第29箱
王城に設置された見聞箱を、何か無いかなぁ……といくつか順番に起動させていると……
中庭の人目のつかない場所に設置された見聞箱の一つに、ちょっと興味が引かれました。
見聞箱が見た光景は、知識箱を経由して、知識箱が作り出す半透明の箱に映し出されます。
そこに映っていたのは、どこかの貴族令嬢たちでした。
お城の一部は一般開放――とはいえ、利用者は利用することに気後れしない一部の貴族くらいのようですが――されていて、申請をしておけば、普段あまり使われないサロンなどでお茶会を開くこともできるそうです。
そういった催しに参加していた令嬢たちなのでしょう。
隙間の時間なのか、催しの終了後なのかは分かりませんが、サロン近くの小さな中庭で、なにやらお話をしているようでした。
『……がご婚約されたそうよ』
『ええ、伺っているわ。まだ公表されていないようですけど』
どうやらお話の内容はサイフォン王子の婚約に関する噂話のようです。
『サイフォン王子と一緒の成人会に参加していた箱が相手だという噂は聞きましたわ』
『はい?』
『箱?? ですか???』
はい。箱ですよ。
正しくはその中身との婚約ですけど。
……冷静になってみると、噂になるの早すぎる気はしますけど……。
成人会での王子とのやりとりが、そのまま婚約という尾鰭がついて広まってる感じなのでしょうか?
『実際のアレを見ていないと理解が出来ないと思いますが、箱なのです。実際に……』
『箱?』
『どうして成人会に箱が?』
『魔法で作ったものらしく、中に女性が入ってましたわ』
その光景を知っているということは、ほかの方と異なり、この人は成人会にいたのでしょう。
つまり、私と同じく夏の生まれで成人された方なのですね。
濃紫色の髪……橙色の瞳……猫のような切れ長の目……。
はて? 私とサイフォン王子のやりとりを目撃してるらしいこの人なのですが……どこかで見覚えがあるような気がします。
どこでしたっけ?
思い出そうと、眉間に皺を寄せている間も、そこでのやりとりは続いていきます。
『それにしてもお詳しいですわね。その成人会に出席されていたのですか?』
『ええ。もっとも、箱や王子から離れた場所にいたので、やりとりの詳細までは……。
私の知っているやりとりの全ては周囲にいた方から聞いたものでしかありません』
『それでも充分ですわ。何かご存じありません?』
『その箱とやらの中身が誰だったのか、とか』
興味津々といった様子の周囲に、頼られている感じが嬉しいのか、どこか得意げに、濃紫色の髪の令嬢が告げます。
成人会に出ていたということを思えば、恐らくあの中で彼女が一番の最年少。だからこそ、年上に頼られるというのが嬉しいのかもしれませんね。
それにしても、やっぱりこの人……どこかで見た記憶がありますね。
『事実であるという保証まではありません。それを前提に――ではありますが、私が聞いた箱の中にいた方は――』
『いた方は……?』
『ドリップス公爵家のご令嬢だそうです』
ほかの令嬢たちが僅かな間、沈黙します。
その沈黙の間に、濃紫色の髪の令嬢の言葉がじわじわと脳に浸透していったのでしょう。
そして、理解するまで浸透したところで、ほかの方々は顔を上げました。
『ドリップス公爵のご息女は箱入りだと伺っておりましたが……』
『文字通り箱に入っていたのですかッ!?』
あ、その驚愕は成人会の時に見ました。
『しかし、これまで箱入りという噂以外を伺ったコトのない方と殿下がご婚約とは……』
『何となく気にくわないですわね』
『いくら箱入りとはいえ、婚約が決まった以上は、今度の建国祭のパーティには出席されますわよね?』
あ。
唐突に、唐突に思い出しました。
あるいは、彼女の仕草に思い出すキッカケがあったのかもしれません。
濃紫色の髪の方は……メンツァール家のご令嬢です。
名前は確か――ルツーラ……そうです、ルツーラ・キシカ・メンツァール嬢だったはず。
魔性式の時、私の、本を、奪った人……。
希少属性だと思われる『順』なる属性を授かったと、そういえば自慢していました……。
人のこと言えませんけど、どういうチカラを持った魔法なのでしょうか?
順番や順序を強制的に守らせる……とかでしょうか?
……よくわかりません。
『ええ、ええ。そうでしょうね。せっかくですから、みなさんでご挨拶する機会を作りたいものです』
『それは良いですわね。出来れば、建国祭の前にお会い出来れば良いのですけれど』
ご挨拶。ご挨拶か……。
言葉通りに受け止めてはいけないものですよね……。
この人はまた……私に、嫌な思いをさせるつもりなのですね……。
こういうのが面倒だから人前に出たくはないのですけれど……。
ここで逃げて、引きこもることを選ぶと、お母様に認めてもらえなくなってしまいそうなのが、大変面倒くさいです。
正直、ルツーラ嬢なんて、顔も会わせたくないくらいですし。
恐らくは、こういうのを上手く捌いた上で力を見せつけることが、『王家に連なる者と結婚する為に必要なこと』だと、そう言われることでしょう。
器の大きさを見せつけるなり、華麗にいなすなり、豪快に反撃するなり――上に立つ者としての振る舞いというものが求められるというのは、理解できますけど……。
いざ、自分がその振る舞いを求められる立場にいるというのは、こういうのを見ると実感します。
お母様に認めてもらうだけでなく、対外的な意味でも『令嬢たちからの嫌がらせくらいは捌ける姿』というモノは必要なのでしょうけれど。
……はぁ。
今後はルツーラ嬢たちに対する対処法なども、少し考えておく必要がありそうですね。
とはいえ常にこの場所で情報収集できるとは思えませんし――
ここでのやりとりを見てて思い出したのですが、すぐそこの一般開放されているサロンの中には、見聞箱の設置はしてませんでした。
なので、近いうちに設置したいところです……。
いつ、カチーナに頼みましょうかね。
サイフォン王子には、見聞箱に関する、設置方式に関する話だけ明かして、協力してもらう……というのもアリ……かも?
その辺りも踏まえて、もう少しどうすれば良いか考えてみるべきかもしれませんね。