【閑話】それは女神からではなく、貴女たちからの――(後)
モカがカチーナを拾ってからしばらく経った。
訳も分からず裁きの庭に堕とされて彷徨っていたカチーナからすれば、そこから救いあげてくれたモカが女神よりも上の神に見えていることだろう。
最初こそ、森の中に心を置き去りにしているとしか思えない様子のカチーナだったが、次第に人間らしさを取り戻してきたのか、モカと一緒に居る時の様子は年相応のモノになってきたと思う。
そんな日々の中のある日、ラテは屋敷のテラスでカチーナとお茶をしていた。
テラスから見える離れた場所では、モカが父親であるネルタから魔法を教わっている。
その練習の様子を見ながら、ラテはカチーナに話しかけた。
「ねぇカチーナ」
「なに?」
「こういうのあまり言いたくはないのだけれど、一応言っておくわね」
「?」
首を傾げながら、カチーナはお茶に口をつける。
言葉遣いは矯正できていないものの、細かい所作などはかなりできるようになってきた。
とはいえ、カチーナからは元々それを習っていた形跡を感じるので、やはりどこかの貴族の生まれなのだろう。
国内の貴族ではなさそうだが――それは今は関係ない。
「モカは――あの子は無自覚だけれど、貴女のコトをペットのように扱っている節があるわ。そのコトに不満はないの?」
モカはカチーナのことを甲斐甲斐しく構っているし、所作や様々なものの取り扱いもモカなりにがんばって教えている。
はためから見れば仲の良い姉妹かなにかのように見えるが、一方でつぶさに見ていると少々モカのそのお世話の仕方が、子供や無学な者に教えているというよりも、ラテの言うようにペットのような可愛がり方にも見えてしまうのだ。
そこに友情や信頼という絆がないだなんて言えない。
けれど、近しい者から見る風景と、無関係な第三者から見る風景というのは往々として異なるものなのだ。
「……あのね、ラテ。森での生活に比べたら、どんなコトにも不満なんてでないよ」
「それを言われちゃうとねぇ」
真顔で返されて、ラテは思わず苦笑する。
今のカチーナは物事の基準を森での生活で考えているのだ。
だからこそ、あれと比べればなんだって天国だと言われてしまうと何も言えない。
とはいえ、どちらの娘に対しても、今後を思うとそれは健全な成長の阻害になると考えてしまうのだ。
「うん。ちょっと言い方を変えるわね」
ラテはお茶で喉を湿してから、改めて告げる。
「二人が仲良くしている姿を見るのは楽しいのだけれど、二人の今後を思うとあまりよろしくないのよ」
「……それ、私が森で拾われたせい?」
「違うわ」
そこはピシャリと否定する。
すると、カチーナが怖がるように身体をビクつかせた。
その反応はラテが想定していた以上の怖がり方だ。
ラテを通して別の何かに怯えるような、そんな様子に見えた。
「ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだけど」
「こっちこそごめん。なぜか大人から強いの言われると、すごい不安? 恐い? なんか、危ない動物に追いかけられてるような気分になるから、イヤで」
カチーナの言葉に、ラテは彼女を怖がらせないように内心で目を眇めた。
(今までも度々あったわね、これ。虐待……かしら? それもお家騒動絡み……そして森となると……たぶん、そういうコトよね。
もしかしたら両親は気づいてなかった可能性はあるけど……あとの祭り、か)
ラテは小さく息を吐く。
(森に捨てられる以前の記憶をほとんど無くしてしまっているのは、ある意味で幸運かもしれないわね)
ともあれ、そういう話をしていたのではない。
「話を戻していい?」
「うん」
「主従が飼い主とペットに例えられるコトはあるけれど、あなたたちの関係は主従というよりも本当に飼い主とペットのようなの。これは人間同士の関係としてあまり良いとは言えないのよ」
「……言いたいコト、なんとなく分かる」
ここで、言いたいことを何となくでも理解してくれる聡明な子で良かった――と、ラテは安堵する。
「でも、ラテ。私……モカと離れたくない。ずっと、モカと一緒に、いたい」
「そうよね……」
真っ直ぐにこちらを見る目は真剣だ。
初めこそは小鳥の刷り込みに近いもののようにも見えたが、今では、確かな信頼と絆のようなものが芽生えている――とラテは感じていた。
それになにより、モカもカチーナも聡明だ。今はともかく、いずれは問題のない関係になるだろう信頼はある。信用もできる。
