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【閑話】めざせ、モカちゃんマスター

モカとサイフォン結婚後の一幕


 ある日――会話の流れから、こんな話になった。


「そういえば、モカ。君は以前、カチーナを森で拾ったと言っていたな。あれはどういう意味だ?」

「え? どうと言われましても……そのままの、意味なのですけど……」


 サイフォンに問われたモカは、少し思案したものの、出てきた答えはそんなものだった。

 ただ、その答えがイマイチ釈然としない感じのサイフォンに、モカが補足する。


「ドリップス領の北東部――プレッソ領との境辺りに広がる森。そこにほど近い街道で、ボロボロのカチーナが倒れていたのです」


 その説明にサイフォンはギョっとした様子を見せて、モカの後ろに控えているカチーナを見た。

 カチーナはそれに対して、発言しても問題ないだろうと判断すると首肯する。


「事実です。

 付け加えるのであれば、私は意図的に捨てられた子供であると推察されます」

「過去に対して冷静なのだな」

「奥様に拾って頂きましたし、私を養子として迎えてくれたロジャーマン夫妻は、本当の両親のように思っております。そう思えば、捨てられたコトにすら感謝しても良いほどに」

「そうか。過去にとらわれず今が幸せであるのならば、何も言うまい」


 清々しいほどに真っ直ぐなカチーナに、サイフォンは安堵するような喜ぶような表情を浮かべてうなずく。


「しかしドリップス領とプレッソ領の境の森か……確か、ラビキア川が流れている森だったな?」


 モカに確認するように、サイフォンがそう訊ねる。


「はい。そうですが……それがどうかされました?」


 それにモカはうなずき返しながらも首を傾げているだろう様子が、箱の外からでも伺えた。


「国境の大河――ウォーシュストン川の支流の一つだからな。僅かな懸念が生じた」

「……それはつまり、カチーナは隣国の生まれではないか、と?」

「ああ。それも政治の中核になりうる血筋だ。お家騒動で母親などに知られぬまま誘拐されて川へと捨てられた可能性だな」


 あくまで可能性だが――と、サイフォンはそう口にするものの、今後モカを伴って外交に出た際、カチーナの顔を見た向こうの親族の類いが騒ぎ出すかもしれない……という懸念が湧いてしまった。


 そして、今の話を口にしてしまった以上は、モカもその可能性に思い至るはずだ。

 だからこそ、カチーナが手元から離れるかもしれないという想定が、彼女を不機嫌にさせるのだろう。


(迂闊だったかな)


 明らかにモカの箱の表面が冷たくなっている。

 今まで見たことのない現象ながら、明らかに機嫌が悪くなっている証拠だろう。


 それも激昂するような怒りではなく、静かに凍えるような怒りだ。


 モカを怒らせてしまったのは失敗だ。

 だが、それでもある程度の懸念は払拭しておくべきだ。


「カチーナ。失礼承知で訊ねるが、今後――君の目の前に、本物のパパやママを名乗る者たちが現れたら、素直にその手を取るかい?」


 この侍女もまた聡明だ。

 わざわざサイフォンがこの質問をした意味と理由を察してくれていることだろう。


「いいえ。先ほどもお答えしましたが、本物の両親なる存在がいるとすれば、それはロジャーマン家の両親に他なりません。養父と養母以外を両親と思えというのは血が繋がっていようが今更無理です。

