第19箱
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家族会議が終わった翌日――
お父様はいつものように王城へと出勤していきます。
休日が丸々お母様からの詰問で終わったことについては、特に何も言っていないようです。
朝食の場では疲れた顔をしていたようですが、出勤の時間になれば真面目な宰相の顔になるのですから、流石ですよね。
ともあれ、ドタバタした様子は収まり、従者や使用人たちがいつも通りに動き出しています。
そんな屋敷の中の様子を、私がいつものように『箱』の中から窺っていると、部屋の扉がノックされました。
「はい」
それに応じるのは、カチーナです。
私の場合、高確率で返事をしないので、控えているカチーナが常に応えてくれています。
「ラテよ。入っていいかしら?」
「はい。どうぞ」
どうやらやってきたのはお母様のようです。
昨日のような重要な話し合いの場合は強引に入ってくることの多いお母様ですけど、日常的にはちゃんとマナーは守る人です。
そもそもからして、社交界では結構な発言力と影響力を持つ宰相夫人。
プライベートの顔を知らない人からすると、完璧な貴族夫人らしいです。
その辺、私にはまったく理解が及ばないところではあるんですけど。
「失礼するわね」
カチーナが扉を開け、お母様を迎えいれます。
そしてお母様は真っ直ぐ『箱』へとやってきました。
「モカちゃん。今、お話できる?」
「はい。そろそろ……来るかな、って」
私から返事がきたことにお母様は満足そうにうなずきます。
そしてこのタイミングで来るということは――
「お母様は一度……領地に戻る、んですよね?」
私のその言葉に、お母様は満足そうにうなずきました。
「相変わらず、その箱の中から色々お見通しなのねぇ……。
そうなのよ。モカちゃんなら私の行動も読んでるとは思ってたけど、ちゃんと分析して予測しているのは流石よねぇ……」
情報の収集をするのが上手いこと。
情報の分析をするのが上手いこと。
情報の利用をするのが上手いこと。
それらは似ているようで非なるものです。
私はよく分かってないところはありますが、お父様やお母様からすると、ただ情報を集めるだけでなく、分析し、利用している点は評価が高いようなのです。
一人で三つをちゃんとこなせているのは優秀だ、と。
そのことについて――二人とも若干親バカが入っているような気がしますが――お母様は賞賛してくれているようです。
箱の中に引きこもっている点への厳しさはもちろんありますが、だからといって全てを否定せず、優れているところはちゃんと褒めて貰えているのは、良いことなのかもしれません。
「それにしても、一緒に帰るとは言わない辺り、ちゃんと自分で気づけたようね。偉いわぁ」
「やっぱり、わざと……口にしなかったの、ですね」
「もちろん。自分や自分の従者たちが気づくのが大事なのよ。
王族の妻になるのだから、行事とそれに伴う自分の仕事くらいは、ちゃんと把握しておかなくっちゃね」
お母様の言うことももっともです。
覚悟はあれど、少しばかり私も甘く考えていたのかもしれませんね。
「本当は私も一緒に帰りたかったんだけど、こればっかりは仕方ないわね」
「はい。そう、ですね」
実際に仕方のないことです。
帰れないのは、ちょっと残念ではありますが。
「それは、それとして……噂としても……まだ広まって……ませんが……カンの良い人たちは、多少いる、みたい、だし……その人たちの、動き、気になる……んです、よね」
「それね。まだ正式に決まってもいないんだから、時期尚早もいいところなんだけどねぇ……」
その動きの速さをもっと別のことに使えばいいのに、と親子はそろって嘆息します。
それにしても、さすがに噂になるの早すぎませんかね?
誰かが意図的に流しているんでしょうか……?
