第23箱
「こちらからばかり質問をして何なのだが……。
知識の収集だけで毒の種類まで分かるのか?」
「えっと……その、これは……周囲で、聞いている……皆さんにも、胸に……秘めておいて、欲しい……話、なのですが」
そう前置くと、なぜか皆さんに緊張が走ります。
これからするのは、ある意味で、王子付きの人たちの気苦労を減らす話なのですけど。
「箱の中に、いる限り……私は、毒で……死ぬコトは、ありません……ので」
「それはどういう意味だい?」
「そのままの、意味です。
毒の味は、分かり、ますけど……毒は、その効果を、発揮しないまま……無毒化、され、ます……」
「なるほど。
先日の『箱は毒に強い』というのはそういう意味か」
王子付きの方々は何とも言えない表情を浮かべていますが、当の王子は何やら難しそうな、でも楽しそうな、そんな顔をしています。
そして、王子は質問のていで、半ば確信しているような話を訊いてきました。
「しかし毒が効かないコトと、知識があるコトは別問題だ。
となると――君は毒が効かないと気づいた時に、色々試したのではないかと思うのだが?」
「はい……その、興味が、とても湧いて……しまって」
そうしっかりと指摘されると何だか恥ずかしいのですけれど。
「どこまでの、毒が……無効化できる、のか、色々試したくて……」
「味見を含めて?」
「できそう、な……モノは……色々……」
「好奇心でか?」
「はい……」
答えた瞬間、王子のお連れの方々に衝撃が走ったようです。
まぁ、ふつうの令嬢は毒が効かないからといって、毒の味を覚えたりはしないでしょうしね。
「本当に君とは気が合いそうだ。
とはいえ……いくら効かないとはいえ、よくもまぁ宰相夫妻がそれを許可したな」
「…………」
その質問には、ノーコメントとしておきましょう。
「箱の外からながら、今の一瞬だけ君の姿が見えた。思い切り目を逸らしただろう?」
……などと思って黙っていたら、あっさりと見抜かれてしまいました。
実際、許可が貰えなかったので、カチーナに無理矢理頼み込んで調達してもらいましたから。
最終的にはバレて、両親から大目玉を食らったのはナイショです。
カチーナの口添えで叱ったところで止まらないだろうと判断されたので、実験するときは事前に言うようにと、ルールが設けられました。
守ったり守らなかったりしているルールですけど……。
「あまり両親に心配を掛けるものではないぞ」
「殿下は……ブーメラン、という……投擲、武器を……ご存じ、ですか?」
「知っている」
苦笑しているので、自覚はあるのでしょう。その辺りはお互い様ということで。
サイフォン王子とそんなやりとりをしながら、ふと周囲を見回せば、王子付きの方々が、何やら衝撃を受けている様子。
そんなに衝撃を受けるような話でしたかね……?
「ともあれ、だ」
その空気の中、王子は気にした様子もなく、私へと質問を投げてきます。
「君に運ばれる食事に毒が含まれていた場合、敢えて無視しても問題ないというコトかな」
「毒の入って、いないお料理……であるコトに、越したコトは……ありませんが……殿下の『面白いコト』に、必要な……のでしたら……」
入っていると、料理の味が悪くなるので、あんまりやって欲しくないのですけどね。
それでも、王子の趣味や生き甲斐を考えると、こういう答えが一番好みなのではないでしょうか?
実際、王子は嬉しそうです。
「毒が入っているで、思い出した。
成人会の時、君はワインの毒を『箱』に取り込む前に気づいたな?
毒の内容そのものは口にしてからのようだが、どうして事前に気づいたんだ?」
そこは、目の前でやってしまっているので、当然の疑問でしょう。
全てを答えるつもりはありませんが、一端だけは口にしておいた方が、無理矢理聞き出される心配が減りそうですね。
「毒を、口にしている……うちに、使えるように、なった『箱』のチカラです」
これもある意味では、王子付きの皆様の心配事を減らす能力だとは思うのですけれど。
「やはりか。毒の内容までは分からずとも、その有無だけは、上面に乗せた時点で分かるのだな?」
「完全、では……ないです、から……漏れは、あると……思いますが――その、通りです」
やはり――ということは、漠然と推測はされていたようです。
ちなみにこのチカラなのですが……判断がどうにも私の知識が基準になっているようです。なので私の知識にある毒であれば、その有無が分かるようなのですよね。
ただあくまで上面に乗った時点では、私の知識にある毒が使われているかどうかだけが判明します。
実際に何が使われているかどうかまでは、口にしないと分かりません。
もっとも、その辺りの詳細をここで語るつもりはありませんが。
「それでも充分すぎるほどだ」
そういってうなずく王子は本当に楽しそうです。
とはいえ、王子の喜色とは裏腹に、ほかの方々の顔色は悪くなっていっているようですが。
そんなやりとりをしながらも、私たちのお喋りは弾んでいきました。
徐々に話題は毒から離れていき――
そのまましばらく談笑をしていると、サイフォン王子が突然何かを思い出したように目を瞬きました。
「そうだ。君の話が興味深く、そして会話が楽しくて、すっかり口にするのを忘れていた」
「なん……でしょう、か?」
急に改めた態度となった王子に、私は首を傾げます。
「本当は一番最初に言っておくべきだった言葉だ」
少しだけ真面目な顔をして、サイフォン王子は告げます。
「突然の婚約の申し入れだったにも関わらず、快く受け入れてくれて、ありがとう。これからよろしくお願いする」
「…………」
その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかりました。
じわじわと理解しはじめると、なんてことのない言葉のはずなのに、なぜだかとても嬉しくて――
「こちらこそ……よろしく、お願いいたします」
自分でも無自覚に言葉を弾ませながら、誰も見ていない箱の中で、笑顔でうなずきました。
「これだけ話をしていて今更だとは思ったのだが、大事なコトだと思ってな」
「はい。大事な、コトです」
笑いながら告げるサイフォン王子に、私も笑いながら応じました。
互いにしばらく笑いあったあと、私は少しだけ覚悟を決めることにします。
相手と思いの繋がりを感じた時、一歩踏み出す。
そうやって、ジャバも信頼を得ていましたからね。ここは、私も勇気を持って踏み出す場面です。
「殿下……ッ!
……その、あの……もし、よろしければ……箱の中へと、来て……頂けませんか?」
「良いのか?」
「はい……。
殿下が、触れば……入れるように、してあり、ます……ので。
入ったら……真っ直ぐに、以前来て頂いた……客間に、お願い、できます……か?」
やや声を上擦りさせながら、何とかそこまで言い切ると、王子は少しだけ考える素振りを見せました。
ちらりと側近たちに目線をやり、ややして王子は力強くうなずいてくれます。
「では、失礼する」
そう口にしたサイフォン王子は、席から立ち上がり箱へと近づくと、ゆっくりと手を伸ばして触れてくるのでした。