第35箱
他の令嬢に比べるとまだ冷静なルツーラ嬢は、
「…………」
僅かな逡巡の後に答えます。
「ええ、存じ上げておりますよ。
ドリップス家の方であるコトは」
「そう……でした、か。知っていたのに、皆さんの……行為を止めなかった、の……ですね。つまり、貴女から……すれば、この人たち、なんてどうでも……良かった、のですか?」
すかさず――というほど滑らかな反応ではないですけど――私は質問を投げます。
さっきまで沈黙していた人たちの顔色がさらに変わりますが、気にしません。私にとっては、どうでもよい人たちですから。
「どうでも良いだなんて、思ってはおりませんわ」
多少冷静さを伴って反論してきますが、反論になっていません。
「では何故、私に……対する、攻撃を、止めなかった……のですか?」
結局、この質問がキモです。
どれだけ反論しようとも、これに筋の通った返答ができなければ、説得力は生まれません。
「………それは……」
「それは?」
「は、箱に入ったまま、顔を見せない人に答える気などありませんわッ!」
「おかしな、コトを……仰います、ね。
この件に……関しては、私が箱の中に……いたままだろうと、外に出ようと、あまり関係ない、のでは?
質問の内容は、『何故、私に……対する、攻撃を、止めなかった……のか』なのです、から」
ルツーラ嬢は答えられず、露骨に機嫌の悪そうな顔をしましたが、それでは返答になりません。
でも、すぐに返答してくれるわけではないでしょうから、ちょっと余計な話でもしましょうか。
「あ、ちなみに。
私を……囲んでいる、方々で、まったく、答えを返して……こない人……。皆さんは、私の質問を……肯定したって、コトにします、ね。
途中で、私が……ルツーラ様に、声を掛けた……せいで、タイミングを逸した……とか言い訳された、としても、聞く耳は……持ちません。
だって、私がルツーラ様に、声を掛けるまで……時間は結構、ありました、もの。そこで……答えられなかった、人たちが……今更、答えてくれる、なんて……思ってはいません、から」
あー……一気に喋ったら喉が渇きましたね。
私は、皆さんがまとめて顔色を悪くするのを確認しながら、本を読み始める前にいれたものの、すっかり冷めてしまっているお茶で喉を湿します。
ふとサロンの奥を見ると、遠巻きにこちらを見ていた方々から畏怖の視線を感じます。
嫌がらせに関わらることなく、サロンの奥で縮こまってただけの方たちにまで怯えられるのはちょっと不本意なのですけど……。
心臓の嫌な鼓動は未だに続いてますし、泣きそうで吐きそうなのも、現在進行形で、それでも表情や声には出さずにがんばっているのに……。
まぁいいです。
最後までがんばりぬきましょう。
次の質問です。
「ところで……皆さん、どうして、そんなに……青くなられて、いるのです……か?
もしか……しなくとも、箱に、引きこもった、私が反撃……なんてしてくるとは……思わなかったと、そう考えて、いらっしゃるので?」
だとしたら温い考えと言いますか、浅はかであると言いますか……。
「それが、どのような……手段であれ、攻撃をして良いのは……反撃される、覚悟がある者……だけ――そんな、お話を……ご存じでは、ありませんでしたか?」
ああ、ますます固まってしまいましたね。
図星だったのでしょうか……?
この質問にも、答えは返ってこなさそうです。
小さい頃、反撃をしなかったのは面倒くさいからですし。
引きこもってからは、反撃する必要のある場面には出くわしてきませんでしたし。
反撃してこない相手と思いこまれても仕方なくはありますが、でも私がそれを公言したことはありませんからね。
……そういえば、ルツーラ嬢って私のことを覚えているのでしょうか?
小さい頃のことをいつまでも――とか思われるかもしれませんが、せっかくなので、十年越しの反撃をしてみますか。
「ああ、そういえば……ルツーラ様。少々、ご確認したいコト……があるのです、けれど」
「な、なに……?」
「モカ・フィルタ……という名前に、覚えは?」
「え?」
突然、何を――という顔をするルツーラ嬢の横で、何かに気づいたらしい取り巻きの女性が目を見開きます。
「魔性式の時に、聞いた名前ですけど……まさか……」
「ああ。当時から、ルツーラ様の……取り巻きで、いらっしゃった……方です、ね。今も……まだ、ルツーラ様と、ご一緒だ……なんて、仲がよろしいコト」
自分でも、思っていた以上に低めの声が出ました。
あの時の出来事は、自分で考えている以上に、結構怨みが深いのかもしれません。
ここで名乗りを上げれば完璧なのでしょうけれど……それだけでは、足りない気がします。
……ああ、思いついてしまいました。あと、もう一歩を。
それを思いついてしまったことを後悔したいくらいです。
でも、だけど……。
最高のタイミング。最高のシチュエーションです。
彼女に対して反撃するのであれば、ここしかないってくらいの状況です。
終わったあとで、ストレスと緊張で吐いて倒れるかもしれませんけど……でも……。
ジャバくんが旅の途中で出会った人も言っていました。
死中に活あり。手元に活路が来たのであれば、躊躇うことなくつかみ取り、それをモノにしながら、その死中を乗り越えるんだ――と。
私は『箱』から腰くらいまで外に出て、ルツーラ嬢に最高の笑顔を見せて、名乗ります。勢いのままに。
「モカ・フィルタ・ドリップスと、申します。
魔性式の際は、わざわざ、フルネームを……名乗って下さった、のに……その場の、マナーにおいて、フルネームを……名乗るコトが、出来なかった……失礼をお許し、ください、ね?」
あああああああ……勢いのままに――そのつもりだったとはいえ――やってしまいました。
自分でやっておいて、胃がシクシクします。顔には出しませんが。
でも、やったことに後悔はありません。
このくらいやっておかないと、この先もナメられっぱなしになるでしょうから。
ナメられっぱなしというのは、王族の妻としてもよろしくないですものね。
さぁ、ここからどうされますか? ルツーラ嬢?