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第30箱


 その日の夜も、サイフォン王子と送り箱でやりとりをしていました。


 もはや就寝前の日課になってますね。

 そんな、いつものやりとりの中で、サイフォン王子が書いてきた内容に、私は少しだけ悩みました。


《こうして、まるで側にいるようにやりとりができるとはいえ――やはり、お茶会のようなコトはしたいな。

 秋が近くなるまで、それも出来ないというのはもどかしいものだ》


 サイフォン王子としては、単にお茶会がしたいというよりも、もっと『箱』に触れたいという本音がありそうですが、そうやって言って貰えるのは嬉しいものです。


 ――ここは素直に王都にいると、サイフォン王子に教えるべきでしょうか。


 ですが、王子がこの家に来るとなれば、わざわざお母様が仕込んでいった『私は王都にはいない』という話を覆してしまうことになります。


 少なくとも、送り箱でやりとりする分には、周囲に私が王都にいると思われることはまずないでしょう。

 でも、サイフォン王子が家に来るとなれば、少数であっても目立つはず。


 ……あ。


 でも、そうですね。

 その辺りの話を踏まえた上で、私が王都にいるということを教える分には、恐らく王子も考慮してくれることでしょう。


 それに何より、私自身が王子と直接会いたいですから。

 そこまで考えて、私は紙に言葉を認めます。


《実は王都の邸宅にいます》


 色々と言葉を連ねようと思いましたが、とりあえずはこの言葉でサイフォン王子の反応を見ることにしました。


《すごいな。俺も気づけないほどの情報操作か。さすがはモカだ》

《お褒めいただいたところ申し訳ないのですが、帰領する母の置き土産なものでして》

《それは失礼した。しかしドリップス公爵夫人もさすがだな》


 即座に反応が返ってきます。

 どこか筆跡が軽やかな感じもするので、楽しそうにしているのかもしれません。


《王都にいるのでお茶会をするのであれば可能なのですが、殿下が我が家に出入りしているのを見られると、私は領地に帰っているという話が覆ってしまうのではないかと危惧しておりまして》

《確かにな》


 簡素な返事のあとで、しばらく間が開きます。

 恐らくは何か考えているのでしょう。


《モカ。王都にいるというのであれば、早々の顔合わせをしたいのだが、大丈夫か?

 宰相と相談の上、モカが王都にいるとバレないような形での登城方法も考えよう》


 サイフォン王子からの提案に、私は眉を顰めてしまいました。


 確かに私たちの婚約は現状、口約束状態です。

 本格的な婚約状態にするには、親同士の顔合わせをした上で、双方の家が納得しなければなりません。その顔合わせの場で、婚約の成立や今後の予定なども話し合われることでしょう。


