第38箱
ルツーラ嬢にぶつかり跳ね返るように戻ってきた人形の右腕。
それをキャッチさせて、自分で繋げさせてから、私は人形箱を『箱』の中に戻します。
それから、改めて上半身を出しました。
もう出す必要はないのですけれど、ナメられないように振る舞うなら、やっぱり出す方がよいでしょう。
……せっかく戻れたのに……という感情はもちろんあります。
意図せず戦闘みたいなものまで発生して、結構限界に来ている部分はあります。
だけど、この場を乗り切るまでは、泣いたり吐いたり気絶したりなんて出来ませんから。
「皆さん……ルツーラ様は、そのまま、に。
近づかない……で、ください、ね。彼女の……魔法で、先ほどのマディア様の、ように……操られて、しまいます……ので」
実際のところ、マディア嬢は最初から影響下にいたのでしょう。
普段はそこまで強烈な命令はすることはなかったのでしょうけれど、さっきはヤケになってたようですしね。
「マディア、様……。手を……見せて、頂いて、も……?」
とても痛いのでしょう。涙を流しながら、マディア嬢はうなずいて、私に手を見せてきます。
「これは……治癒系の、魔法が……必要、かも……しれませんね」
「そ、そんな……」
ふつうの治療では、もしかしたら綺麗に治らないかもしれません。
ルツーラ嬢の取り巻きとしての彼女は、魔性式の時にも肩へ乱暴に手を乗せたりしてきたのを覚えています。
それを水に流す気はないですが、とはいえこの手は少し酷すぎます。
「ツテで、紹介は……できます。
料金、などは……ご両親を、交えて……交渉、してくださ、い」
とはいえ、そのまま放置はできないので、『箱』の中にある道具を取り出しての応急処置をします。
知識箱で色々と学んではいますが、実践するのは初めてなので、たどたどしく、お世辞にも手際よくとはいきません。
「今は、それで……我慢、して……ください」
「……はい」
ちょっとした仕返しのつもりが、とんだ大事になってしまいましたね。
いや、元を正せばルツーラ嬢が私をここへ連れてきたワケですから、大事になる素地はあったのかもしれませんけど。
私が嘆息混じりに、安堵の息を吐いた時、ふとサロンの奥にいる人に目が行きました。
……って、おや?
奥の方のうちの一人、ただ怖がって青くなっているにしては様子が……。
あちらにいる、小柄なオレンジ色の髪の方――少し気にかけていた方がいいかもしれませんね。
「モカ様。貴方はマディア様に謝らないのですか?」
元々私を囲んでいた令嬢の一人が戻ってきて、何やら言ってきます。
全く――状況を読めない人というは、面倒です。
「謝る? 私に、何の……落ち度が、ありまして……?」
そう告げると、私を囲んでいた人たちの半分くらいは、一斉に怒気の交じった顔をしてきます。
ですが――
「魔法戦を、仕掛けて……きたのは、ルツーラ様、です。
私は、それに……応戦した、だけです、よ? 城内で禁止、されている……精神作用魔法を、用いて、マディア様を操った……。
それを見ていながら、私が……悪い、と?」
「……貴女は……ッ!」
「なにを……怒られて、いるの……ですか?」
こんな状況を作り出してまで喧嘩を売ってきておいて、反撃されたら怒り出すって、どれだけ勝手なのでしょう。
「ツテで、治癒魔法の使い手を……紹介すると、約束までした……私に、これ以上の、何を望まれる、ので?」
操られていたとはいえマディア嬢は加害者ですしね。
私を囲い込んだ一人ですよ? それに対して、応急処置をして、治癒魔法の使い手の紹介までするというのに、どうしてここまで怒れるのでしょうか?
「それと、マディア様を……勝手に、引き合いに、出すのは……失礼、です。
ご本人は、これ以上の……喧嘩を、望まれては、いないようです……よ?」
私がマディア嬢の方へと視線を向ければ、彼女は涙混じりの顔で、コクコクとうなずいていました。
「他人を……理由に、喧嘩を売らないで、ご自身の言葉と、態度で、売ってきて……ください」
私は呆れながら、チラと先ほど見た奥の方の様子を窺います。
あちらのオレンジ髪の方は、ますます顔色が悪くなっているように見えますね。
ここからだと症状がわかりませんが、もしかしたら応急処置が必要な類の不調の可能性もありますし……何より、この暑さを思うと……。
反撃もするだけしましたし、もう面倒な令嬢方の相手はしなくて良いかもしれないですよね。
「あの……そちらの、オレンジ色の髪の、方……」
「ひっ……」
何度目かの勇気を持って、ちょっと大きな声を出して呼びかけると、ご本人とその周囲の人たちが息を飲んで怯えます。
……なんだか、凹みます。
私は人畜無害の引きこもった箱入り娘なのですけど……。
「怯え、ないで……ください。
お顔の色が……大変、悪いので……少し、診察を……したくて……。
マディア様を診たように……多少……ですが、医師の真似事が、できます……から」
それでも、がんばって声を掛けた時、周囲の方々が彼女を見ました。
「モカ様ッ! 貴女は私と話をしていたのでは? お茶会と分かっていて体調を整えてこられない男爵令嬢など、どうでも良いではありませんかッ!」
何やら叫ぶやかましい令嬢がいますね。本当に面倒です。
リーダー格のルツーラ嬢が大人しく気絶しているのですから、一緒に大人しくしててくれると助かるのですけど。
「今の……私にとっては……貴女の方が、どうでも良いです。
症状によっては、放置すれば……神々の御座への道が、開かれる……かもしれない、のです。どちらが……重要かといえば、圧倒的に……あちらの方の、命の方が……大事です」