けれど、モカは貴族社会に身を置くドリップス家の令嬢だ。
そのいずれという時間を、性格の悪い貴族たちが待ってくれない可能性の方が高い。
性格の悪い貴族たちが動けば、二人の一緒にいたいという思いを、ラテやネルタが貴族として一生叶わない形にせざる得ない場合すら発生する。
これを二人が望む形で解決するには――
「カチーナ、貴女……ちゃんとした貴族になる覚悟はある?」
「貴族に?」
「ええ。今みたいに四六時中モカと一緒というのは難しくなるけれど、本当の意味で離ればなれになってしまう状況は避けられるわ」
「それは、一生モカに会えなくなるか、離ればなれにはなるけど時々モカと会えるか……ってコト?」
「そう思ってくれて構わないわ」
やはり聡明だ――とラテは思う。
今のラテの問いで、そこまで辿り着けるのは同世代でもあまりいないだろう。
「……貴族になっても、モカとできるだけ一緒にいる方法、ある?」
「それは……」
カチーナの顔は真剣だ。
ここでいい加減な返答はできない。
だが、ラテはすぐに思いつかずに悩んでしまった。
そこへ、ラテの侍女が手を挙げる。
「奥様、発言をよろしいでしょうか」
「構わないわよ、ローシィ」
「恐れ入ります」
許可を貰ったローシィは一歩前に出た。
「一つ、思いついたコトがあります」
「それは何?」
「わたしと同じ、侍女になるコトです」
自分を誇るようなローシィに、ラテは小さくうなずく。
「なるほど。うちより家格が下の貴族家の養子にし、エクセレンスに入学させれば……」
「はい。その通りです」
「確かに良いアイデアだわ。でも、うちと仲が良くて理解ある家でなければ、難しいわね」
そんな家あったかしら――とラテが考えていると、ネルタがこちらへとやってくる。
「あら? モカはいいの?」
「魔法で作った箱の中でのみ使える魔法があったようでね。中で、楽しそうに色々試しているよ。ああなってしまうと、私では手が出せない」
「ほどほどで止めなきゃね」
「そうだね。放っておくといつまでも実験してるから」
やれやれとラテとネルタはそろって嘆息する。
「ところで、今の話――途中から聞こえてたんだけど、思いつく家があるんだ」
「そうなの? それなら話が早いけど……」
「でも、まずはカチーナの意志を確認しないとね」
水を向けられたカチーナは、少し真面目な顔をした。
「とても大変な道のりだけどね、カチーナ。
君がこの道を進むというのであれば、ローシィがラテの側にずっといるように、君もモカの側にずっといられるようになる」
ネルタの言葉に、カチーナは希望を見出したように目を輝かせた。
「どうすれば、いいの?」
「ローシィのような侍女になるんだ。公爵家に勤められるくらいに、ハイレベルな……ね」
そう言われて、カチーナはローシィをじっと見る。
それから、周囲に控えている侍女やメイドたちを見回し、何かを考えるようにしながら背筋を伸ばした。
「えっと、それができるなら……お願い、します。
私は、モカの……モカお嬢様の侍女になりたい、です!
よろしく、えっと……よろしくお願いします……! 痛ッ!?」
深すぎるお辞儀で、テーブルに頭をぶつける。
けれど、それを笑うものは誰もいなかった。
教わってもいないのに、背筋を正し、敬語を使おうとする。その意志こそを尊重しようと思ったのだ。
「侍女修行をしている間はモカに会えないかもしれない。それでもいいかね?」
「はい!」
「ふふ、いい返事だわ。ね、ネルタ?」
「ああ。これなら、知り合いへ打診し甲斐もあるというモノだ」
カチーナの意志を確認したネルタは、子宝に恵まれずにいたロジャーマン男爵夫妻の元へと養子の打診をおくるのだった。
数日後――
ドリップス公爵家の応接間で、ロジャーマン男爵夫人が号泣していた。
カチーナの身の上話をしたところ、これである。
「えーっと……」
カチーナが戸惑った声を上げているが、ラテは二人の様子を見ながら、しばらくそっとしてあげようと笑う。
ロジャーマン男爵家は、男爵ながら王家からも覚えめでたい優秀な家だ。
侍女や執事など優秀な従者を輩出している家系であり、またエクセレンスという従者育成機関を保有している。
このエクセレンスは大変評判の良い育成機関であり、国外からの留学生すらいるほどだ。
本来であればいつまでも男爵に甘んじてないで陞爵しろとせっつかれても不思議ではないだけの貢献をしていながら、男爵であることを許されている家でもある。
