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第3箱

引き続きお読み頂き、ありがとうございます。


本日は3話公開。こちらは3話目となります。


「面白いな、其方は」

「きょ、恐縮です……」

「そう言えば、名前を聞いていなかったな」

「あ、はい……モカ。モカ・フィルタ・ドリップスと申します」

「では、其方がドリップス宰相の……」

「は、はい……娘です。恐縮です……」


(ド、ドリップス宰相の娘は、箱入り娘って聞いてたけど~~~~ッ!?)


 聞き耳勢は驚愕しきりだ。

 そもそも、箱入り娘だとは聞いていても、箱に入っている娘だとは誰も思わなかったことだろう。そんな風に思える人間はまずいない。


「こちらも名乗っていなかったな」

「じ、実は……存じ、上げて……おります……サイフォン……王子」

「なんだ。驚かすつもりだったのだがな」


 残念そうに肩を竦めるが、サイフォンの口元には笑みが浮かんでいる。箱の中にいる相手が自分を知覚していたのが楽しいのだ。

 ワインもそうだが、彼女はどうやってか外を認識している。そして自分のことを認識していたにも関わらず、その様子を表に出すことなく対応していた。


(彼女は決して愚かではない……だが、分かっててのあの対応であれば次第によっては不敬に当たるコトに……)


 そこまで考えて、サイフォンはハッとする。


(そう。愚かではないんだ。彼女は敢えてあの対応をしていたのでは?)


 お互いに名乗らずに語り合っていれば、不敬を指摘された際に王子だと知らなかったと口にできる。

 本来であれば、母国の王子の顔を知らないということも不敬に当たるが、彼女のその特異性――引きこもりの箱入りという噂そのものを信じた上で、箱の中にいるという行動など――を思えば、そういうこともあるか……と許される可能性が高い。


 だが、こちらが名前を問い、モカは名乗らざるを得なかった。

 その結果、彼女はドリップス家の人間であると知られてしまったのだ。


 こうなると、むしろ王子に名乗らせる方が体裁が悪いと判断し、自分から知っていたと口にした。そんなところだろう。


 そう考えると、成人会に出席しないのはマズイという話を知らなかった――とは思えない。

 恐らく、出席したくないという我が儘は、箱のままで構わないという言葉を宰相から引き出す為の方便だったのだろう。


 だとすれば――彼女はこの箱の中にいながらにして、多数の大人たちを手玉にとったことになる。


 背筋にゾクゾクしたものが走る。

 気持ちがワクワクしてくる。


 面白いものが好きだという彼のツボをこれほどまでに刺激してくれる存在がいたという事実。


 何より彼女の立ち位置は、今のサイフォンにとってもありがたい。

 もう少し話をして、彼女について知っておく必要がある。


「実に興味深いな。もっと箱について知りたいところだ」


 魔法の詳細を聞くことは基本的にタブーだ。

 ましてや引きこもりの令嬢。箱がなければパーティにも出席できないという極度の人見知り。


 それでも無理を通してみるのであれば――最悪は、不敬をチラ付かせる手段も考えておくべきか。


「箱の中……見せてもらえたりはしないだろうか?」


 そんな思惑をおくびにも出さず、サイフォンが訊ねる。


「…………」


 すると、即答で拒否されることはなく、少し長めの沈黙が落ちた。

 この反応は迷っていると見るべきだろうか。


(王子ッ、そんな直接的に……ッ!!)


