第12箱
本日2話公開。
こちらは本日の2話目です。
この映像箱。
ただ見聞箱が見ている映像を流すだけでなく、聞いている音声も流してくれるので、大変便利です。
『王子……招き入れるならせめて上着を羽織ってください』
『お前だと分かっているのだから、問題ないだろう』
『大アリですッ! 通りがかりの侍女が顔を真っ赤にして走り去っていきましたよッ!』
『その侍女は良い体験を出来て良かったではないか。
それに、すぐに閉めないお前が悪いぞ、サバナス』
『…………』
会話だけですが、サバナスが頭を抱えているのは分かります。
サイフォン王子――言っていることが割とむちゃくちゃですよね。
『ともあれ、着替える時は私を呼んで欲しいと言っているハズですが?』
『礼服は暑くて鬱陶しかったんだ。お前が濡れタオルを持ってきてくれるのを待てないほどにな』
『……はぁ』
大きく嘆息しながらも、どうやらサバナスは王子の身体を拭く手伝いをはじめるようです。
……身体を、拭く……。
『冷たくて気持ちいいな。夏は嫌いじゃないが、この暑さはいかんともしがたい』
『礼服などは気温よりも見栄えを優先されてますからね……。
夏の暑さや冬の寒さ……もう少し考慮してほしいところです』
『まったくだ』
い、いけません……。
さっきの光景が脳裏に焼き付いているせいで、見てないはずなのに、勝手に頭の中で身体を拭く王子の姿が……。
二人の雑談がまったく耳に入ってきません……。
『そういえば、部屋を冷やす魔心具の試作が出来たと小耳に挟みました。早く完成して欲しいものですね』
『ありがたい話ではあるが……。
需要の高そうな魔心具だ。作成に必要な素材や、魔心結晶の在庫や相場などは気にかけておけ。必要となれば王家で制限などを掛ける必要があるからな』
『はい』
……部屋を冷やす魔心具ですか。
それがあるなら、冬に部屋を暖める魔心具も開発されそうですね。
今のうちに、素材になるだろう魔心結晶を領内に集めておくといいかもしれませんね。
お父様に相談しておいた方がいいかもしれない案件です。
雑談は一旦そこで止まり、カサカサという衣擦れの音が聞こえてきました。
着替えの音です。
……着替えの音です……ッ!
いえ、待ってください。
どうして私はこんなに興奮しているのでしょうか?
……………コホン。
『ようやくサッパリした気分だ。
やはり、簡素な部屋着はラクだな』
『夏用に涼しく感じる素材を使われておりますから、なおさらでしょう』
そんな何てことのないやりとりがしばらく続いた後、サバナスが小さく咳払いをしました。
恐らく、何か真面目な話題をする為の合図なのでしょう。
『さて殿下。少々、小うるさい言葉を失礼します』
『あまり聞きたくないが――聞かないわけにもいくまい。何だ?』
『殿下が"面白いコト"が好きなのは重々承知ではありますが、軽率に女性と二人きりになるなど……少々慎重に、相談の上で行うべきでした。
殿下のお相手ともなれば、政治的にも大事なのですから』
『はぁ……やはりその話か』
どうやら王子はサバナスが咳払いした時点で、何の話かの予想が付いていたようです。
まぁでも、サバナスの言い分もわかります。
貴族としての考え方としては正しいワケですし。
実際のところ、招き入れた私も、端から見れば軽率だったのは間違いありません。
『その話か……ではありません。
直接的な婚姻の話がなくとも、周囲から見れば容易に結びつけられてしまう状況だったのですよ』
そうですね。その通りです。私も否定はしません。
『まぁそうだな。お前の言う通りだ』
王子も否定する気はないようです。
……何と言いますか、私とサイフォン王子はそれぞれに、都合の良い婚約者が欲しい現状がありますしね。
お互いに言葉を交わさずとも、状況を利用してやれ程度のことは考えてなかったワケでもありませんが……。
『だがまぁ、アレに関しては一目惚れってコトにしておいてくれ』
……え?