これは、実績や過去の出来事を調べもせず、ただただ爵位だけで相手を判断するような愚か者への試金石になることをロジャーマン家が望んでいるから――という理由があった。
そんな優秀な家の現当主夫婦が、カチーナの話を聞いて号泣している。
仕事には厳しいものの、本質的にはお人好しの人情家だとネルタが言っていたが、よもやこれほどだったとは。
しばらく待っていると、ようやく泣き止んだ夫妻に、カチーナを養子にしないかという話をすれば、声を弾ませて頭を下げた。
「子宝に恵まれなかった我々にとっては願ってもない申し出です」
「それに、侍女になるのが夢――だなんて、できすぎなくらい」
そんな二人を見て、カチーナもこの人たちなら……と、思えるものがあった。
「あの、二人に問題がないのでしたら……よろしく、お願いします」
「ああ、もちろんだとも」
「これからよろしくね、カチーナ」
「お互いに問題はなさそうだな。今、書類を用意するから少し待っててくれたまえ」
ネルタが執事へと声を掛けると、彼は一礼して応接室を出て行った。
そして、執事と入れ替わるようにモカが応接室へと入ってくる。
「ダメだろモカ。今大事な話をしているんだから……」
やんわりと嗜める父を無視して、モカは涙を溜めた目でカチーナを真っ直ぐみる。
なお無視されてショックを受けているネルタに触れるのは面倒くさそうなので、とりあえずみんなで放置しようと心が一致していた。
「カチーナ……いなくなっちゃうの?」
「モカ……」
その顔にカチーナの心が締め付けられるようだった。
けれど、本当に大事なものと共にいる為には、ここで折れていてはダメだというのは分かっている。
「……ずっとモカと一緒にいたいから、だから……一度、モカから離れるコトにしたの」
「わかんないよ……一緒にいたいなら……一緒にいようよ……」
「今のままだと、わたしは、モカをラテやネルタをいじめる貴族にとって、よいエサなんだよ」
その言葉に、男爵夫妻は少なからず驚きを覚えた。
誰かに言われた言葉を意味も分からずに使っているワケではない。しっかりと、自分でその言葉の意味を理解して使っていたからだ。
同世代の貴族の子供であっても、その意味を正しく理解できている者は少ないだろう。
実際、カチーナの目の前にいるモカは、その意味を把握してきれていないようだ。
「マナーとか踊りとかがダメなら、わたしが教えるから。一緒に勉強して……一緒に遊んで……ずっと、一緒に、いたいのに……」
「モカ、それじゃあダメなの」
「なんで……」
「……モカができてないから。できてない人が、できてない人に教えても、意味ない」
そこで、今まで堪えていたモカも大粒の涙を流し始めた。
勢いのままにカチーナに飛びつく。
「ひどい、ひどいよ、カチーナぁ……」
それを受け止めながら、モカ以上に自分自身がとてつもなく傷ついたような顔をしながら、カチーナは首を横に振る。
「わたし、カチーナとお別れやだぁ……もっと、一緒に……!」
「おねがい。許してモカ。私、あなたの専属侍女になるために、勉強するために、ロジャーマン男爵夫妻の子供になるって決めたの」
「……私の、侍女……?」
「うん」
二人のやりとりを見ているうちに、ネルタと男爵夫妻がもらい泣きし始めている。
その光景を、同席しているラテは「大丈夫かこいつら?」と内心で思ったりするものの、その様子はおくびにも出さず、カチーナとモカの様子を見続ける。
「カチーナは、絶対に、私の侍女に、なってくれる?」
「約束するから」
「……わかった、許す。でも、絶対だから」
「うん。絶対に」
それからひときわ強く抱き合ったあと、二人はゆっくりと身体を離した。
そして、タイミングを見計らっていたロジャーマン男爵は、モカに笑いかける。
「そうだモカ様。是非ともカチーナへ、貴族としての祝福名を与えてはくれませんか」
「祝福名?」
首を傾げるモカに、ラテは待ったをかけた。
「よろしいのですか男爵。祝福名は本来、両親が子に与えるモノですが」
「よいのですよ、ラテ様。それに、祝福名というのは本来は大切な者から大切な者へと与えるモノだそうです。
それを思えば、会ったばかりの我々よりも、モカ様から与えてもらった方が、カチーナにとっても喜ばしいコトでしょう」
そう笑う男爵夫人に、カチーナは思わず口にする。
「そんなに甘やかしてもらっていいの……?」
「子供が欲しかった夫婦にとっての待望の子供だからねぇ……いっぱい甘やかしてしまうと思うから覚悟をしておいてね?」
「もちろん、侍女修行の方は厳しくいくよ。侍従を目指す者への教育は当家にとって特別なコトではあるのだから」
