第39箱
私は面倒な令嬢に対して、視線だけは男爵令嬢の方へと向けたままで告げます。
「今の……私にとっては……貴女の方が、どうでも良いです。
症状によっては、放置すれば……神の御座への道が、開かれる……かもしれない、のです。どちらが……重要かといえば、圧倒的に……あちらの方の、命の方が……大事です」
あとは、知ったことではありません。
こんな状況も分からない判断力も足りてない人の相手になんてしている暇はないのです。
尻込みをする男爵令嬢でしたが、周囲に引っ張られて私の方へと連れてこられました。
重要なのは、いま連れてこられた、こちらの方と――
「それと、そちらの……緑の髪の方。
貴女も……私の側へ。一緒に、診させて……頂きます」
その様子を見つつ、周囲を見れば、私を攻撃してきた方々の中にも、顔色が悪い方がいました。
反撃を受けて青くなった顔ではなく、明らかに体調不良による顔色の悪さがでています。
――もう一人を合わせた、この二人なのですから。
「で、ですが……私は、モカ様を……」
確かに、彼女もルツーラ嬢の取り巻きの一人でしたね。
でも、それとこれとは話が別です。
「目の前で、神々の元へ……行かれても、困ります。
敵対する……コトと、その身を……救うコトは、別でしょう?
何より、今は敵対してても……将来は分かりません。ここで、貴女を助けるコトが、未来の私を……助けるコトに、なるかもしれない……のですから、当然、手を……差し伸べます」
素直に前に出てくる緑の髪の方から許可をもらって、額や首元に触れます。
「頭痛や、吐き気、身体の、だるさなどの、症状は?」
「頭痛と、あと……とても喉が渇いていて……」
軽い脱水症状になりかけているようです。
「私の箱に、背を預けて……座って、ください。
暑さによる……熱中症という、症状でしょう。酷いと……本当に命に、関わります」
それから、周囲に連れられてやってきた男爵令嬢の調子を診ると、彼女も似たような状態のようです。
「貴女も、私の箱に寄りかかって……座って、ください」
二人は恐る恐るといった様子で寄りかかると、少し表情が和らぎました。
箱から冷気を出してますからね。
暑さが多少、和らいで感じることでしょう。
「ひんやりとして、気持ちいいですね……」
「……涼しいです……」
そんなことを口にする二人の様子を、周囲は羨ましそうに見ています。
まぁ暑いですからね。気持ちはわかります。
「少々、中に戻って……必要なものを、とってきます……ね」
箱の中に戻った私は、箱の中を駆けて必要なものを集めます。
濡れタオル。
それから、コップ一杯の水に、砂糖と塩、レモン果汁を加えたもの。
用意が終わったら箱の上面から身体を出して、二人へそれぞれ手渡しました。
「額、首筋、脇の下、股の……足の付け根の辺り……をタオルで、冷やして、あげて、ください。
それから、こちらの水を……一気に飲まず、少し……ずつ飲んで、ください」
二人が素直に従ってくれるのを見て、私は軽く息を吐きます。
ちょうどそのタイミングで、聞き慣れた声が私を呼びます。
「モカお嬢様!」
「カチーナ!」
良かった。
戦力が増えました。
「お嬢様、一体何があって……」
「ごめん。話は、あと」
カチーナの疑問を遮ると、彼女は即座に表情を変えます。
のんびりしてられない理由があるのだと、すぐに悟ってくれるのですから、さすがはカチーナです。
「ここで、箱に寄りかかってる、お二人は……熱中症の、初期症状が、出てる……から」
「かしこまりました。
涼しい部屋と、人手を確保して参ります」
「お願い」
カチーナが一礼して動きだそうとした直後に、新しい声が聞こえてきました。
「モカ嬢。私は何をすればいい?」
「殿下」
現れたのはサイフォン王子です。
突然の王子の登場にみんなが息を飲みます。
箱に寄りかかっていた二人も立ち上がろうとしますが、それをサイフォン王子は制しました。
「お前たちは体調を崩しているのであろう? 無理をするな。
カチーナ。私のコトは気にしなくていい。モカ嬢の指示に従え」
「恐れ入ります。では失礼します」
「待て、カチーナ。サバナスを連れていった方が早く済むはずだ。サバナス、カチーナが必要とするものの確保を頼む」
「かしこまりました」
こちらが何か言う間もなく、サイフォン王子は手配をしてくれます。
カチーナとサバナスが一緒ならば必要なものは、すぐ用意されることでしょう。
「モカ嬢、二人の手当を手伝おう。
何かするコトはあるか?」
「いえ、応急処置はしまし、た。
殿下の、前で……申し訳、ありませんが、お二人が……グラスを、傾けるのを……咎めないで、いただければ」
「それが必要な処置だと言うのなら、文句を言うつもりはない。
一気に飲まない方がいいのか?」
「はい。身体を、冷やし……ながら、ゆっくりと、水分を……補給するのが、大事ですので」
「――だ、そうだ。
モカ嬢が慌てて自分の侍女に指示を出すような症状のようだから、しっかりと言うコトを聞いておくように」
王子が二人へとそう告げれば、二人は素直にうなずきます。
「殿下」
「なんだ?」
「あそこで、伸びている……ルツーラ様の、拘束を……お願いします」
「何があった?」
「精神作用系の……魔法を、行使されました……ので、応戦しました」
私の説明に、サイフォン王子とリッツは顔を見合わせると、即座に動き始めるのでした。