第2箱
1話に引き続きお読み頂き、ありがとうございます。
本日は3話公開。こちらは2話目になります。
「お嬢様。お料理をお持ちいたしました」
そう告げて、侍女は箱の上に料理とグラスを置く。
「あ、ありがとう……。食べるの、楽しみ……」
(どうやってぇぇ――……ッ!?)
何せ侍女は箱の上に皿とグラスを置いた後、一歩引いたのだ。
それ以上は何もしないとでもいうかのように。
「つかぬコトを伺うが……箱の上に載せる意味は……?」
「わたくしではお答えしかねます。ですが、もうしばらく箱の上を見続けていただければ」
「ふむ?」
侍女の言葉に首を傾げながらも、サイフォンは言われた通り、箱の上に乗った料理たちを見やる。
すると、どういうわけか、料理とグラスが箱の中に沈んでいく。
箱の蓋は開くことなく、だがまるで木箱の蓋が湖面のように波打って、沈んでいくのだ。
「こ、これは……ッ!?」
サイフォンは驚愕のあまりに目を見開く。
「原理は不明なのですが、お嬢様の箱はこういった不思議なチカラを多々持っているのです」
「すごいな……」
王子の目が、子供のようにキラキラと輝く。
もっと知りたいという好奇心は湧くが、同時にここまで人と対面したくないという彼女に無理をさせたくはないという思いもある。
サイフォンが悩んでいると、箱の中の女性が傍に控える侍女を呼ぶ。
「カチーナ」
「傍におりますよ、お嬢様」
「わ、ワイン……黒いボトルで、しっかりとしたラベルの……見るからに高級そうなの……もってきた?」
「はい。何か問題がございましたか?」
「い、一緒に……黄色いボトルで、センスの感じられない変なラベルが、ついた、ワイン……なかった?」
「はい、確かにございました」
「そ、それなら……今後、ワインのおかわり、全部……黄色いの、で」
「かしこまりました」
侍女――カチーナがうなずくと、先ほどとは逆回しのように空になったグラスがせり上がってきた。
それを見ながら、王子は問いかける。
「つかぬコトを伺うが――なぜ、黄色い方を選ぶ?
ボトルから見るに、安物の三流品のように思えたが……」
「は、はい……ボトル……だけを、見るのであれば、そうです。
ですが……あの黄色いボトルの、ラベルに……には、小さく王家御用達を意味する印が、あり、ましたので……。
逆に一見すると、見た目は……高級品の、ような黒いボトル……ですが、こちらには……それがありません……。何より、今飲んで、王城の宴で飲むには、味に……品格が……足りてないと……思いましたの、で……」
「ほう」
(どうやって、ボトルの見た目を確認したんだ……ッ!?)
そんなツッコミを心の中でしながらも、聞き耳勢はこっそりとダサい黄色ボトルのワインに手を伸ばし始めたのだから、現金なものである。
サイフォンも周囲の胸中同様に、どうやって外を見ていたのか疑問を抱く。だがそれ以上に、彼女の指摘に感心した。
実際、彼も黒いボトルの方を口にした時に、似たような印象を感じたのだ。
「すまない。カチーナだったかな?
ワインのお代わりを持ってくるのであれば、私の分も共に頼みたい。黄色い方でな」
「かしこまりました」
カチーナが一礼してその場を離れるのを確認してから、王子は再び箱へと向き直った。
「興味深いな其方は……。どうやって外を確認していたのだ?」
「しょ、詳細は……すみません。この、『箱』そのものが……わたしの、魔法……だと思って、頂けれ、ば」
「それならば仕方ないな」
魔法――それはこの世界に生きる者であれば、必ず何かしら一つ持っている不思議なチカラだ。
そのチカラが多種多様であり、冒険者や騎士といった戦闘が避けられぬ職業では、チカラの詳細が敵に知られることは命に関わる。
戦闘が多い職業でなくとも、常に何かしらの駆け引きをしている貴族や商人同士でも、秘匿するのが基本だ。
バレれば、それを利用されて足を引っ張られかねないのだから。
「では、当たり障りのない範囲で箱のコトを聞いても?」
「そ、それなら……」
そうして、箱に関する軽い雑談をしていると、カチーナが戻ってくる。
「お待たせいたしました」
「私の分まですまないな」
「恐れ入ります」
サイフォンはカチーナからグラスを二つとも受け取り、片方を箱の上に乗せた。
箱の上に乗せたグラスに視線を注視していると、そのグラスに一瞬下から上へと光が通り抜けたような気がした。
「あ、待ってください……。これ、飲んでは……ダメです……」
「む? 急にどうしたのだ?」
「カチーナ。これを入れて……くれた人、顔は分かる?」
「はい。覚えておりますが……」
「警備の……騎士の人を、連れて、その人のとこへ。ここへ連れて、きて」
そのやりとりで、サイフォンは何があったのかを即座に理解する。そしてすぐに、自分の近くに控えている護衛騎士に声を掛けた。
「リック」
「ここに」
近寄ってくる騎士リックに一つうなずき、サイフォンはカチーナを示しす。
「彼女と共にこのワインを注いだという人物をここに連れて来てくれ」
「かしこまりました」
「わざわざ箱の中の彼女が騎士を呼ぼうとしたのだ。恐らく、暴れる可能性がある。気をつけてくれ」
「はっ」
リックは敬礼をするとカチーナと一言二言言葉を交わして動き出す。
それを目で追いながら、サイフォンは箱へと問う。
「毒か?」
「はい」
「なぜ、気づいた?」
まだ箱に乗っただけだろう、と言外に問えば彼女は気にした風もなく答えた。
「箱の、おかげ……です」
先の光が気のせいでないのであれば、上に置かれたものの毒の有無でも判別できるのだろう――王子がそう推測しているうちに、箱の上に置いてあったグラスが無くなっている。
「飲むのか?」
「……箱は、毒にも、強い……ですから……」
「箱は……?」
彼は訝しむも、その答えは返ってこない。
応答のあと、ワインを飲んでいるだろう間が生まれる。ややすると、箱の上にグラスが戻る。
「ヴェルダヴェルデの花の蜜……ですね」
「それは?」
「使われて、いた……毒の、種類……」
「どのような毒なのだ?」
「致死するものでは……ないです。経口摂取で、数日後……重たい風邪みたいな……症状で、一週間くらい、寝込んでしまう、毒です……」
「時間差で症状がでるのか」
「はい……。ですが、耐性が……付きやすい毒でも、あって……数度の摂取で、八割は無力化できる……くらいの、耐性が付き、ます」
箱の中の女性の説明を聞きながら、サイフォンは腕を組んで眉を顰めた。
「分からぬな……そのような毒で何を……?」
「貴族なら……病気や怪我、の時……お医者様を、自宅に招く……から」
「ん?」
「毒を使った人、お医者様を手配する人、お医者様本人……。裏で手を組んで、いたりしたら……どう?」
「……そういうコトか」
合点がいったような、呆れたような面もちで、サイフォンは嘆息を漏らすと、自分付きの従者へと声を掛けた。
「サバナス。聞いていたな?」
「は」
「至急、父上への報告を頼んだ」
「かしこまりました」
一礼していく従者を見送り、サイフォンは改めて箱を見遣る。
「面白いな、其方は」
「きょ、恐縮です……」
「そう言えば、名前を聞いていなかったな」
「あ、はい……モカ。モカ・フィルタ・ドリップスと申します」
お読み頂き、ありがとうございました。
本日は3話公開。
次話は、20時頃に公開予定です。