻覚系はかなり危険ですからね。
それこそ、宰相であるお父様や陛下などが影響を受けてしまえば、国が傾きかねません。
だからこそ、禁止されている行為です。
また、他者への魔法行使も、その使用に正当性が見いだせなかった場合は暴行などと同じように罪となります。
今回の場合、マディア嬢を操っただけでなく、その手に大怪我を負わせていますからね。
「――と、いうワケだ。ルツーラ嬢」
私から必要な情報は得たと判断したサイフォン王子は、拘束されているルツーラ嬢へと向き直り、冷徹な王子の顔で告げます。
「最悪は其方の処刑。命が助かった場合も、魔法永久封印の後に、貴族籍を剥奪する。無論、家族ともども、だ。
貴族籍剥奪すら免れても、多額の賠償金の支払いは発生する。
沙汰は追って下すが、どうあれ温い処罰にはならん。覚悟しておくように」
それを見届けてから、私は小さく息を吐きました。
「はあ……終わりまし、た」
何だかとても疲れてしまったので、私は『箱』の中に戻ります。
あー……さすが私の『箱』。涼しいです。快適です。
やはり、全身がこの中にいるのが一番落ち着きます。
箱、さいこー……。
「さて、ルツーラ嬢以外の諸君。
聞いていた通りだ。モカ嬢は荒立たせる気はないようなので、彼女の意見を尊重しようか。
そうだな……成人して間もない者ばかりのお茶会であったが故の手違いと勘違いによるもの――とでもして、不問としておく」
サイフォン王子がぐるりと周囲を見回しながら告げます。
「だがな、今回のコトで身に染みただろう?
面白いコトを引き起こすというのは、良かれ悪しかれ、入念な下準備と確実な情報収集が必要なのだ、と。
雑な下準備と半端な情報収集でコトを起こした結果がこれだ。
そんな基本が出来ていない詰まらん者ばかりだから、私はモカ嬢を婚約者と選んだ」
それから、どこかを一瞬チラりと見ました。
……今、どこを見たのでしょうか?
ともあれ、その何かを確認したあと、サイフォン王子は続けます。
「彼女はその在り方が面白いだけでなく、その基本がしっかりとしている。その上、今見せられた通り、噂や流行のみならず病気に関するコトなど豊富な知識を持ち、それを生かすコトができる。
箱入であるデメリットを上回る大きなチカラと器と面白さを持っているのだ。
彼女に嫉妬するなとは言わんが、嫉妬するならせめて、同じ舞台に立てる程度に自分を面白可笑しく磨いてからにして欲しいな」
……え、あの……。
何だか、すごく、褒められて……ます?
サイフォン王子の本音であれ、この場を納める為のその場限りの言葉であれ、こんなに褒めてもらえるのは嬉しいです。
多少無茶だったかもですけど、勇気を出して立ち向かって、正解だったかもしれません。