 何より、血が繋がっていようが、産みの親であろうが、私をモカ様のお側から遠ざけようとするのであれば、それは明確な私の敵です」


 涼しい顔で答えているが、最後の一言の際に一瞬だけ殺気が膨らんでいた。

 そのことにサイフォンは小さく笑いながら、表面から空調とは異なる冷気が漏れている箱を撫でた。


 凍えるほどに表面が冷たい。

 だからこそ、箱を温めるようにサイフォンはゆっくりと撫でる。


「カチーナもそう言っているんだ。機嫌を直せ、モカ」

「……すみません。確定でも何でもない懸念なのに、なんだかすごい……腹立たしいような悲しいような、そんな気持ちになってしまって……」

「同じようにカチーナも殺気だっていただろう。君たちは嫉妬したくなるくらいに、絆が深いのだろうさ」

「……無自覚に殺気をぶつけてしまっていたのでしたら、申し訳ありません」

「気にするな。こちらからそういう話を振ったんだ。その程度では怒らないよ」


 主従揃って細かいことを気にするタイプだな――と、サイフォンは笑う。


「ただ、カチーナの出自が不明なままにしておくのは良くないのは間違いないだろう。

 どこの生まれであれ、出自を政治を持ち込んで仕掛けてくる輩というのはゼロではない。

 ましてや、カチーナはモカの従者であると同時に、従者育成機関エクセレンスを運営するロジャーマン男爵家の一人娘だ。

 今は、諸外国からも入学希望者や留学者がいるほど、育成機関として優秀な場所となっている。だが、それを快く思わない者は国内外問わずにいるだろう」


 言わずとも、モカもカチーナも理解してくれる話だ。

 だが、ちょうど話題にもなったのだ。ここでしっかりと口に出して認識を共有しておいた方が良い。


「従者の(キズ)は主の瑕になりかねない。

 俺もモカと結婚した以上、それを今のままにしておくワケにはいかないんだ。そこは二人とも理解してくれるな?」

「はい」


 二人がしっかりうなずくのを確認して、サイフォンは息を吐く。


「カチーナ・キマリ・ロジャーマン男爵令嬢。君にとっては無い腹を探られる不快感はあるかもしれないが――少しばかり、出自を探らせて貰うぞ」


 敢えて従者ではなく、一人の令嬢として呼びかける。

 こうすることで、主人であるモカの許可ではなく、本人の許可だけを得て動くことができる。


「問題ありません。むしろ、私も私自身のルーツは気になっていたところです。

 私自身でも自分について調べてみますので、何かありましたら共有させて頂きます」


 サイフォンに一礼するカチーナ。

 それを見ていたモカは、箱の外からでも分かるほどに、明らかにほっぺたを膨らませている気配がする。


 とはいえ、先ほどと違って箱の表面は冷たくなっていないので、怒っているのは雰囲気だけだろう。 


「二人とも……私を仲間外れにするの?」

「そんなワケがないだろう。君の情報収集能力、当然アテにさせて貰うよ」

「はい!」


 分かりやすく機嫌が直ったのが、箱の外からでも分かる。

 妻は聡明で冷静な人ではある。だが同時に、意外と単純なところもあるのだ。そこが可愛らしいところでもある。


「ふむ。カチーナほどではないにしろ、俺もだいぶモカマスターになってきた気がするな。カチーナはどう思う?」

「はい。箱の外から、しかも箱そのものに変化なくとも中の様子を当てるコトができる――その一歩は間違いなく進まれています。

 まだマスターと言えずとも、間違いなく出来ておりますので、今後ますますの奥様マスターになって頂きたく思います」

「そうか。上達しているのなら何よりだ」


 後方で腕組み――はさすがにしていないものの、後方澄まし顔で、カチーナはしっかりとうなずく。

 それに、サイフォンは嬉しそうに笑う。


「二人とも、何を言ってるの? 私マスターって何!?」


 当の本人だけは困惑しているようだが。


「いやなに、カチーナの指導の元、憧れのモカマスターを目指しているだけだ」

「本当になんなんですかそれ!? え? というか、カチーナが主導ッ!?」

「やはり奥様と共にいる者としては、箱の外からでもその感情や思考を読めるようになりませんといけないので」

「カチーナ!?」

「あっはっはっはっは」


 そうやって笑いながら、サイフォンは二人には隠した感情で密かに思う。


 この面白い日常を手放したくはない、と。

 妻とその従者の平穏を、脅かすような者から、夫として守ってやろう――と。


 王族として貴族として――万が一には、妻や家族を切り捨てる決断を下さねばならない時というのはあるかもしれない。


 だが、その万が一がない限りは、妻とその従者も、自分の従者たちも、守り抜いてやりたいと――そう思うのだ。


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