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第20箱


「それにしても、モカちゃんと一緒にお家に帰りたかったわねぇ」

「わた、しは……部屋からも、箱から、出ない、けど……」

「一緒の家にいるっていうのが大事なのよ。箱のままでいいから、一緒にお茶とかしたかったわぁ」


 確かに、お母様はお父様と一緒に王都の別邸にいることが多いですからね。主に私がいる本邸には、いないことも多いです。


 今回はそれが逆になってしまうわけですが……。


 そう考えると、お母様にしては珍しく『箱のままで良いから』なんて言っているのも、嘘ではないのでしょう。


「秋以降に戻ってきた時は、箱のままでもいいから、一緒にお茶とかしましょうね」

「はい」


 同時に、お母様からの試験や訓練あるいは課題の一環の可能性もありますね。

 箱のままでも良いから、ちゃんとお茶会に応じろ――という。


 そう考えると、私は素直に喜べない……かも?

 なんて思っていると、カチーナは優しい眼差しでこちらを見ています。


 まるで、会話の始まりはちょっと物騒ながら、それでも徐々に親子の語らいのような空気に変わっていく様子を見守っているようです


 お母様とのやりとり――そんな微笑ましいモノでしたか……?


 でも、見聞箱(みききばこ)を通して、この部屋の様子を俯瞰(ふかん)してみると――


 窓から差し込む、夏にしては穏やかな陽光が、レースのカーテンを通り過ぎて、お母様と『箱』(わたし)を照らしている光景が見えます。

 子供ではなく箱な時点で、絵面が何ともシュールではあるんですけど、確かに平和な光景なのは間違いないかもしれませんね。


 そんな穏やかな空気を吹き飛ばすようなドタバタとした足音が、私の部屋へと近づいてきます。


 何やら既視感を覚える光景が、そろそろ現れることでしょう。


 そして、バタン――と大きな音を立てて、部屋の扉が開かれます。

 はい。毎度おなじみ慌てん坊のラニカです。


「お、お、お、お、お嬢様ッ……!!」

「どれほど慌てていても、ノックしてから開けなさいと、何度も言っているでしょう」


 カチーナは後輩の行動を咎めながらも、その後輩がここまで慌てる場合はよっぽどの案件であると、理解しているようです。


「一昨日に続いて何とも慌ただしいコトよねぇ……」


 お母様も似たような感慨を覚えているのか、のんびりと感想を呟いています。

 もっとも、本心としては結構焦っていそうではありますが。


「お、奥様もいらっしゃるのですねッ!」


 お母様の顔を見て安心したようなラニカ。

 ほんの一瞬だけ、お母様の表情が僅かに歪んだように見えるのは気のせいではないでしょう。お母様の内心は相当の焦りが募っているのかもしれません。


 私?

 私はまぁ……このタイミングで、このラニカの慌てようから、ある程度の推察はできているので落ち着いたものです。

 それに、慌てようがなんだろうが、私自身が対応する方法も少ないですから、見守りに徹しているだけ、というのもありますけどね。


「あ、あのですね……王子が……サイフォン王子がお見えになられてましたのでございますッ!!」


 よっぽど慌ててるのか言葉遣いが怪しいです。

 だけど、そんなことがどうでも良くなるほどインパクトある言葉を、ラニカは口にしました。


 ……私は、やっぱり――と思っただけですが。


「王子が……」

「お見えに……?」


 そして、お母様とカチーナが順番に言葉を口にし、思わず顔を見合わせました。


 流石に今回の件は、普段は冷静なカチーナも驚きを隠せないみたいですね。


 とはいえ、その辺りは歴戦の貴族夫人ことお母様。

 即座に気持ちを軽い調子のお母様から、女性社交界の上位に君臨する淑女へと切り替えたようです。


「モカちゃん。カチーナを借りていくわ」

「はい」


 穏やかな口調で、だけど、しっかりとした声で、お母様が私に許可を取ります。

 それを拒否する理由はないので、私は即座にうなずきました。


「カチーナ、悪いけど臨時で伴をお願いするわ」

「かしこまりました」

「ラニカはまず汗を流すコト。次の仕事をするのはそのあとよ」

「かしきょまりあすぃだ」


 まだ慌てた気持ちが落ち着いていないのか、噛み噛みでうなずきます。


「それじゃあモカちゃん。行ってくるわ」

「はい。いって……らっし、ゃい。お母様」


 お母様たちが部屋を出ていくと、途端に部屋がシンとします。

 いつものことなので、さして気にせず、私は屋敷中の見聞箱を使って、状況の見物――もとい確認を始めました。






 お母様は階段の前で、僅かに逡巡していました。

 恐らくは、着替えるかどうかを考えたのでしょう。


 出した結論は、そのまま行く――なようです。

 そのまま階段を下り始めました。


 恐らくは先触れもなしに突然の訪問をしてきた王子への無言の叱責の意味があるのでしょう。

 多少の不敬はあれど、王子側も強くは言えないとの判断だと思います。


 そう考えると、自分付きの侍女ではなくカチーナを連れていった意味も分かってきます。

 突然の訪問への迅速な対応と、自分付きの侍女へと交代する前に、カチーナに出来る限り情報を得てもらう為でしょう。


 カチーナが情報を得るというのは、私が情報を得ることとイコールでもあります。

 こうやって、覗き見していることを知らないお母様からすれば、私が必要な情報を収集する為の協力といったところなのでしょう。

 あの僅かな時間にそこまで考えて行動を起こせているのは、本当にすごいことだと思います。


 ちなみに、お母様付きの従女たちも心得ているので、カチーナに嫉妬したり、変な妨害をしたりすることはありません。

 盲目的に主に従うのではなく、主の意図を汲み、指示されずとも主の望み通りに立ち回ってこそ一流だと、ドリップス家に仕える者たちは、胸に刻み込んでいるそうです。


 私の基準は、我が家が雇っている従者たちになっているので、それが当たり前のように感じますが、よその家はそうでもないことも多々あるそうで、不思議な話です。


 ともあれ、突然のサイフォン王子襲来に浮き足だってしまったものの、落ち着きを取り戻せば、優秀なドリップス家の従者や使用人たちは己の役割を即座に思い出すというもの。


 お母様も、王子を待たせている部屋へと向かいながら、すれ違うみなさんに声を掛け、冷静さを取り戻させています。

 そのおかげもあって、さっきまでの慌ただしさが嘘のように、みなさん落ち着いて迅速に行動を開始しました。


 そうして最低限の準備と指示出しを終えたお母様は、カチーナを伴って王子を待たせてある客間へと到着します。



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