男爵夫婦からの言葉に、カチーナの心は不思議と嬉しさで満たされていく。
カチーナを拾われた孤児としてではなく、一人の子供、一人の人間として。
記憶の中におぼろげに存在する、自分へいじわるする大人たちとも違う。
とても穏やかで、優しくて、きっと厳しい人たちだ。
(こんな素敵な人たちの子供にしてもらえる。それはとてもありがたいコトだと思う)
だからカチーナは二人にお礼を告げて、モカに向き直った。
「モカ……わたしに、祝福名をちょうだい」
「……祝福名……どうやってつければいいの?」
二人で首を傾げ会うと、カチーナとモカは大人たちへと向き直る。
「別に難しいコトはないよ。ただ思うままに、ふと胸に湧いた言葉。それこそが女神様に祝福を受けた祝福の言葉なのだから」
「……えーっと……」
「考えないで、なんとなく思いついた意味のない言葉を口にするんだよ」
ネルタの説明に、そんなことを急に言われても難しい――と思いながら、モカはう~~んと、唸った。
そして――
「……キマリア……」
――ふと、胸に湧いた言葉を口にした。
「ふむ。キマリアだね」
ネルタがうなずき、男爵へと視線を向けた。
それに、男爵はしっかりとうなずいて、カチーナの横へと立つ。
「カチーナ」
「はい」
「カチーナ・キマリア・ロジャーマン。
書類が受理され、正式に認められ次第――それが君のフルネームになる」
「カチーナ……キマリア……ロジャーマン」
大事な人から与えられた祝福名。
甘くて優しくて時に厳しい養父母と同じ姓。
自分の名前と組み合わさったそれらを、カチーナは何度も何度も、口の中で繰り返す。
馴れないだとか、馴染まないとかではない。
口にすれば口にするだけ、とても誇らしい気持ちになるのだ。
この大切な名前に恥じないよう、誇らしい人間になれますように――と。
――こうして、カチーナはロジャーマン家の養子となった。
それから月日が経って……
「エクセレンスに通学するのであれば、別に寮でなくとも、屋敷からでも良いだろう?」
「距離的にはその通りです。けれどお父様。それだと私が甘ったれてしまいそうなのです。お二人から離れ一人でやってこその、最難関だと思っておりますので」
「うーむ……それを言われてしまうとなぁ……しかし、お前は自分に対してとても厳しいなぁ」
「お父様とお母様が私を必要以上に甘やかしてくるので、自分を律する為に厳しくならざるをえなかったのですよ」
「そんなに甘いか?」
「貴方、往生際が悪いですよ。カチーナはこう決めたのだから、私たちはこの子を気持ちよく送り出してあげればいいのです」
「はぁ……お前は甘いのか厳しいのか分からんなぁ……」
「そうだカチーナ。名前、大丈夫?」
「そういえば、まだ名乗るのが苦手みたいだね。エクセレンスに行けばそれは通用しなくなるよ?」
「はい、分かっております。ただどうしても恐れ多いというか、名乗るのに相応しい人間になれてないような気がして、気後れしてしまうのです」
「大袈裟なんだからカチーナは」
「昔からずっと言ってるけど、カチーナにとって、その名前はどんなものなのかしら?」
「私にとってこの名前は、女神からではなく――貴女たちからの祝福なのです。二人と同じ姓も、モカ様より与えられた祝福名も。そういう意味では気後れしてしまうんです」
「嬉しいコトをいってくれるわね。でもカチーナ。貴方が名前を大切にするのであれば、尚のこと名に恥じぬ名乗りをできるようになりなさいね。それこそ、名に恥じぬ振る舞いをエクセレンスでは教えてもらえるわ」
「誇ってくれるのは嬉しいけどね。それを口にできないようでは意味がないよ」
「はい。この名を口にするのにためらわない人間になれるよう、努力してまいります」
………
……
…
・
・
「はい。やりなおし~」
「え?」
寮の管理人ミルキィにそう言われ、カチーナは目を瞬いた。
「養子とはいえ、貴女はもう貴族なんスよ~。
うちに入学するなら、そこはちゃんと押さえておかないとね~。
こういう場面では、フルネームを名乗るッスよ~……ちゃんと三節名でね~」
「…………」
その指摘はもっともだった。
出かけにも母に言われたことでもある。
名乗らなかったのは、何年経っても口にするのに馴れていないから――というのもあった。
同時に、その名前を名乗ることを恐れ多いと思っている自分もいる。
自分なんかが名乗っていいのだろうか――と。
でも、名乗らなければならない。