私が胸中で首を傾げていると、呆れ顔をしているお母様に、カチーナが問いかけました。
「事情は分かりましたが……よろしいのですか、奥様? 社交などもあるのかと思いますが」
「いいの、いいの。
多少サボったところで評価が落ちるような立ち回りはしてないから」
それに対して、お母様はあっけらかんとした様子で答えを返しました。
むしろ、一部のお茶会やパーティなどでは、お母様が参加しないからこそ、痛手を受けてしまうところもあるそうです。
宰相夫人の参加見合わせ。
密やかに流れている娘と王子の婚約の噂。
その二つを結びつけるなという方が難しいのでしょう。
貴族というのは、どうしたって裏や思惑を読みとって生きているような人種なのですから。
私と王子の噂を積極的に流していくと、お母様が社交をサボったという話と結びつき、結果として『お母様が参加を見合わせたお茶会の主催者は、私と王子の婚約に含むところや悪意を持っている可能性がある』と読みとられてしまうワケです。
元々、仲があまり良くない相手で、そろそろ付き合いを見直そうと思っていた方々には、そうやって縁を遠ざけていくようです。
一方で、お母様と仲の良い方々のお茶会などには『よからぬ噂を耳にしたので、娘と領地を守るため一緒に帰る』という理由をしっかりと説明した上での欠席だそうなので、邪推されることは少ないようです。
こちらもこちらで、後々に婚約の噂と結びつくかもしれませんが、だからといって問題を起こすような方々ではないのでしょう。
「あれ……?
一緒に、帰ると……言って、いるのですか?」
「そうよ。
私が帰る一番の目的はそこね。いくら引きこもりとはいえ、家にいると分かるとおかしなちょっかいを掛けて来そうだもの」
お母様の言葉を否定することはできず、箱の中で小さくうなずきます。
「基本的に外に出ないモカちゃんだから、これだけでかなり護れると思うわ。
街中で見られちゃえば効果の薄い嘘だけど、引きこもってるモカちゃんの姿を見られる機会ってそんなにないからね。
見られてもそもそも、姿を知っている人も少なそうだし。
あー……でも、万が一を考えて、箱から出て家を歩く時、窓際だけは気をつけておいて」
私が王都にいないという噂があれば、過激なことを考える人たちも行動はそうそう起こさないだろうと、お母様は考えているようです。
最終的に色んな情報も広まってぶつかりあって真偽があやふやになるのでしょうけれど、人は信じたいモノを信じようとしてしまいます。
そして真偽がどうあれ、それらの話から発生した枝葉のような噂含めて、お母様は利用する気まんまんのようでした。
影響力のある人は、影響力がすごい。
そんな当たり前を再認識させてくれるような話ですよね……。
それはそれとしまして――
「お母様も……領地で色々、やっておきたい……のですよね?」
「そうね。まぁ半分以上はモカちゃんを狙って領地の方の屋敷へ顔を出してくる人たちへの対応よ。
加えて、近隣の領地からウチの領地に対する嫌がらせもありそうだから、証拠集めと裏工作する予定なの」
そう言ってお母様は、箱へ向かってウィンクをしてみせます。
つまるところ、私を心配してくれているのでしょう。
お母様自身が私の婚約を反対していても、情勢は勝手に動いていきます。だからこそ、お母様も自身の意見とは別に、対外的にはそれを前提とした動きをしていくのでしょう。
このまま何事もなく流れていけば、お母様がどれだけ認めてくれずとも、結婚まで進んでしまうこともあるのでしょうけれど……。
――高い確率で、妨害や障害の方からやってくることの方が多い気もしますが、それは一度脇へ置くとして――
認められないままなのは寂しいですし、何より私自身が納得できない気がします。
なので、覚悟を見せた以上は、どんな形であれちゃんとお母様に認められるように、私自身も動いていかなければいけませんよね。
……そんな私の改めての決意表明はさておき。
王都に設置する見聞箱の量は少し増やしておくべきでしょうね。
「モカちゃんも色々するかもしれないし、互いの思惑がぶつかって邪魔になる時は、お互いにちゃんと相談しないといけないわね」
「……はい……」
小さな声で、私はうなずきます。
お母様の帰領の目的がどうであれ、その影響には乗っかり、利用するくらいのことはしましょう。