『一目惚れ……ですか……』
サイフォン王子が……私に……?
予想外の言葉に胸が高鳴りましたが、その言い方は飄々としたモノで、本心っぽくありません。
恐らく、その場の思いつきで適当に口にしただけでしょう。
……それを少しだけ残念に思っている私がいます。
そんなサイフォン王子の言葉をしばらく吟味していたらしいサバナスが、お説教から好奇心に寄った様子の声色で訊ねました。
『箱に、ですか?』
『箱に、だ』
……ですよね!
本当に一目惚れだったとしても、あの時点では、私の顔なんてわかりませんものね!
『いやまぁ正しくは箱に入った令嬢に、だが』
『実際に間近で見ていたので理解は出来ますが、すごい言葉ですよね。
"箱に入った令嬢"というのは』
『ああ……自分で口に出してみてもビックリするような言葉だった』
……というか、私はあの時に、着ぐるみヘッドを被ってましたもんね!!
そりゃあ、本人よりも『箱』の方が強いに決まってますよ!!!
どうしてでしょう。
自分の魔法に対して、すさまじい敗北感が……ッ!
いえ、確かに初見のインパクトはすごかったかもしれませんが……。
『ともあれ、いくら一目惚れであろうとも、殿下が行ったコトの重大さに変わりはありません。本来であれば、一目惚れであっても行動を起こす前に誰かと相談するべきでした』
私が打ちひしがれ、王子の気が緩み掛ける空気の中で、サバナスは引き締めるように、最初の言葉を繰り返しました。
高性能な見聞箱の耳がサイフォン王子の舌打ちを拾います。
『殿下が成人会を迎えても、婚約者がおらず焦っているのは承知ですが――』
『いや別に焦ってないが』
『焦っているのは承知ですが!』
ここはサイフォン王子の私室ですし、警護も万全のはずですが、サバナスは会話の建前をそういうことにするようです。
そうしておくことで、聞き耳を立てているような城内の不届きモノに対する言い訳にもなるというわけですね。
もちろん、サイフォン王子だってそれを読みとれるはずです。
はずなのですが――
『別に焦ってないが?』
シレっとサバナスの意を無視して返しました。
……音しか拾えていない状況ですが、サバナスの困っている様子が感じ取れます。
『こっちの意図を正しく汲み取っておきながら無視するのはやめていただけませんか?』
嘆息混じりにうめくサバナスに、サイフォン王子は悪びれもない調子の笑い声が聞こえてきました。
まぁ建前はともかくとして、サイフォン王子が別に婚約を焦ってないのは事実でしょう。
かく言う私も周囲からの催促こそあれ、大して気にもとめてないですし。
とはいえ、この国――ドールトール王国で暮らす王侯貴族として考えてみると、成人までに婚約者がいないのは世間体としては良くないのは間違いないです。
いやまぁ、宰相の娘である私も……ですが。
それを思えば、サイフォン王子も周囲から、はやく婚約者を見つけろというプレッシャーを受けていることでしょう。
サイフォン王子だって、王子として政治家として、婚約者が大事なのは理解しているでしょうし……。
色々と理想があるのもわかります。それは私もですから。
もちろん、王族という立場を思えば、あまりえり好みできる立場ではないでしょう。それでも一点――どうしても一点だけは譲れない条件があると、噂にはなっています。
即ち――
『かなり俺の好みだったんだ。
しかもドリップス家であれば、家格も問題ない。
早めに手を打っておきたかったという俺の心情も分かってくれ』
――"面白いこと、あるいは自分を楽しませてくれること"。
その一点であれば……私が候補にあがる自信があります。
そんな自信があって良いのかどうかは考えません。
明日も2話公開の予定です。
次話は13時頃公開予定。