この場を乗り切る為だけ――ではない。
自分がやりたいと口にした夢のために。
そして口にするからにはみっともないのはダメだ。
この名を名乗るのならば、自分に手を差し伸べてくれた人たちの顔を汚すような、みっともない名乗りはできない。
軽く深呼吸をする。
気合いが必要だ。勇気が必要だ。
――ちゃんと優秀な侍女になって私のところにくるって信じてるから
――名を大切にするなら、それこそ恥じぬ名乗りができるようになりなさいね
――誇ってくれるのは嬉しい、けれどそれを口にできないようでは意味がないよ
(そうね、モカ。お母様、お父様。
私は、モカの専属侍女になる夢の為にここに来たんだもんね)
最初の一歩で躓くわけにはいかないのだ。
「では、改めてご挨拶を」
「はい。どうぞ~」
「本日よりお世話になります。ロジャーマン男爵令嬢の――」
胸を張れ。その誇らしい名前を名乗る為に相応しい笑顔と態度を持って名を名乗れ。
「カチーナ・キマリア・ロジャーマンと申します。ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します」
その様子にミルキィは何か感じるものがあったらしい。
「もしかして、名前に気後れしてるッスか?」
「ええっと、はい。私にとって、この祝福名も、ロジャーマン姓も、大切な人からの贈り物なんです。だから、今はまだ名乗るのに勇気がいるから……」
「そっか~……だとしたら、ちょっといじわるしちゃったスかね?」
気を遣ってもらえるのは嬉しいが、それは違うとカチーナは首を横に振る。
「いえ。指摘は正しいかったと思います。個々の感情までは分かりようがないでしょうし、気後れは私が勝手にしているだけなので。他の人からすればどうでもいいコトですよね?」
「そっか。言葉遣いは追々矯正されるだろうけど、考え方は見込みあるッスね~」
「いずれは祝福名にも家名にも気後れしない人間になりたいんです。その為に、ここに来たんですから」
「よかった。その心意気なら大丈夫そうッスね~」
よっ――と、声を出しながら椅子から降りると、ミルキィはカウンターの外へと出る。
「ついて来るッス。貴女の部屋に案内するッスよ~」
「はい」
ミルキィはキーホルダーの輪っかに指を通してくるくる回す回しながら、廊下を進んでいく。
「そういえば、カチーナってここでの目標何かあるッスか~?」
「最年少・最速・最短で、最難関コースの卒業を目指してます」
その宣言に、ミルキィの指で回っていたカギがすっぽ抜けた。
カギを拾わず、驚いた顔のままカチーナを見る。
「マジ?」
「大マジです」
完全に本気の顔をしたカチーナの顔を見て、ミルキィは驚いたような呆れたような楽しそうな、なんとも言えない笑みを浮かべながらカギを拾った。
「いやぁ、なんかすっごい大物がやってきた気がするぞ~」
カチーナが宣言通りに卒業するのは、もう少し先の話である。
おまけ
【ミルカロイエ・ノッシ・ジャスター】
エクセレンスの講師が出来ている時点で優秀な人物なのだが、普段はやる気なくだらしなく退廃的な雰囲気を醸し出しているダメそうな女性。
いわゆる本気を出すとすごいタイプ。
ただその実力は一部において有名であり、王族が侍従の人手が足りない時などは、臨時で手伝いを依頼するほど。
もちろん、そういう仕事をする時はちゃんと身なりを整える。
でも、クセの強い天然くるくるパーマには諦め気味。
瓶底メガネは、怠惰にのんびりモードの時に使用。基本的にこっち。
シャープな細フレームメガネにかえるとスイッチが切り替わるように真面目モードになる。
なお真面目モードは疲れるのであまりやりたくない。
エクセレンス最難関を突破できるだけの実力があるので、侍従やメイドなどの仕事だけでなく、護衛としても優秀。
本気を出したミルキィから、あらゆる仕事で一本取ることが、卒業したあとのカチーナの密かな目標の一つ。
そんなミルキィも、唯一いつか勝てなくなるかも――と思った生徒がおり、それがラニカだったりする。
ある意味で最難関コースを補欠合格できるというのは、途方もない才能であるとしている。
何気にラニカちゃん、ドジなところをのぞいた部分は周囲からかなり評価されている。
ただ本人は補欠合格がコンプレックスだし、自己評価も高くないので、世の中ままならないものである。
===
タイトル上部のシリーズリンクや、このあとがきの下にあるリンクなどから、関連シリーズ作品へと飛べます。ご興味ありましたら是非٩( 'ω' )وよしなに