第22箱
窓を開けた私の自室。
穏やかな風が吹き込んで、レースのカーテンがたなびく窓際。
そこに私――というか『箱』が置いてあります。
正面にはテーブルがあり、対面のイスにはサイフォン王子が腰をかけました。
「えっと……その、ごきげんよう。サイフォン殿下……」
「突然の訪問、すまないな。どうしてもモカに会いたくてな」
「恐、縮……です。こんな、姿で……失礼、します」
「構わない。理解した上でのコトだ」
王子が部屋に来るまでの間、彼の様子を見てましたけど、どこかはしゃいだ様子が見て取れました。
恐らくは、『箱とのお茶会』という奇妙なシチュエーションにワクワクしているのかもしれないですね。
お茶会は終始和やかで、お茶やお茶請けのお菓子を、『箱』の中に取り込む姿に、王子は笑っていました。
「ははははは。やはり面白いな。波を打っているのに、取り込まない方は微動だにしないのか」
「動いて、しまいますと……こぼれたり、こわれたり……しちゃいます、から……」
「それもそうだな」
どうやら納得してくれたようです。
……それにしても、恐らくは素に近い姿で笑っている王子は、何と言いますか、普段の凛々しくもシニカルな様子とはちょっと違って、新鮮ですね。
それからしばらく、当たり障りのないやりとりが続きます。
お互いのことをロクに知らないので、まずはそういうところから――ということです。
王子から問われる、一見すると当たり障りのないお互いの自己紹介をする為の問い。
そこに含まれた意味を理解しながらも、私は敢えて表面上の問いだけを素直に答えます。
その内容はともかくとして、喋り馴れない私の辿々しい言葉すら、ちゃんと最後まで聞いてから反応をしてくれる王子の気遣いはとても嬉しいです。
一見すると穏やかなやりとり。
近くの開け放たれた窓から入る穏やかな風が、レースのカーテンを揺らしています。
カーテンに遮られながらも、なおもキラキラとした陽光は、王子の髪を照らし、煌めかせ……。
客観的に見れば、きっと絵に描いたかのような美しいお茶会風景。
まさに庶民が思い描く王族のティータイムと言える光景です。
……その……王子様の対面にいる私が、麗しの令嬢などではなく、箱である……という一点だけを除けば、ですけど。
「私は公言している通り、面白いコトを好んでいる。
正直、衝動を抑えられないコトもあってな。モカ嬢に迷惑を掛けるコトもあるかと思う」
「それを……言ったら、私はその……箱、ですから……。常に、ご迷惑を……おかけ、して、しまいそうで……」
「構わない。それは承知の上だ」
王子は真面目な顔でうなずいてから、爽やかな笑みを浮かべました。
覗き見している時に何度か見かけたことがある、爽やかさの中にどこか胡散臭ささが潜む笑顔です。
……これは、少し警戒するべきでしょうか。
「それ故に、君の『好みのモノ』を聞きたくてね」
その質問は、先ほどの当たり障りのないやりとりの中でもされた質問です。その時もまったく同じニュアンスで質問されたのですが、敢えて私自身は好物のルビィの実と答えました。
「公言しているとはいえ、こちらの『面白いモノが好き』だというのは知られているのだから、相手のそれを知りたいと思ってしまっても不思議ではないだろう?」
ですが、今回はその言葉の意味を正しく返せ――ということなのでしょう。
なので私は素直に答えを返すことにしました。
「好き……といえるか、どうか……わかりません、が。
知識を、増やすコトは……好きです、ね」
「それは本などから知識を得るコトかな?
それとも、情報収集などの話かな?」
サイフォン王子が何を思ってそういう問いを重ねたのかは分かりませんが、自信を持って答えます。
「どちらも、です」
瞬間――王子の口の端がつり上がった気がしました。
それと同時に、周囲にも緊張が走ります。
平然としているのはカチーナくらいのようですね。
もしかしたら、皆さん――
(このご令嬢……もしかして、サイフォン殿下の同類……ッ!?)
――とか、考えていらっしゃるのかもしれません。
それはある意味間違ってないかもしれないですね。