 サイフォンとモカの沈黙の駆け引きが始まったのを見ながら、ギャラリーたちは息を飲む。

 誰もが気になっていながら、さすがに厚かましいだろうと思って躊躇う行動を、躊躇わず取っていくサイフォンに、驚いた。


 だが、当人たちはそんなギャラリーのことなど気にすることはない。

 ややして、モカの方から沈黙を破った。


 破ったのだが――


「えっと……あの……」


 モカは突然のことで混乱しているのか、「えー」とか「あー」と言った言葉を繰り返すだけになってしまった。


 さすがに少しいきなり過ぎたか……と、サイフォンは苦笑する。

 だが、この反応から見るに、完全に拒否したいというワケではなさそうだ。


 モカにはモカの思惑があり、何か応えようとしているのだが、人に馴れてなくてうまく口が回らないのだろう。


 逆に言えば、人に馴れてさえしまえば、こういう場での駆け引きを行うのに躊躇いのないタイプなのかもしれない。


「わかり、ました……」


 ややすると箱の一部が波打って、白い磁器のように美しくか細い手が現れる。


「あの……その……中へ、お招き……いたし、ます」

「おお! そうか。是非お願いしたい」


 僅かな時間とはいえ言葉を交わして感じた印象からして、彼女は会話が苦手なようだ。

 しかも極度の対人恐怖症を自称している。


 そんな人物がわざわざ自分の領域に他人を招待しようとしているのだから相応の勇気がいることだろう。

 だが、彼女の思惑は、それをしてでもサイフォンを中に招くべきだと判断したのかもしれない。


 もっとも、そういう駆け引き云々の話以前に、サイフォンとしては考えることがある。


 未知なる魔法の箱の中。とても楽しそうではないか。


「では、よろしく頼む」

「王子。私の、手を握ったまま、箱に触れて……ください……」

「む?」


 言われるがままに箱に触れると、箱が波打って自分の手が中へと入っていく。


「お招き……いたします。

 カチーナ以外の人を、はじめて、(ここ)に……」

「良いのか?」


 さすがにそう言われると、躊躇いは生まれる。

 紳士的にも、そこは一度、問いかけをしておくべきだろうと、サイフォンは、確認を取った。


「はい」


 そうして吸い込まれた箱の中は、外見よりもずっと広い空間だった。

 ちょっとした高位貴族の私室ほどの広さだろうか。


 自分を引き込んだモカの手が放れていくのを感じながらも、サイフォンは周囲を見回す。


 女性らしい華やかな内装の中に、見慣れない奇妙な箱が多数並んでいる。その奇妙な箱は微かに振動して音を立てているようだ。

 箱から延びる線のようなものがあちこちのモノと繋がっているのは不思議な光景だ。

 その周辺には半透明の箱や、見慣れない箱状の機具なども多く設置されているようだった。


 そうして視線を巡らせていると、宙を漂う掌サイズの箱が目につく。

 それらには顔のようなモノが描かれており、なんというか――宙を漂うのを楽しんでいるようだ。


 次に目に入るのは、目立つ場所に置いてる本棚だ。

 だが、その貴族らしい装飾の施された本棚に並んでいるのが、庶民向けだと思われる質素な本のシリーズのようで、そのギャップが面白くもある。


 さらに周囲を見渡すと、奥の方には複数の扉が見えるので、箱の中は、もっと奥があるようだ。


「こ、これはッ! すごいッ、すごいぞッ! 中は広いのだなッ!」

「はい……自室と同じくらいには」


 うなずく女性の声に、サイフォンの意識がそちらへと向く。

 この魔法の空間も気になるが、サイフォンはもっと気になるもの――いやもっとも気にするべき女性へと視線を向けた。


 そこには――


「え?」


 首から上が馬で、首から下は華奢ながらもメリハリのある美しい身体つきの女性がいた。


 そう――美しい身体に馬の頭、である。


 あまりの驚きに常日頃から冷静で飄々としているサイフォンの心臓が、珍しく飛び跳ねて、早鐘を打つ。


「そ、その頭は……?」


 サイフォンが焦りながら訊ねると、馬の頭をしたモカは、両手を前に出し左右に振りながら、必死な様子で答えた。


「あ、違い、ます……! こ、これは……その、顔を晒すの、が……恥ずかしいの、で……被りモノを……」

「か、被り……モノ?」

「はい」

「そうか……驚いた」

「申し訳、ありま……せん」

「気にするな。顔を晒したくないというのであれば、それでいい」


 互いに大きく息を吐いて気を取り直す。


「その……客間へ、どーぞ」

「客間があるのか」

「この箱の中は、その……もう一つの、わたしの、家……ですの、で」



本日の公開分はここまでとなります。


明日も3話公開予定。

次話は朝8時に更新予定です。



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