 そうなると、私自身もお父様とともに陛下の前に顔を出す必要があります。


 ……顔合わせは、いずれは挑まねばならないことです。

 それが早いか遅いかの違いであると言われればそうなのですが――


《正直に言ってしまえば怖いです。

 完全に箱の中へと引きこもってからは、身内以外の人とほとんどやりとりをしてなかったので》

《俺に素顔を見せようとした時もあの様子だったからな》


 その返信のあと、またしばらく何も送られてこない時間が流れます。

 こちらとしても何と返事をしたものかと、悩んでしまうのですけど。


《内々の小さなお茶会という形ならばどうだろうか。

 事前に父上と母上に断りを入れ、無理そうなら箱から出る必要もない》


 サイフォン王子から送られてくる文面から推測するに、早いうちに婚約を成立させてしまいたいのでしょう。

 それが、私を思ってなのか、政治的な思惑があるのかまでは判断できませんが。


《それでもロクに喋れないかもしれませんが》

《母上ならそれでも大丈夫だと思うがな。

 それに、顔合わせが上手く行こうが行くまいが、婚約が成立さえしてくれれば問題はない》


 ……その言い回しは、私よりも私との婚約に意味がある――という風にも取れてしまいます。

 ちょっと悪意のある受け取り方だな、とは思うのですけど……。

 ダメですね。どうしてもそう受け取ってしまって、少し悲しくなってしまいます。


 とはいえ、婚約を成立させてしまいたい――という王子の意思も分からなくはないのです。

 今のままですと、簡単な妨害で婚約が白紙になってしまいかねませんから。


 何より、王妃とのお茶会それ自体は、王族の妻となる以上は、今後機会も増えるわけで……。


 お母様との約束もあります。

 怖くて怖くて仕方がないですが、逃げるわけにもいきません。


 私は『箱』の中の本棚に収まっている『木箱の中の冒険』の背表紙に視線を向けます。

 ジャバくんも本当に必要な場面では絶対に逃げませんでしたから。私もがんばりましょう。


《わかりました。覚悟を決めるとします》

《君の勇気と覚悟に敬意を表するよ。でも無理はしないように》


 その文章とともに、王子の爽やかな笑顔が脳裏に浮かんだのですが、その笑顔がどうにも胡散臭い感じの想像になってしまいました。


 本当に心配しているかどうかすら、ちょっと疑ってしまいますね……。

 それを振り払うわけではありませんが、軽く頭を振って、返事を認めます。


《はい。ありがとうございます。がんばります》

《必要な手配や相談などはこちらでしておく。君は準備だけをしておいてくれ》

《はい》


 逃げることのできないことです。

 予定が前倒しになる程度で、怖がっていても仕方がありません。


 何より、今後は人前に出る機会も増えていくのです。

 今からでもどんどん練習していかなければなりませんから。


 私が小さく嘆息しているうちに、サイフォン王子からいくつかの質問が飛んできます。

 それを確認し回答を書きつつも、私はカチーナに相談が必要な事柄を、王子宛の紙とは別の紙に書き記していくのでした。




 あれから三日ほど経った日の夜。

 サイフォン王子から顔合わせ提案されてからすぐに動きだしたのか、あれよあれよと彼は根回しを終えたようです。

 仕事を終えて帰宅したお父様が私の部屋にやってきて、そのことについてお話してくれています。

 私はそれを『箱』の中から耳を傾けていました。


「王妃より、お前宛のお茶会の招待状を預かった。

 お前とラテの立ち回りを考慮して、密かに行われる内々のモノだ。

 そのお茶会では婚約の顔合わせも兼ねるそうなので、途中で私と陛下も顔を出す」


 その辺りは、サイフォン王子が提案してくれた話と大筋同じですね。

 それにしても、三日でこのような場を準備してしまうなんて、さすがはサイフォン王子……と、言ったところでしょうか。

 

「それで、その……その、お茶会というの、は……いつ、やるのです、か……?」


 訊ねると、お父様は一つうなずき、答えました。


「三日後だ」

「え? その、準備……期間の、ようなもの……は?」

「登城するのに問題のない最低限の格好で良いそうだ」 


 ドレスの準備どころか、心の準備をする時間もほとんどないじゃないですか……ッ!?


 私が驚愕していると、お父様は部屋の中に控えているカチーナに声をかけます。


「そういうワケだ、カチーナ。抜かりなく準備を頼むぞ」

「かしこまりました」


 お父様の言葉に、カチーナは一度うなずいてから、問いかけます。


「ところで旦那様。

 お嬢様は当日はどのように登城されるのか、お伺いしてもよろしいですか?」

「当然の疑問だな」


 うむ――と、軽くうなずき、お父様は答えます。


「当家からの荷物運搬用の馬車で、『箱』ごと運ぶ予定だ」

「運搬用の馬車ですか?」


 荷物運搬用……。


「そうだ。

 ラテのおかげで、モカは現在王都にはいないコトになっている。

 だが、そんな中で私の勤務時間中に、我が家の家紋付きの豪華な馬車が堂々と城へと行けば、色々と疑われてしまうだろう?」

「確かにその通りですね」


 いえ、いいんですよ。

 確かにお父様の言葉の意味は理解できますから……。


「故に、私の出勤に併せて荷物用の馬車も出す。

 それならば、私が何かを持参する為に出した馬車だと思われるコトだろう。

 無論、本物の持参品も用意するから、変に疑われても問題はない」

「帰りはどうなさるのですか?」

「そこも抜かりはない。

 今回の荷物はただ王家へ献上するだけの品ではなく、王家との取引の品だからな。

 こちらの荷物と引き替えに、城で別の荷物を受け取って帰ってくることになる」

「そこに『箱』(おじょうさま)を乗せられる、と」

「そういうコトだ」


 そしてその王家から渡される荷物は手違いで中々用意されず、私が帰る頃まで準備が整わないのでしょうね。


「ほかに何かあるか?」

『箱』(おじょうさま)はどこに運ばれるのでしょうか?」

「空き部屋をいくつか押さえてあるそうだ。その内の一つに運び入れる予定となっている。その他、詳しい手筈や細部の詰めなどは、明日の夜改めて伝えよう」

「かしこまりました」


 お父様とカチーナのやりとりを聞きながら、私は三日後のことについて、考えます。


 お茶会――私は、ちゃんと出来れば良いのですけれど……。

 数日先の話なのに、はやくも私は不安と焦燥で体調が悪くなってきた気がします。


 ……箱の効果で、中にいる限り体調不良なんて発生するはずないのですけどね……。



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