第37箱
「さっきまで強気でいたコトを詫び、その上で婚約破棄を宣言なさい!」
「ヤです」
自信満々に命令してきたルツーラ嬢に対し、私はハッキリと即答しました。
「……え?」
惚けたような顔を見るに、魔法を掛けた状態で反抗されたのは初めてなのでしょう。
……となると、これまで使ってきて失敗は無かった……ということでしょうか?
「ああ……ご自身の、魔法効果を……正しく理解されて、なかったのですね」
さも私はお前の魔法を理解できたぞ――と言わんばかりの態度でそう口にしますが、実際はこれから考察するところです。
ふむ。
「恐らく、貴方の魔法は……一定の段階を踏むか、いくつかの条件を満たすか……する必要が、あるのでしょう」
まぁこれ以上のことは口にしませんが。
「そ、そんな……」
私がかかっていたのは初期段階といったところで、この後、さらに何かされれば危なかったのですけど、ルツーラ嬢自身がそこまで自分の魔法に理解がなかったようで、助かります。
「決して、効果が……無かった、ワケでは……ありません、よ?
軽く……ですけど、クラクラというか、チカチカというか……してます、ので」
これまで魔法を掛けてきた相手は、直接触って付与できた上に、条件もちゃんと満たしている相手だったとか……そんなところでしょうか。
「でも、それだけ……です」
条件としては――
・ルツーラ嬢にとって対象は、自分が下に見ている相手である
これが大前提であり、
・対象も、自身がルツーラ嬢よりも下の立場と自覚している
これが成立条件なのでしょう。
恐らくそこに――
・対象は、家格や能力において、ルツーラ嬢より下である
――という、ルツーラ嬢本人も意識していなかったであろう、条件があるのではないでしょうか?
両親や私に共通しているのはこれです。
現実的なところでの身分差や、立場の差。これが魔法効果に影響するわけです。
ここに――
・直接触って魔法を発動した
――という条件があるとしたら……。
……そうですね。
これらの四つの条件のうち、最低三つは満たさなければ、正しく効果は発動しない――といったところでしょうか。
「面白い、魔法……です、ね。
もしかしたら、伝説級の……魔法へ、進化……するポテンシャルは……ありそう、です」
「あ、貴方が……ッ! 私の魔法のッ、何を……!」
すごい顔をして激高していますが、少なくとも私はルツーラ嬢本人よりも、ルツーラ嬢の魔法を理解できた自信はあります。
「さて、実験、です……」
精神作用系の魔法の影響下にいるなんて、滅多にありませんからね。
こんな時でもないと出来ない実験をするとしましょう。
……と、言っても別に特別なことをするワケではなく。
単純に今のこの脳内がチカチカする感じの状態のまま、『箱』の中に戻るだけなんですけど。
全身、『箱』の中へと入ると、頭の中でチカチカしていた何かが、砕け散り霧散していったような感覚があり、頭がスッキリしました。
なるほど。『箱』は物理的な毒だけでなく、精神作用系の魔法の影響すらも無効化してくれるようです。
「マディア! その箱をッ、叩き壊しなさいッ!」
その言葉と共に、取り巻きの内の一人――マディアと呼ばれた令嬢が動き出します。
意思の薄れた瞳でこちらを見て、躊躇い無く拳を箱へと叩きつけてきました。
それは、無意識の手加減すらない一撃。
拳の方が、箱の固さに耐えきれずに、血が飛び散ります。
元騎士団長であるお爺様の本気の一撃ですら傷つかない『箱』です。いくら本能的な加減すらない拳とはいえ、荒事に縁のない令嬢の拳などたかが知れます。
箱に拳を弾かれたマディア嬢は、その意思の薄れた顔を、苦痛に歪ませました。ですが――
「マディア! 手加減なんてするんじゃありませんッ!」
続けて口にするルツーラ嬢の言葉に、私の中の何かがキレた気がします。
「……貴方は……ッ!」
私は切り札の一つを切ることにしました。
箱の上面から姿を見せるのは、私――ではなく、箱を組み合わせて人の形にした、人形箱。
今回は上半身だけですが、それで充分でしょう。
「あああああああ……ッ!」
涙を流しながら振るわれる拳を――人形箱は優しく受け止め、マディア嬢を一瞬だけ『箱』に取り込みます。
そして、『箱』の持つ無効化の影響を与え、洗脳状態を解除し、瞳に正気が戻るのを確認したら即座に、『箱』から放り投げました。
「マディア!」
ルツーラ嬢が三度名前を呼びますが、呼ばれたマディアは弱々しく首を横に振ります。
「私の魔法が……」
よろよろと、だけど間違いなくそこから逃げだそうとするルツーラ嬢へと私は叫びます。
「逃げるなッ!!」
自分でも信じられないくらい大きな声。
自分でも信じられないくらい感情の乗った声。
それに答えるように、人形箱は右手をルツーラ嬢へと向けて――
「は、箱から出れないのでは……追いかけられないでしょう……!」
ヒッと喉の奥で小さく悲鳴を上げながら、それでも言い返してくるルツーラ嬢。
ですが、問題ありません。
そこまで射程が長いわけではありませんが、人形箱の拳は――
「発射!」
肘と手首の中間くらいから切り離された手が、ルツーラ嬢めがけて飛んでいき、クリーンヒットすると、彼女の意識を刈り取ります。
――飛びますから。